世界の香水ブランドから選りすぐりの香水を展示・販売する香水フェア「イセタン サロン ド パルファン」が伊勢丹 新宿店(東京都新宿区)で11月22日からスタートしました。

今年で4回目を迎える同イベント。なかでも注目なのが初登場となるブランド「Miya Shinma Parfums(ミヤ シンマ パルファン)。パリ在住の調香師・新間美也(しんま・みや)さんによるブランドで、「花」「月」「風」など和の要素を盛り込んだ香りがヨーロッパで人気を集め、成功を収めました。今後は日本での販売にも力を入れていく予定といいます。

日本で「調香師」という言葉がまだまだ珍しかった約20年前、27歳で渡仏。香りのプロを養成する学校の門を叩いた新間さん。その後、自作の香水を売る事業を立ち上げて、順調にファンを増やしてきました。これまでの道のりを新間さんは「自分の力を出し切る日々だった」と振り返ります。強い意思を持って異国の地で奮闘してきた彼女に話を聞きました。

実は専業主婦になるのが夢だった

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—若い頃から香水に関心があったのですか?

新間美也さん(以下、新間):ほとんどありませんでしたね。大学はフランス語学科でしたので、フランスのことは当然詳しく学んでいましたけれど、香水がフランスの人たち、ヨーロッパの人たちと切っても切れない深い関わりがあると知ったのは、パリに住み始めてからです。

-香水について学ぼうと思ったのは?

新間:ある日突然でしたね。会社員として働いていた時です。雑誌を何気なく読んでいたら、フランス人調香師のインタビューが載っていました。「香水を作るプロセスは、オーケストラのシンフォニーの作曲とよく似ている」。その言葉に、いい意味でショックを受けました。

香りって、なんだか面白そう。3歳からオルガンやピアノを弾いていて、曲も作って楽しんでいたので、香りに急に親しみがわきました。

それまでは、専業主婦になるのが夢でしたから、バリバリと働き続けることはあまり考えていなかったんです。でも結局は夢ですから、主婦になれるかはわからない、どうしようかなとは思っていました。

けれど、インタビューを読んで香りのことをとにかく勉強したくなってしまって。最初はイタリアに行く予定で、それがフランスに変わりました。どちらにしても言葉は心配なかったので、気軽な気持ちで留学しました。

パリの高級デパート「ボン・マルシェ」に直談判

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―パリの香水の学校「サンキエームサンス」で学んだあと、すぐに自分のブランドを作ったそうですね。

新間:調香師になれるか自信はなかったものの、香りの勉強はものすごく面白くて夢中でしたね。自分の好きな香水を作りたいと思ったのは、卒業してからです。パリに住んで、日本の文化についてもう一度勉強したくなって日本文学を読み返しました。日本人は昔から美しい自然に心を寄せてきたと改めて知って、「花」「月」「風」を自分の香水として表現しました。

―それが、いきなりパリの高級デパート「ボン・マルシェ」で販売されることに?

新間:ボン・マルシェでの販売は計画していたわけではないんです。私の香水を買ってくれたフランス人の友人が、「これならボン・マルシェで売れるかもね」と言ってくれました。それならと思って、雰囲気をきちんと確かめようと自分でボン・マルシェに行きました。やはりステキな場所で気に入りました。「売ってもらえたらいいな」と思って聞いてみたんです。

そうしたら、幸運にも一度目で販売してもらえることに。初めての売り込みも恥ずかしいとは思いませんでした。勝手に体が動いていたんです。結局、ボン・マルシェでの販売は8年続きました。

―販路はどうやって広げてきたのですか?

新間:去年まで販売には大きな力を注いできませんでした。メディアや口コミで広がって、フランス以外の国でも固定のお客様がたくさんつきました。でも、私の香水は「ディオール」や「ゲラン」などの有名ブランドとは違います。個性的なコンセプトで作っていて、少量生産です。

私はビジネスに長けていないので、マーケティング活動はなかなか進みません。やっぱり、香水を作ったり、香りについて教えたりしている方が好きなんです。香りの教材を作ることも好きです。

簡単なことも難しいことも、やってみたら実は怖くない

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―フランス人のご主人は、新間さんのお仕事についてどんなふうにおっしゃっていますか?

