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2016/10/27
「日本人のカップルの6組に1組が不妊」とされる今の時代、妊活ビジネスはバブルと言ってもいい状況が続いています。ところが、妊活市場でまことしやかに口にされる話には、医学的根拠に乏しい内容も実は多いのです。今回から始まる連載では、日本で唯一の出産ジャーナリストである河合蘭(かわい・らん)さんが長年にわたる膨大な取材をもとに、不妊治療にまつわる「ウソ」と「ホント」を解き明かしていきます。
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体外受精では採取した卵子と精子を合わせて受精卵としますが、それをどんなふうに培養して、どの受精卵をどのタイミングで子宮に戻すか。その方針は、施設によってさまざま。まさにブラックボックスなので、治療中の本人には知らされていないことも多くあります。

日本で唯一の出産ジャーナリスト・河合蘭(かわい・らん)さんの連載「不妊治療のウソ・ホント」、第8回目は「受精卵の培養」がテーマです。普段なかなか見る機会のない超貴重なリアル映像と共にお送りします。

ヒトの赤ちゃんが孵化する瞬間!?

受精卵は、育ち始めて卵割が進んでくると「胚」という名で呼ばれるようになります。次の動画は、胚の成長をタイムラプス動画で記録した貴重な映像です。最近は、胚を庫内に入れたまま、このような動画を自動で撮影して、24時間、その変化を観察できる培養器も登場しています。

動画をご覧になりましたか? では、順を追って説明しましょう。

写真1-s

胚の細胞は、「透明帯」という胚全体を包む膜の中で2つ、4つと分かれていき、どんどん増え続けます。受精の翌日から3日くらいで細胞は8つまで増えます。

写真2-s

4日目くらいになると、たくさんの細胞がくっついた状態になります。

写真3-s

受精から5日目くらい。「胚盤胞」と呼ばれる段階で、真ん中にスペースができています。

動画は、胚全体が急に膨らむように見えるシーンで終わっていますが、これは「ハッチング(孵化)」と呼ばれる現象です。次の写真のように、胚が透明帯を破って外に出たのです。言ってみれば「ヒトの子どもが卵から孵った瞬間」です。

写真4-s

受精卵も「孵化」する

受精卵も「孵化」する

自然妊娠の場合、胚は、卵管の旅を終えて子宮にたどり着くと孵化して、子宮内膜に埋まります。

ここまでにかかる日数は、およそ5日。

何日目で戻すと妊娠率が高い?

体外で受精をしたのち、受精卵が培養液の中でどんなふうに成長していくのか、そのリアルな様子がわかりましたね。

では、この受精卵を一体どのタイミングで子宮に戻せば一番妊娠率が高くなるのでしょうか?

子宮に戻して妊娠する率がもっとも高いとされているのは、受精から5日目くらいの「胚盤胞」の段階です。ですから、受精卵ができたら、多くの患者さんが「どうか、胚盤胞まで育ちますように」と願うことになります。治療施設でも、医師によっては「胚盤胞になっていないものを、子宮に戻しても意味がない」と考えているようです。

胚盤胞まで育つ胚は12個に1個以下

しかし、現実には、胚盤胞まで育つ胚は、決して多くありません。大半の胚は途中で成長が止まってしまいます。

浅田レディースクリニックが31~35歳の女性に関してデータをまとめたところ、卵子(胚)の数は次のグラフのように推移しました。

良好胚盤胞を得るのに必要な採卵数

良好胚盤胞を得るのに必要な採卵数

卵子は平均で12.8個採れていましたが、「胚盤胞」に達したものはわずか2.9個でした。さらに、胚盤胞の中でも成長が進んだ「良好胚盤胞」と呼ばれる段階まで行けたものは、たったの1個。なんと、7.8%という確率の低さです。

卵子が10個くらい採れた30代前半の人でも、この結果なのです。卵子が少ししか採れない人だと、胚盤胞まで育って戻せる胚はゼロというケースも多いでしょう。

卵子が少ない人は、もっと早く戻してもいい

つまり、卵子が少ない人にとって、胚盤胞になるまで待つのはリスキーなのです。胚盤胞が一番妊娠率が高いとはいえ、それを狙った結果1つも子宮に戻せないのでは元も子もありません。

ですから、胚盤胞までたどり着けない可能性が高い人は、もっと早い段階で胚を子宮に戻すべきです。胚盤胞まで行かないと妊娠できないわけではないので、もっと柔軟に考えればいいのです。

浅田レディースクリニック理事長の浅田義正医師は、「今は胚盤胞が作れるくらい培養室の技術が進化したけれど、やはり、子宮には勝てない」と言います。胚にはいろいろな個性があり、人工的な環境に負担を感じる繊細な胚もあるのだそう。そんな胚は無理にがんばらせないで、本来の居場所である子宮に早めに戻してあげた方が、力をフルに発揮できます。

そもそも、なぜ胚盤胞の妊娠率が高いかといえば、子宮に較べると厳しい体外環境でも耐えられる強い胚を戻しているから。妊娠しやすいのは当然なのです。

評価が非常に低い受精卵で出産できたケースも

これまでたくさんの胚を見てきた浅田医師は、普通なら子宮に戻してもらえない、とても個性的な胚が出産に至った例も見てきたそうです。次の動画は、その一つ。

先の動画で見た胚とは違う、細胞のばらばらな動きに注目してください。実は、この胚は、卵の殻にあたる透明帯が失われた胚でした。でも、患者さんにとっては、この胚がオンリー・ワンだったので、可能性に賭けてみたそうです。

キャプ細胞分裂のたびにばらけてしまいそうになる「透明帯」のない胚 (提供・浅田レディースクリニック)

細胞分裂のたびにばらけてしまいそうになる「透明帯」のない胚 (提供・浅田レディースクリニック)

この胚は、途中で何度もばらけそうになっています。でも、危うい場面がありながらも何とか細胞同士のまとまりを維持して、最後にはしっかりと凝縮しました。透明帯を脱ぎ捨てる段階まで育って、無事、出産に至ったのです。

胚の中には、成長の遅いものもあります。5日経っても、普通は胚盤胞になる頃なのに、まだブドウのような状態に留まっているような胚です。施設によってはそういう胚は捨ててしまう場合もあるそうですが、そんな胚でも観察を続けていると6日目、時には7日目で胚盤胞になり、妊娠できるケースもあるとのこと。

不妊治療の現場では、胚を形や成長のスピードによって、数字やABCで評価するので、大勢の患者さんがこれに振り回されることになります。でも、そうした評価は表面的なところを見ているだけですから、大してあてになりません。実際にかなり評価の低い胚が出産できたケースもあります。

胚の本当の生命力は、子宮に戻してみなければわかりません。評価などは参考程度と考えて、命の多様性を忘れないことも体外受精では大切です。

監修・浅田義正(浅田レディースクリニック)
映像提供・浅田レディースクリニック
グラフ、図は『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」(講談社ブルーバックス)より転載

●河合蘭(かわい・らん) 妊娠・出産、不妊治療・新生児医療を取材してきた日本で唯一の出産ジャーナリスト。1959年、東京都生まれ。カメラマンとして活動した後、86年より出産関連の執筆活動を始める。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師も務める。著書に『未妊――「産む」と決められない』(NHK出版)『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年に『出生前診断――出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞を受賞。近著に浅田義正医師との共著『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」 (ブルーバックス)』がある。