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2014/05/12

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「鼻からスイカ」「バットで腰を何度も強打」などなど、出産の痛みは様々な表現で例えられる。ちなみに、痛みをランクで示した「マクギル疼痛質問表」のスコアによると、急性痛に分類される分娩痛は、同じく急性痛の骨折を20とすると初産の場合、2倍の40となり指の切断を少し下回るくらいの痛みに位置づけられるようだ。

相当な痛みであることに間違いはないが、どんなものかは実際に経験してみないことには分かるはずもない。出来ることなら痛い思いはしたくない、というのはほとんどの人が考えを同じにするところだろう。ちなみに、アメリカやイギリス、フランスなどの先進国では無痛分娩の割合が多い国で80%。また、痛みを軽減させる出産方法も時代とともに進化している。

とはいえ、出産経験者からは、「出産の痛みに耐えて生むからこそ、我が子を可愛いく感じるもの」という声も聞かれる。果たして出産の痛みを経験する必要は本当にあるのだろうか。そこで、日本で42年以上にわたり無痛分娩を施行している、東京衛生病院の原澄子先生にお話を伺った。

欧米では麻酔を使った無痛分娩は150年以上前から

――東京衛生病院で無痛分娩を始められたきっかけは何だったのでしょうか?

原澄子先生(以下、原):東京衛生病院は1929年に設立されたのですが、キリスト教の宣教師の方が始められたということもあって、早くから欧米の医療を取り入れていました。麻酔による無痛分娩は1847年に世界で初めて実施され、イギリスでは1853年にビクトリア女王が麻酔による出産を経験したことから、ヨーロッパに広まったとされる歴史の古い方法です。その後、吸入麻酔から安全性の高い硬膜外麻酔が主流となり、アメリカでは経腟分娩(帝王切開ではなく腟を経由する分娩)の8割が無痛分娩となりました。そのため、当院で無痛分娩を実施するというのは、自然な流れだったのだと思います。

――日本の江戸時代に外国では無痛分娩が始まっていたのですね。麻酔を使った無痛分娩には色々な方法があると思いますが、東京衛生病院では「硬膜外麻酔」を採用されています。

:現在、外国でも日本でも無痛分娩の主流は硬膜外麻酔だと思います。外科手術で使われるようなガスによる笑気麻酔や静脈麻酔剤を使用する方法もありますが、眠くなったり一時的なものだったりと、長時間の出産には向きません。硬膜外麻酔は腰から硬膜外腔に向かってに針を刺し、麻酔薬を注入するという方法ですが、これだと意識もはっきりした状態で分娩ができます。それなりに太い針を刺し麻酔薬を注入するチューブを入れますが、局部麻酔をしてから実施しますので、陣痛が続くことを考えたら比にならないくらいの痛みです。

無痛分娩は赤ちゃんへの影響はないと考えられている

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――リラックスした状態で分娩ができるということですね。薬を使うということで、生まれてくる赤ちゃんや母体にリスクはないのでしょうか?

:当院では局所麻酔薬と合成鎮痛麻薬を併用する方法をとっていますが、これらの薬は新生児の神経行動には影響を与えるものではないと一般的には考えられています。また、母体としては頭痛や低血圧などの副作用が出ることもあります。

――やはり痛みに弱いという人が無痛分娩を選ばれるケースが多いのでしょうか?

:初産のため、痛みに対して不安を感じている人や1子目のお産のときに辛い経験をして、妊娠を躊躇している人が無痛分娩という選択をされることが多いですね。当院の場合は、冊子や両親学級での映像で無痛分娩の紹介をしていますので、そこで無痛分娩の仕組みを理解して頂いています。分娩の途中から無痛分娩に切り替えることもできるので、痛みに耐えられないときにはすぐに対応できます。

――麻酔の処置は産科医の先生が担当されるのでしょうか?

:産科麻酔専門の麻酔科医がいる病院もありますし、産科医が実施するケースもあります。ですが、全体的に麻酔科医が少ないので、産科医が麻酔の技術を身につけることも増えていますね。通常のお産にプラスして麻酔の管理となると手間は掛かりますが、産科医の方が分娩全体の流れがわかるので、色々なパターンに応じて麻酔の量を変えるといったことが即座に判断できる可能性があります。

無痛分娩でも自然分娩でも子を可愛いと思う気持ちは同じ

――今後日本で無痛分娩が普及していくためには、何が必要でしょうか?

:まずは、麻酔の知識と技術をもった産科医が増えることと、無痛分娩に対応できる施設が増えることが必要だと思います。そのためにも、助産師をはじめ産科医全体に理解が広まるといいですね。日本人は我慢強いので痛みに耐えたり、お腹を痛めて生んで一人前みたいな風潮がありますが、無痛分娩でも自然分娩でも我が子を可愛いと思う気持ちに変わりはありません。

無痛分娩の実施施設は増えている

なお、無痛分娩に掛かる費用は、東京衛生病院の場合お産代にプラスして10万円だそう。無痛分娩は全くリスクがないわけではないが、出産後の母体の回復が早かったり、落ち着いて出産できるので子供の顔をよく見ることができるというメリットもある。

出産を控えている人のなかには、無痛分娩という方法を知らない、または知ってはいるが自宅近くに無痛分娩ができる産婦人科医院がないというケースもあるだろう。ちなみに、日本産科麻酔学会のホームページで紹介されている無痛分娩を実施している施設は全国で196か所。以前に比べるとかなり増えてはいるものの、産婦人科がある病院や診療所が全国に約4,500か所あることを考えると、まだまだ割合は少ない(平成23年厚生労働省調査のうち「産婦人科、産科を標ぼうする施設数」を参考)。日本において誰もが無痛分娩を選択肢のひとつに入れられるまでには、まだ時間が掛かりそうだ。

末吉陽子