カメラとひとり旅をこよなく愛する編集者、宇佐美里圭(うさみ・りか)さんのフォトエッセイ、今回の旅先はヴェネチアです。色とりどりのガラスに美しい水路と“明るい街”のイメージですが、それとは180度違う“夜の顔”をお届けします。

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21世紀から浮遊したミステリアスな島

ヴェネチアへ行ったのは数年前の11月のこと。仕事だったのであまり時間はありませんでしたが、朝や夜、隙を見つけては街中を歩き回りました。

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ヴェネチアは言わずもがな、水に“浮かぶ”都市です。見た目は石造りで頑丈そうな街ですが、実は海の底に無数の木の杭を打ち、その上に石やレンガを積んで造ったと聞くと、とたんに心もとない気持ちになります。ヴェネチア独特の“浮遊感”はそんなところからもくるのでしょうか……。ともかく、「本当に今21世紀?!」と思うほど、街全体がどこか現実離れをしています。

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一番大きい“現実世界との違い”は、車が一台もないことでしょう。島の中は車が通れず、交通手段は船のみ。あとはひたすら歩くしかありません。夜霧の中を歩いていると、静けさと冷たい湿気がじんわり身体にしみてきて、つくづく物寂しくていい。暗闇にぼんやりと見える人かげ、ときおりコツンと音を鳴らす波止場の船……。夢か現か幻か。街全体がまるで一つの劇場のようでした。

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長い歴史が染み込んでいる古くて暗くて狭い路地を歩いていると、自分という存在が大きな時間の流れの一部であることを感じます。まるで「今」しかないような顔をしている、ピカピカの新しい街を歩いているときとは大違い。

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街の姿には、そこに住む人たちの価値観や思想がどうやっても出てしまうもの。何が優先され、何をよしとしているのか……。観光都市ヴェネチアは物価も高く、この古い街に住むというのはかなり不便だろうと想像できます。エアコンの室外機さえ「醜悪だから」という理由で外にはつけられないそう。

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ここでは判断基準が「美」か「醜」か、です。効率のよさや便利さよりも「美」が優先されている。賛否両論あるでしょうが、結果的にはその美に惹かれて世界中から人が来るのですから、案外あなどれません。便利さや効率も大事ですが、実は「美」はもっと重要視されてもいいのじゃないかなあと、こういう街に来ると、わが国ニッポンのことを考えてしまいます。

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宇佐美里圭(うさみ・りか)
1979年、東京都生まれ。編集者、ライター。東京外国語大学スペイン語学科卒。在学中、ペルー・クスコにて旅行会社勤務、バルセロナ・ポンペウファブラ大学写真専攻修了。中南米音楽雑誌、女性誌、週刊誌、カメラ雑誌などで働く。朝日新聞デジタルで「島めぐり」「ワインのおはなし」「花のない花屋」などを連載中。ラテン音楽とワインが好きなエピキュリアン。