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2014/05/19

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前編に引き続き、4月に発売された書籍『なぜ、あなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』著者で、アダルトビデオの監督でもある二村ヒトシさんに、理想の男性を追い求めてしまい、彼氏ができずに悩む女性たちが幸せになるためのヒントを伺った。

>>>【前編はコチラ】「苦しい恋愛」は卒業! 恋愛のカリスマ・二村ヒトシさんに聞く、自分を本当に愛してくれる男性と出会う方法

「愛」と「恋」とはまったく違うこと

――初めは男性側が好意を寄せていたはずなのに、次第に女性側の想いが強くなり、結局上手くいかなかったという恋愛のケースもよく聞きますが、女性はやはり「待ち」の姿勢でいることが大切なのでしょうか。

二村:恋というのは相手を求め、自分のものにしたがる“欲望”です。相手を思いやっているように見えても、じつはエゴイズムなんです。いくら「好きだ」とか「愛してる」とか、言葉では表現できたとしても、それは愛ではない。「愛する」というのは「恋する」とはまったく違うことです。

でも、自己受容できない女性は、どうしても恋がしたくなっちゃうんですよね。「恋してしまう」ということは「愛されたい」「相手から肯定されたい」ということですから。また、真面目そうなのにじつは回避的な男性が、最初のうちは「あなたに恋しました」「あなたを愛します」と言いながら近づいて、女性のほうの依存性に火をつけた直後に逃げ出す、あるいは受け身になる、あるいは支配傾向が徐々に強くなるというケースも多いでしょう。

男は基本的に恋をしていたい生き物だと言われます。それは男たちが仕事が順調であっても、それだけでは物足りない、社会的な承認だけでは満たされないからです。女性側がそれを上手に「愛してあげること」で恋愛というのは上手くいくものだとされている。それは男の都合なんですけどね。そういうことができる人が、男性社会から「良妻賢母」って呼ばれます。

――そんなことが、可能なんでしょうか。

二村:なかなか難しいと思いますよ。女性の方こそ、どうしても「かまってほしい」じゃないですか。それは自分の欲望なので、じつはまだ「恋」してる状態なんですよね。かといって、本当はかまってほしいのに、その気持ちを我慢していたとしたら、それは愛ではない。「愛」というのは、相手がどういう状態であっても、それを静かに見守ることができることですから。理想的なのは、どちらかが求めてどちらかが愛してあげるという関係じゃなく、お互いが愛しあう対等な関係ですよね。

恋とは、自分の「心の穴」と向かい合い、自分自身を知ること

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――なるほど。お話をお聞きして、私はまだ「恋」しかしたことがなかったということに気づかされました。

二村:愛せるか愛せないかは、相手というより自分自身の問題も大きいです。そして恋するというのは最初は楽しいですけど、やがて、かならず苦しくなることなんです。自己受容していない人間が他人に承認を求めて恋をしてしまう、つまり恋をすると自分の受容できていない部分が明らかになってしまうわけですから。

ただ、恋をしてしまった以上、その恋には意味があると思うんです。恋では心の穴は埋まりませんから幸せにはなりませんが、その恋を通して自分の心の穴と向かいあい、自分自身を知ることができる。

だから、苦しい恋愛は本人が馬鹿馬鹿しいと本気で思えたら止めればいいし、そう思えるまでは徹底的にやったほうがいい。振り回される相手を好きになってしまうのであれば「また私は不安定にさせられているな」と客観的に眺めつつ、その刺激を“うんざり”するまで楽しみきることでしょうね。そういう男性を好きになってしまう自分、そういう刺激を求めてしまう自分も許すことが、まずは自己受容の第一歩です。

そうやってとことん恋をやりきって、苦しいということは「恋」であり、「愛」ではないんだということを知った上で、自分を苦しめる「理想の男性たち」と決別できた時に、他人にも自分にも求め過ぎず、目の前の相手を自然に愛することができる女性になっているのではないかと思います。

(取材・文=編集部)

●二村ヒトシ(にむら・ひとし)
1964年六本木生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶應大学文学部中退。95年まで劇団『パノラマ歓喜団』を主宰。97年にアダルトビデオ監督としてデビュー。現在4つのAVレーベルでプロデューサー兼チーフ・ディレクターを務める。著書に『淑女のはらわた 二村ヒトシ恋愛対談集』、『すべてはモテるためである』、『恋とセックスで幸せになる秘密』、『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』がある。