「日本人のカップルの6組に1組が不妊」とされる今の時代、妊活ビジネスはバブルと言ってもいい状況が続いています。ところが、妊活市場でまことしやかに口にされる話には、医学的根拠に乏しい内容も実は多いのです。今回から始まる連載では、日本で唯一の出産ジャーナリストである河合蘭(かわい・らん)さんが長年にわたる膨大な取材をもとに、不妊治療にまつわる「ウソ」と「ホント」を解き明かしていきます。
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何年も避妊をしていた人でも、避妊をやめれば翌月にでもすぐに妊娠できそうな気がしてしまうもの。そして、妊娠の兆候がないまま何ヵ月が経つと「不妊症では?」と不安になってしまう人も少なくありません。

でも、その焦りは、ほとんど場合、妊娠の仕組みを勘違いしているだけなのです。

「妊娠できる卵子」は4個に1個だけ

昔、学校の保健体育の授業で、妊娠の仕組みをどんなふうに教えられたか思い出してみてください。「卵巣から1個の卵子が選ばれて排卵し、精子と出会って受精が起きる」という話を先生から聞かされませんでしたか? そして、あなたはその話を聞きながら、卵子と精子が出会ったら必ず妊娠してしまうとイメージしたのではないでしょうか?

ところが実際の卵子と精子は、出会っても受精しなかったり、受精してすぐ消えてしまったりすることが多いのです。そんなふうに誰もわからないドラマを繰り返しているうちに、やがて「妊娠できる卵子」が出てきて妊娠反応テストが陽性になるわけです。

「妊娠できる卵子」が出てくる確率は、高齢妊娠ではない人でも4回に1回くらいと言われていますから、卵子の世界はなかなか厳しいのです。さらに、やっと妊娠反応が出ても流産をしてしまう可能性もあります。「流産」とは、妊娠22週未満の間に命が消えてしまうことで、全年齢で見て10〜20%の確率で起きるといわれています。

つまり、ほとんどの女性は毎月の生理に妊娠のチャンスがあると考えているものの、実際は、出産に結びつく生理は単純計算で年に3回しかないのです。これは誰にでも当てはまる話ですから、避妊をやめた後しばらく妊娠しなくても心配する必要はありません。

35歳を過ぎると「半年」が目安

では、「妊娠しない期間」がどのくらい続いたら、病院の受診を考えた方がいいのでしょうか?

ほとんどの医師は、女性が35歳未満なら1年間と言います。これは「妊活を始めて1年経てば8割のカップルが授かる」というデータが根拠になっています。

でも、女性が35歳以上になると、その期間は縮まります。このあたりは医師によって意見が少し違いますが、だいたい数ヵ月から半年が目安。さらに女性が40代の場合は「子どもが欲しいと思った時点で来てほしい」と多くの医師が言います。

ここで、首をかしげる人がいるかもしれません。年齢が上がるほど妊娠しにくくなるのに、なぜ自然妊娠を待たせてもらえる期間が短くなるの?と。これでは、女性が35歳以上のカップルのほとんどが「要・受診」になってしまうじゃない、と。

でも、医師が「早く来てほしい」と言うのは、理由があります。それは、いざ不妊治療をすることになったら、開始年齢が高いほど治療の効果が小さくなってしまうからです。

実は受診には「早すぎてはいけない」ということはありません。また学会の定義では一年間の不妊期間があれば不妊症としていますが、実際的な意味は特にないので、気にすることはありません。

40歳を過ぎても年に数回はチャンスがあるが…

なかなか妊娠しない理由で、現在もっとも多いのは、やはり「女性の年齢」です。不妊の専門家の間では、「40歳になると、『出産できる卵子』が排卵する月は年に1〜2回しかない」と考えられています

年齢が高くても、「出産ができる卵子」が来れば子どもは生まれます。ただ、そういう卵子が出てくる頻度が年齢と共に下がるのです。そして、その月にうまく精子と出会えればいいのですが、夫婦で忙しく仕事をしていたりすると状況はかなり厳しくなります。

年齢が上がるにつれて「妊娠できない卵子」「出産できない卵子」が増えてしまう原因の代表は、卵子の染色体異常です。染色体は身体の設計図であるDNAが凝縮したものなので、本数が違うとうまく身体が作られず、どこかの時点で命が尽きてしまうのです。

染色体異常というと、ダウン症候群を思い浮かべる人もいると思いますが、それは、染色体異常がありながら出産に辿りつくことができた稀有なケース。染色体異常は、実はすべての人に人知れず起きていて、基本的に生まれてくることはありません。それが「不妊」や「流産」と呼ばれているものなのです。40歳くらいになると、受精卵ができても、その約8割に染色体異常があると言われています。

「治療をしてまで欲しくない」という人も

「妊娠できない卵子」「出産できない卵子」が増えていく中で、どうすればいいのか?

強く子どもを望むのであれば不妊治療を始めるのも、一つの手です。体外受精で排卵誘発剤を使えば、自然の状態ではひと月に1個しか得られない卵子を、一度に何個も得られます。たくさん採れば、その中に「出産できる卵子」が混ざっている可能性は高くなります。

不妊治療を始めるかどうかはさておき、「妊娠しない期間」が続くようであれば、その後も妊娠しない可能性が通常より高い状況です。もやもやした気持ちになると思いますから、一度不妊症の専門医を受診することをおすすめします。「子どもは欲しいけれど、不妊治療をしてまで欲しいとは思わない」というカップルもいますが、とりあえず受診して、治療を始めるかどうかは後から考えてもいいのです。

20代から30代前半の若いカップルでも、精子の運動性が低かったり数が少なかったりして、卵子と出会える場所まで辿りつけずにいる可能性もありますし、卵管が詰まっていて卵子と精子が出会えない可能性もあります。その場合は、自然妊娠を期待していてもなかなかうまくいきませんが、これは医療が得意とする不妊で、人工授精や体外受精に踏み切れば大きな効果が見込めるケースも。

「治療をして、子どもが持てる確率を高めたい」と思うか、「治療をしてまで子どもは欲しくない」と思うか。それは人それぞれ。年齢や、早く欲しいかどうかにもよります。どちらの決断をするにしろ、早めに自分たちの医学的な条件を把握して、じっくり考える時間を持てた方がいいと思います。

●河合蘭(かわい・らん) 妊娠・出産、不妊治療・新生児医療を取材してきた日本で唯一の出産ジャーナリスト。1959年、東京都生まれ。カメラマンとして活動した後、86年より出産関連の執筆活動を始める。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師も務める。著書に『未妊――「産む」と決められない』(NHK出版)『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年に『出生前診断――出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞を受賞。近著に浅田義正医師との共著『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」 (ブルーバックス)』がある。