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2016/08/31
会社や組織に縛られることなく、自分ら人生の決断をし、新たな働き方を見つけてきた女性たちのインタビュー連載です。仕事もプライベートも、自分にウソはつきたくない。そんな30代女性が、もっとしなやかに、そして軽やかに生きていくためのヒントが、ここにありました。
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妊娠したおなかは「隠すもの」ではなく、おしゃれに堂々と「見せるもの」。徹夜も辞さずファッション誌の仕事にのめり込んでいたバリキャリ編集者が、ニューヨークのマタニティ・ファッションに衝撃を受けて、その後みずから起業。

マタニティ・ファッションのセレクトショップ、VIRINAの代表取締役社長・青木愛(あおき・あい)さんが今の働き方を選んだ理由は?

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ファッション誌の編集をやり尽くして

──ニューヨークに渡られたのが人生の大きな転機だったとか?

青木愛さん(以下、青木):大学卒業後、婦人画報社(現ハースト婦人画報社)に入社して、「トランタン」「ヴァンサンカン」、さらに「ヴァンテーヌ」とファッション誌の編集をやっていて、28歳くらいですでに「やり切った」という感じになったんです。それで、また違うことにトライしてみたいと思ってニューヨークへ。

──退社はされずに渡米された?

青木:「そのうちに戻ってきてほしい、席は残しておくから」と言ってくださる方がいらして。それで、休職扱いで出て行って、ニューヨークでは「エル・ガール」のファッション・ページを作っていました。

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──マタニティ・ファッションとの出会いはご自身の妊娠がきっかけですか?

青木:実は妊娠する前に、ニューヨークから休みを利用して西海岸に行った時に、すごくセンスのいい店があると思って飛び込んだら、それがマドンナも顧客リストに載るマタニティ・ファッションの店だったんです。だから、その時点ですでにマタニティ・ファッションに注目はしていました。

ニューヨークでもたくさんの妊婦やママがすごく堂々とおしゃれをしている姿を目の当たりにしていたので、自分が妊娠した時にも当然おしゃれに過ごしたいと考えました。

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「ムダな時間は1秒たりとも持ちたくない」

──しかし、第一子を産まれてから起業されるまでにはまだもう一山ありましたよね。

青木:長男を産んだ後、2年間のニューヨーク暮らしに終止符を打って日本に戻りました。アシェット婦人画報社(当時)に復職して、「エル・ジャポン」編集部に入りましたが、そこには「子連れ編集者」としての壁が待っていました。以前よりも時間やエネルギーを仕事に注ぎ込むことができない。集められる情報の量も減るし、明け方まで粘ってコーディネートを練るということもできない。

ある時、自分が担当したページのゲラを見て「このページ、つまらないかもしれない」と不安になってしまった。仕事の質に影響が出ることがわかると、そういう自分に我慢できなくなりました。会社に雇われていると、どうしても自分じゃなくてもできる仕事をやらされる部分があるでしょう? 子どもを持ったことで、そういうムダな時間は1秒たりとも持ちたくないとも思ったんです。会社員としては当然の仕事ということはわかっていましたが。

──それで、すべてを自分でコントロールしようと考えて、起業されたわけですか?

青木:それはありましたね。誰か代わりがいる仕事ではなく、私じゃなきゃできない仕事がしたいという思いもありました。実は当時、「マタニティ・ファッションを日本でちゃんとやれるのは私しかいない」という自負があったんです。

ファッション雑誌の編集経験があって、ニューヨークでその分野の最先端を見ていて、しかも自分自身が妊娠・出産を経験している。私のような立場でマタニティやママさん業を見られる人は他にいないって。

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──確かに、当時の日本にはまだありませんでしたよね。

青木:それまで日本では、雑誌でマタニティの特集があっても「こうすればおなかが目立ちません」という取り上げ方でした。でも、妊娠するって、隠すようなこと?恥ずかしいことなの?って、多くの女性が違和感を持っていると思います。

おなかの出た妊婦さんのシルエットは本来、神々しいものであるはず。アメリカでは、妊婦がヒール履いて、肩を出して、おなかのふくらみを強調して歩いています。堂々とパーティーにも出て、ノンアルコール・シャンパンを飲んでいる。あの世界を日本に紹介しなくてはという使命感がありましたね。

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「世の中の片側しか見ていなかった」と気づいて

──アメリカではチャリティ活動にも目覚められたそうですね。

青木:それも自分の出産がきっかけでした。日本では出産の時、貧困が原因で妊婦さんが命を落とすことはほとんどないでしょう? 安心安全に産めて当たり前の世界です。しかし、アメリカではまず保険がない。セントラルパークが見渡せる個室で、何万ドルも使って安全に優雅に出産する人もいれば、同じ建物の下の方の階では、大部屋に黒人やヒスパニックの人が押し込められて、劣悪な環境で出産を待っている。

妊婦のひとりとして、そういう状況を見てしまい、胸に刺さるものがありました。それまでの私は、ファッション誌というラグジュアリービジネスの中にいて、すごく恵まれた女性ばかりを取材していた。また、そういう世界をもてはやしていた。でも、世の中の片側しか見ていなかったのでは?と考えました。

そこで起業するのと同時に、妊婦さんに寄付ができる団体がないかと調べたところ、ジョイセフ(途上国の妊産婦を守る活動を行っている公益財団法人)の存在を知り、起業するタイミングでプレゼンしに行きました。「これからマタニティービジネスを立ち上げるんだけど、売上の一部を寄付したい」と。売上の1%を寄付することにしました。10年間で寄付総額は1500万円くらいになっています。寄付したお金はザンビアやアフガニスタンで、病院の隣に待合室を建てたりするのに使われています。その待合室でセミナーを開いて現地の女性たちに女子教育を行うんです。

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──「マタニティ」という言葉を核に、ファッションから始まったビジネスが社会貢献にまで広がっているんですね。今後の展開は?

青木:実は4人目の子どもを作るつもりです。ですからまだ当面はマタニティ、ママさん業を極めていくことになりますね(笑)。

青木愛さんの1日
午前6時半起床。子どもを起こし、弁当(塾弁)作り。上の子ふたりを送り出してから末っ子を保育施設に送る、9時前〜10時過ぎに出社。子どもたちは会社に帰ってくる。18時退社。夕飯を作って食べさせ、子どもたちの宿題を見て、お風呂に入れてといった作業が深夜まで続く。週に2回の加圧トレーニングと水泳を欠かさない。

浮田泰幸