しなやかに、生きる。“ロールモデルは、私です” 第14回:石井てる美さん

「東大卒と呼ばないで」歪んだプライドを捨てたらラクになった 33歳・お笑い芸人石井てる美

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「東大卒と呼ばないで」歪んだプライドを捨てたらラクになった 33歳・お笑い芸人石井てる美

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「自分が主役になる人生」「幸せになれる仕事」を求めて約束されたエリートの道からお笑いの世界に踏み出した石井てる美(いしい・てるみ)さん。東大卒お笑い芸人が考える、仕事と幸福のバランスとは?

「誰かに車で轢かれたい」と思った日々

──名門中高から東大、東大大学院、マッキンゼー・アンド・カンパニーという超エリートコースからお笑いへという転身は、人から評価される「私」から自分自身が納得できる「私」へシフトしたということだったのでしょうか?

石井てる美さん(以下、石井):まさにその通りです。子どもの頃からいわゆる「いい子タイプ」でした。学校の授業はまじめに聞く、ノートはきちんととる、試験前にはバッチリ勉強する。それで成果が出るのが嬉しかったんです。

原点には「母親を喜ばせたい」という思いもありました。私は中学受験で当時の第一志望校に落ちたのですが、その時私自身は平気だったのに、母親は泣いていて。衝撃でしたね。とはいえ、入学した中高では6年間勉強に行事に全力投球で楽しい時間を過ごし、大学院を修了するまでは人にも恵まれて、努力はしても大した苦労をすることはなく物事が進みました。

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──それが、マッキンゼーに入ったら、ぜんぜん違ったと?

石井:マッキンゼーには私なんかよりはるかに頭がよくて要領もいい人がゴロゴロいました。私はまったく愚直なタイプで、変にまじめなところがあるので、うまく力を抜いたり、選んだりして、自己主張しながらスピーディーに仕事を進めることができなかったのです。「がんばればできないことはない」と思って生きてきたのが、がんばってもどうにもできなかった。

さらにまずかったのが、会社での評価を気にし過ぎて失敗を恐れて萎縮してしまったこと。今思えば、評価など気にせず堂々としていればよかったのですが。それで会社では完全に脱落。

そうなると会社に通うことがストレスになり、食事が喉を通らなくなり、水分しか摂れないのになぜか太るし、週末には過呼吸になる。しまいには通勤の時に誰かが車で私を轢いてくれたらいいのにと思うまで追い詰められてしまいました。

ようやく見えた「辞める」という選択肢

──そんな最悪の状態から脱出する気になったきっかけは?

石井:入社2年目の春に同期がひとり辞めたんです。くだらないプライドに縛られていた自分はその期に及んでも「ああ、自分が最初の脱落者にならなくてよかった」と思った一方で、「そうか、辞めるっていう選択肢もあるんだ」とやっと気がついたんです。さらに大学の友人が似た状況になって仕事を休み始めて、「ここまで苦しんでまでいるべき場所なのかな?」と考えるようになりました。

やっと自分の状態を客観視できたんですね。どうせゆくゆくは死んじゃうのだから、やりたいことをやろうと思いました。もし生まれ変われたらお笑い芸人になりたいと考えていたことを思い出して。でも、人は生まれ変わらない、人生は一度しかない。だったら、やろう、と。

──ようやく決意できたんですね。

石井:はい。マッキンゼーは入社から1年4ヵ月で退社し、ワタナベエンターテインメントの養成学校に入りました。同期にはデルピエロ、二つ上の期にあばれる君さん、一つ下の期にクマムシがいます。

「答え」がない今の方が幸せ

──最初はネタ作りで苦労されたとか。

石井:かなりお寒い感じだったかと。私は学園祭や飲み会で友達を笑わせることが大好きでしたが、お笑いマニアではなかったので、舞台に立ってやるお笑いの基礎を知らないままこの世界に入りました。最初はどうやって自分を出せばいいのかがわからなくて、どこかで見たような「模倣」をやっていたんです。

で、すぐに自分のオリジナリティを出すべきだと気づいたものの、今度は大勢の人の前で素の自分を出す難しさにぶつかりました。

──「東大出身」「マッキンゼー」というのをネタで出したくないと思っていたそうですね。

石井:まわりからは「東大なんだからネタでも東大を出した方がいい」と言われてきましたが、いわゆるインテリネタをやりたかったわけではなく、自分の中にある「これ面白いでしょ? どやっ!?」と疼く感情を表現したかったんです。だから、3年くらい前までは、ネタで「東大」「マッキンゼー」は使いたくないと言っていました。

今は使えるものは何でも使うべきだと思いますし、ヘンなこだわりや歪んだプライドはありませんが、「東大」や「マッキンゼー」を使わずとも自分のやりたいことを形にできるようになってきましたね。

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──お笑いは答えのない世界?

石井:お笑いの世界に足を踏み入れるまでの私は、世間の答えに合わせていたんですね、きっと。それに私が歩いていた道では、すべてに答えがありました。それはそれでラクだった。今は答えがないからこそ本当に自分のやりたいことを問われるんです。正直、キツいと感じることもあります。自分の中にしか答えがないから。

でも、何事にも答えがあった「マッキンゼーまでの人生」よりも、答えがない今の方が幸せですね。自分の心の声に従った結果、自分のものさしで生きられるようになり、人生への納得感を得られました。この人生が“答え”だったのかもと感じています。

──講演の依頼も多いと聞きました。どんな話を?

石井:主に大学生が相手ですが、やりたいことがあったら人目を気にしないでやってくださいと話します。今の日本社会って「人の目」が縛る力がものすごい。恥をかいたり、失敗したりする姿を見られるのがイヤだという気持ちが人の行動を制約する力はすさまじいですから。

お笑いは真逆の世界で、恥を覚悟しないとやれない。街を歩いていて例えバカにされても、それは顔が売れている証拠で、ありがたいことなんですから。

やっと叶った一つの夢

──今後の展望は?

石井:もっと多くの人に笑ってもらえるような面白いネタを作ることが、今の私にとってすべてです。これは私に限らず芸人なら誰もが考えていると思いますが。ネタ作り以外で言えば、去年NHK Eテレの語学番組への出演が決まりました(「おとなの基礎英語」、放映は今年7月〜)。ずっと英語で演技するのが夢だったので、一つ夢が叶ったな、と。あとは、フィギュアスケート鑑賞が大好きなので、2018年の平昌(ピョンチャン)の冬季オリンピックに関わる仕事ができたらなぁ、とも。

ただ「今後の展望」となると、正直わかりません。今までの人生もあまり先のプランは考えずに目の前のことに集中して生きてきました。まさに行き当たりばったりですが、私の性には合っているのかなと。

「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんが「ぼくのように、あまり才能に恵まれていない者はゆっくりと走ればいい。『あきらめるな!』と自分を叱咤しながら、眼の前1メートルぐらいの地面だけ見て走り続けるというやり方です」という言葉を残しているのですが、芸人になってからも心の支えにしています。カーブの先が見えない人生もなかなか楽しいですよ。

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石井さんの1日
8時起床。11時15分番組収録のためスタジオ入り。17時収録終了。別の番組の収録のため移動。18時スタジオ入り。20〜22時生放送。芸人同士で飲みに行くのはライブの後の打ち上げなどの時。仕事のない日は、ネタづくり、ランニング、洗濯をしたあと、友達と会って話をしたりして過ごす。

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会社や組織に縛られることなく、自分ら人生の決断をし、新たな働き方を見つけてきた女性たちのインタビュー連載です。30代女性が、もっとしなやかに、そして軽やかに生きていくためのヒントが、ここにありました。

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