青学・須田敏子教授2

>>前編(「専業主婦にはリスクがあると知るべき」 青学・須田敏子教授が語る、女性が働くことの意味)から続く……

税金をみんなが払わなければ高福祉はあり得ない

―― 一方で、「子どもが小さいうちは、母親は家にいるべき」「そのためには、働く女性を増やすのではなく、専業主婦をまかなえるだけの給与を企業が男性に支払える経済状態にするのが先決」という声も耳にします。

須田敏子教授(以下、須田):まず、母と子どもだけの関係がずっと続くのは良くないという研究結果があり、早い段階から子どもを外に出して、いろいろな人の気持ちに配慮することを学んだ方がいいという研究結果もあります(※)。国際競争の激しいいま、多くの男性社員に一家を賄える賃金を支払える企業がそんなにあるのでしょうか? 経済状態を20年前、30年前の状況に戻すのは難しいと思います。

(※)子どもの発育に関する両親や周辺の環境については研究が進んでおり、なかでもいわゆる3歳児神話(3歳頃までは母親がしっかりと面倒を見ないと子どもに悪影響があるという考え)については近年否定的な調査結果が多い。大日向雅美氏は2001年の講演「3歳児神話を検証する2~育児の現場から~」で、「『育児の適性は女性が生来的に持っているのだから、母親が育児に専念しなければならない』という考え方には、必ずしも絶対的な根拠はない」などと警鐘を鳴らしている。

須田:日本では誤解されていることも多いのですが、社会福祉が充実している北欧などは、働きたい人が働くのではなく、基本的に全員が働く社会です。完全雇用ってそういうことですよ。税金をみんなが払わなければ、高福祉なんてありえない。もちろん専業主婦がゼロの国はないですし、絶対ということはないので、お金に十分な余裕がある家庭なら本人はリスクがないかもしれませんが。

――女性も働きに出て、その分、社会が子どもを育てる受け皿を作ったほうがいいということでしょうか。

須田:そうですね。男性だから働く、女性だから家へというのを決めると税金や社会保険料を納める人が減ってしまい、これでは高い社会福祉を実現することはできません。国民が豊かで幸せになるという目的のための施策に、ジェンダーの考えを持ち込まない方がいいですね。

――ジェンダーの話でいうと、須田先生が7年間暮らされていたイギリスは「レディファースト」の国です。

須田:レディファーストを行うことがジェントルマンである証ですから大変ですよね。私がイギリスにいたとき、製薬学科の男子学生が実験中に実験で使用する液体を目に入れてしまって病院に行ったことがあったんです。でも、病院の受付では「レディファースト」って言われたって。おかげで失明しそうなったということでした。レディファーストなんて言ってみればなんの根拠もない価値観ですから、不平等ですよね。でも不平等と声を挙げることは「ジェントルマンではない」から言えない。

――イギリスの男性は不満に思わないのでしょうか?

須田:本音ではそう思っている男性もいるかもしれませんが、「逆差別だと思わないの?」といろんな男性に聞いても、逆差別と言う人はひとりもいませんでしたね。「今まで女性が不運な時代がずっと続いたのだから、男性が不運ってこともあるんじゃないの」と。ところで、いろいろな国の人に会ったけれど、日本は大変だと思います。家事の要求レベルが高い。

日本は「良いお母さん」のレベルが高い

――男性が、高いレベルの家事を要求するということですか?

須田:男性がというか、世間一般的に。お母さんがやってくれたことのレベルが高いですよね。数年間学生寮に住んでいましたが、キッチンシェアしていた日本人が日本の料理やお弁当の本をキッチンにおいていたことがよくありました。外国の人はどの国の人も、これをみて、見た目もきれいですごい、見ているだけで楽しいと喜んで見ていました。お弁当本については、お母さんがこんなお弁当を子供にもたせるのだと、欧米もアジアの人も一様に驚いていました。日本のお母さんがやっていることは世界的にみれば、すごいことで、「良いお母さん」のレベルがすごく高い。これに対して、特に欧米の人は、料理などに日本人ほど手をかけない人が多いようです。

――お母さん自身が「こうしなきゃダメ母」とハードルを上げてしまっているというところもあるかもしれませんね。保育園に子どもを預けて働いているお母さんを取材すると、「子どもに申し訳ない」という声を聞くこともあります。

須田:そうなんですよね。でも、その人たちが一番社会に貢献しているわけですよね。子どもを産んでくれるわ、税金を払ってくれるわ、立派な人ですって表彰してもいいぐらいの人たちが、そういう価値観。でも、2~3世代、5~60年あれば価値観は変わるんじゃないでしょうか。私はその頃には一生が終わるので見ることはないと思いますけど(笑)。

――女性の社会進出について、ジェンダーの問題とは関係がないというお話は大変興味深かったです。女性の社会進出についての話は、どうしても「女性の権利ばかりを主張する」という反論がついてまわります。

須田:そうですね。私も働き始めてから、特に若いころには多くの差別を受けてきましたが、差別は気づかないふりをしてやり過ごしてきました。「女性の権利」という言葉も口にすることは敢えて避けてきました。今でもなるべく冷静に距離を置いていくようにしています。でも、こういうインタビューのお話があれば受けるようにしています。働きたい人が働きやすい社会になっていくことを望んでいます。そのほうがハッピーな人が多いのではないでしょうか。

●須田敏子(すだ・としこ)教授
青山学院大学院国際マネジメント研究科教授。青山学院大学経営学部卒業。日本能率協会グループで「人材教育」編集長を歴任の後、英国に留学。リーズ大学で修士号、バース大学で博士号を取得。

小川 たまか/プレスラボ