新間:主人はビジネスマンで経営マネージメントが得意なので、経営面でのんびりしている私の様子を歯がゆく感じているようです。

昨年、知人に勧められて、イタリアで、ニッチブランド(認知度は低いが一部の消費者から絶大な支持を誇るブランド)の香水展に初めて参加したんです。

こういった展示会には見る側としても足を運んだことがなくて、まったく様子がつかめなかったので、気が進みませんでした。出展して、その場で反響を知るのも怖かった。主人からは「これでうまくいかなければ、香水販売はやめた方がいいのでは?」と言われました。私には最初で最後の大きな賭けでした。

―反響はよくないと想像していたのですね。

新間:ええ。でも重い気分は、参加してすぐに消えました。その場に入ってみたら、全然怖くなかったんです。不得手なことや知らないことに対しては不安を抱えがちです。でも、「壁」は実は高くないと思うんです。とはいえ、一つ克服しても、壁はまた別の形で現れるでしょうね。

―どういう壁でしょうか?

新間:たとえばニッチなブランドだと、たくさんの種類をそろえていないと存在感が薄れて、市場から消えてしまう可能性があるんです。これから先も、初めて展示会に出展した時より、もっと大きな勇気を持って臨まなくてはいけないプロジェクトが出てくると思います。自分のいる環境に応じて立ちはだかる壁を一つずつ乗り越えていくしかないですね。

フランス式に日本出張は夫同伴で

―ご主人は、新間さんの日本出張に同行されますか?

新間:都合がつくときは一緒です。私は香りに関して講演もしたりします。主人は会場まで来て、終わるまで近くを散歩しています。フランスは何でも夫婦一緒に行動することが根付いていますから、私も感覚が変わりましたね。

―ご主人が一緒だと、機内で楽しいですね。

新間:確かに。でも、私のクリエーションの時間が減ってしまうので少し残念です。機内は、私ひとりの創作の場なので。空の上にいると、気分がとても晴れやかになります。今度はこんな香水を作りたい、香りを使って新しいことをしてみたいと、とても楽観的な気持ちで将来を思い描くことができます。主人が一緒だと、2人でたくさん話すことはできますが、そういう“将来設計”の時間はとりにくいですね。

自分の成長に人目を気にする必要はない

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―ここまで進んできた原動力は何でしょう?

新間:自分に打ち勝つこと、そして自分の持つ力を出し切ることが大事だと両親に教わって育ちました。マラソン大会があると、父と母と、きょうだいと、みんなでおそろいのウェアを着て練習しましたね、「ラストスパートだ、がんばれ!」って父や母に激励されて、苦しい中でも踏ん張れると経験して。

きっとそれが身についているのだと思います。私は、いつでも自分を進化させていたい、精神的な発展という点で今の自分以下にはなりたくないと思って日々を過ごしています。苦しかったことはたくさんありましたが、ものすごく嬉しかったこともたくさんありました。そんな経験の一つひとつが自信につながってきたんだと思います。自分の成長に、人の目を気にする必要はありません。

「イセタン サロン ド パルファン」は伊勢丹 新宿店本館7階(催物場)で11月28日(月)まで。最終日は午後6時終了。

Miya Shinma Parfumsの香水は写真の8種と、昨秋販売になった「たちばな」の全9種。各55ml入り、1万9440円。来年、また新作を出すことが決まっている。

Miya Shinma Parfumsの香水は写真の8種と、昨秋販売になった「たちばな」の全9種。各55ml入り、1万9440円。来年、また新作を出すことが決まっている。

個人からのオーダーメイド注文(1000ユーロから)は、注文者のイニシャルが入るこちらの特別な香水瓶で。口コミで広がり、1ヵ月に2、3件の注文がある。

個人からのオーダーメイド注文(1000ユーロから)は、注文者のイニシャルが入るこちらの特別な香水瓶で。口コミで広がり、1ヵ月に2、3件の注文がある。

撮影:岩澤里美、香水の写真©Miya Shinma

新間美也(しんま・みや)
1970年静岡県生まれ。1997年に渡仏し、パリの調香師学校サンキエームサンスで、調香師の第一人者モニック・シュランジェ氏に師事。1999年に自分の香水ブランド「ミヤ シンマ パルファン(Miya Shinma Parfums)」を立ち上げ、パリを拠点にヨーロッパ内で販売を続ける。2015年、2016年とイタリアにて、ニッチブランドの香水展に参加し、大反響を得た。2016年11月開催の第4回イセタン サロン ド パルファン(会場:伊勢丹新宿店)で、ラインナップが正式に日本初上陸した。著書に『アロマ調香レッスン』(原書房)など。 ミヤ シンマ パルファン(Miya Shinma Parfums) ●新間美也さん設立の調香を学べる学校  アトリエ・アローム&パルファン・パリ(静岡県)

岩澤里美