精神科医・名越康文さんエッセイ 第5回

お金でも社会的地位でもない! 21世紀の「幸せの基準」って?

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る
お金でも社会的地位でもない! 21世紀の「幸せの基準」って?

「精神科医・名越康文さんエッセイ」
の連載一覧を見る >>

収入が高いこと、美人であること、好きな仕事をしていること……。「幸せの基準」って、いろいろありますが、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生によると、21世紀の「幸せの基準」は、スケジュールを自分で決める特権を持っているかどうかにあるのだそう。

「時間は大切」が身にしみてわかる年頃

「われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。人生は十分に長く、その全体が有効に費やされるならば、最も偉大なことをも完成できるほど豊富に与えられている」(セネカ)

古代ローマの哲学者・政治家、セネカの代表的な著作『道徳論集』に収められた「人生の短さについて」という随筆からの引用です。

これはほんまにね、めちゃくちゃ正しいことを言ってるんですよ。僕たちはものすごく多くの時間を持っているんだと。だけどその大半を無駄に使っているんだと。はい、本当にその通りです、すみません(笑)。だって僕自身、「時間を大切にしよう」と思ったのは50歳を過ぎてからですもん。

いや、口では「時間は大切」ってずっと言っていましたよ。でも、それがどういうことなのか、ちゃんと身にしみて理解できたのはけっこう最近のことなんです。

なぜその理解が起こったのかというと、やっぱり危機感なんですよね。50歳を過ぎると、意識して健康に良いことをしないと、体力がどんどん衰えていくんですよ。それは人によって違うと思う。40代で起こる人も多いでしょうし、60代でもまだまだ元気で、健康管理に無頓着な人もいてはるやろうし。

つまり「自分の死を感じる」ってこと。そうなると、人生を逆算的に考えるようになるんです。自分が生きている時間は、決して無限ではない。どうやら本当に、いつか終わってしまうんだと。

「余白の時間」くらいは自分のために使おう

これってわかってる人はわかってるし、わかってない人は本当にわかってない。というか、頭ではわかっているつもりでも、実はピンときていない。「時間を大切にしよう」という理解の感覚に関しては、その両者で圧倒的な乖離がある気がしますね。

言葉で理解するのじゃなくて、その大切さに気づいた時は、ちょっと背筋がゾクッとするような感覚があるんです。それを踏まえて、30代くらいの方々にいまの僕が言えるのは、せめて「余白の時間」くらいは自分のために使おう、ということでしょうか。

とにかく忙しない世の中ですから、仕事や家事で日々を追われるように生きている、と実感している人はとてもたくさんいるはずです。その中でも本当にパーソナルな、かけがえのない自分だけの余白の時間を、わずかでも得られる隙間はあると思うんです。

ところが、おそらく世の中のほとんどの人は、いとも安直に、他人にその貴重な時間をあげてしまうんですよ。たとえば久々の休日の夜に、突然友だちから連絡があったと。最初はゆっくり読書でもして過ごそうと思っていたけど、特に誘いを断る理由もないし、ちょっと呑みに行ってくるかな、なんていうパターンですね。

もちろん、そこで本当に身も心もリラックスできるような時間を持てればいいんですけど、結局は仕事の愚痴とか、世間話にもならないようなおしゃべりに時間を費やしてしまう。そして案の定、翌日は二日酔いでつらいっていう(笑)。

イスラム文化では、趣味や語らいなど、人生のゆとりの時間のことを「ラーハ」といいますが、その中にはたとえば、生き方や価値観の違いについて他人とじっくり対話することも有意義な“聖なる時間”として認められています。だけど僕たちが誰かとだらだらおしゃべりする時って、本当に単なる無駄話っていう場合が多いんじゃないかなって。

これはいまの僕の感覚からすると、時間の使い方として相当もったいないなと思ってしまうんです。せっかくの個人の「余白の時間」を、他人に与えてしまうことの戒めは、やはりセネカも書いているんですよ。同じ「人生の短さについて」の中で「他人のためではなく、自分自身のために時間を使うことが大切だ」と。

豊かさとは「自分でスケジュールを決められる」権限

違う言葉に置き換えると、「余白の時間」というのは「選択できる時間」ってことですね。
これは個人的な見解ですが、僕はおそらく、21世紀の人間の豊かさを決める最大の条件は、「自分でスケジュールを決められる」という権限を獲得しているかどうかだと思っているんです。

もちろんね、じゃあ、勤め人よりもフリーランスのほうが時間的に自由なのかと言えば、そう単純な話でもない。フリーの仕事人は、むしろクライアントのスケジュールや都合に振り回されることが多いし、僕だってご指名が掛からなかったら、仕事の8割はなくなってしまう。他者に委ねていることからくる、そういう恐怖や不安など、また別の厳しさがあるわけです。

ただ、これまでの価値観に基づいた「あの人の人生がうらやましい」とか「自分の人生はまんざらでもない」といった豊かさを決める判断基準に、ひとつはお金がありましたよね。あと、それに関連するものとして、社会的な地位とかね。高級住宅地に住んでいるとか、大企業に勤めているとか。ある種、見栄の部分です。

ところが、そのふたつをごぼう抜きにしつつあるのが、時間管理だと思う。自分のスケジュールを自分で作成して、いかに「選択できる時間」をたくさん担保しているか。それが人生の幸福度・満足度を決める基本要項、あるいは必要条件になりつつあるのは、ほぼ間違いない。これは21世紀の人間が獲得した新たな価値観だと言ってもいいと思います。

この連載をもっと見る

精神科医・名越康文さんエッセイ

20代の時より知識も経験も身について、どんどん仕事が楽しくなってくる30代。ついつい心の声を無視して頑張りすぎてしまうこともしばしばです。そんな働き女子の力みがちな肩を、精神科医の名越康文(なこし・やすふみ)先生がゆるーく揉みほぐしていく連載エッセイ。一生懸命だけど頑張りすぎない働き方のヒントが見つかるかも。

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

お金でも社会的地位でもない! 21世紀の「幸せの基準」って?

関連する記事

編集部オススメ

後悔のない30代を過ごしたい。ありとあらゆる分野のプロフェッショナルに、40歳から自分史上最高の10年を送るために「30代でやっておくべきこと」を聞いていきます。

記事ランキング