鳥飼茜のまんが(じゃない)ライフ

【鳥飼茜エッセイ】「生きる意味」を追い求めるということ

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【鳥飼茜エッセイ】「生きる意味」を追い求めるということ

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少し前に、ある雑誌の特集で「人生を変えた本」、みたいなものを聞かれたことがあった。

数多ある魅力的な書籍の中のたった一冊。そう聞かれたら誰もが結構困ってしまうのではないだろうか。口では「一冊かぁ〜」と困惑しつつも、私には本棚を確認する前に心に決まった一冊があったのでした。

タイトルは『いけいけ枝雀、気嫌よく』(ミューブックス)というもので、察しの通り、著者は落語家の桂枝雀。もう20年以上も前の書籍です。

失恋を機に、観念的な若者に変化した友人H

本の内容が素晴らしいのはもちろんではあるけど、私の人生を変えたという点で、その本にまつわる某友人の話をしたいと思う。

その本を勧めてくれたのはHという友人で、数こそ少ないが粒ぞろいのユニークな私の友達(だった人含む)の中でも群を抜いて独特な生き方をした人だ。
Hと初めて会ったのは高校生の頃。その当時できた初めての彼氏の、友達の友達、のようなつまりかなり遠い知り合いであった。その時のHは私たちとは違う高校に通っており顔見知り程度のまま別の大学に進学、再度知人の縁で出会った私たちはそのまま意気投合し、多い時で週5くらい遊んでいた。

初見の頃とは違ってこんなふうに仲良くなれたのには、Hが高校生の頃とは随分雰囲気が変わったという理由があった。

高校生のHはざっくり言うとヤンチャな男子であり、荒ぶる男子高生なりにそこそこの悪いこともしていたように記憶している。彼を変えたのは、失恋だ。失恋を機に、Hは一時引きこもり、助けを求めて哲学ほかの書物に没頭し、非常に観念的な若者に変身していた。

ハマり性で、恋愛体質

私としてはそういう人間になったHが気に入っていて、互いにたくさんの本を貸し借りし、その入れ知恵を頼りに生きること死ぬことという禅問答を朝まで繰り返した。私たちは暇だった。時間がありすぎていた。

Hはよく恋をしていた。「バイトの先輩で、ジャックジョンソンを好んで聴くような人」、なんていう情報を嬉しそうにこぼすことがあった。そうするとハマり性のHは決まってジャックジョンソンからGラブからドノヴァンフランケンレイターへと、サーフミュージックに傾倒してそこから西海岸文化やロハスやらの文化をごくごくと飲み干すように吸収していった。そういう時のHの入れ込み具合は側から見ると少し常軌を逸する感じだったが、それはどこか真剣に生きているように私には見え、気に入っていた。

Hの恋はうまくいったり、行かなかったりしていたようだったが、彼を変えてしまった失恋の相手ほどに心惹かれる相手は、その頃現れる様子がなかった。

ジャズにハマっていた時はサックスを手に入れて車で毎日港まで行き、ひとりで練習に打ち込んでいたらしい。何かに打ち込んでいる時のHとは連絡が取れない。熱中しすぎていた。電話もメールも繋がらない。一通り気がすむとまた連絡を寄こしてきた。

桂枝雀の姿に、Hを重ねて

そのうち私は漫画を描くようになり、デビューが決まり、東京に行くことになった。その頃ちょうどHがハマっていたのが落語だったのだ(Hはその後某落語家へ弟子入りまでした)。

Hはその時もうすでに亡くなっていた桂枝雀に超傾倒していた。連日枝雀落語のCDを聴き込み、図書館へ出向いてもう絶版になったその本を、書棚ではなく書庫から探し出してきた。

私が東京へ出発する数日前、Hはどこかで手に入れた中古のその本を、ほぼ強制的に私に持たせた。

いい本やから。

そう言って私を見送ってくれた。

それが冒頭の一冊の本だ。

内容は桂枝雀の半生。落語にまつわる考えや、日々のこと。私が書くより読んでもらったほうがよいので割愛します。ただ、他の人が読む物語と私が読むそれではまったく見え方が違うはずだ。私は桂枝雀の半生をなぞりながら、Hの姿を再生しているのだと思う。

そういうことはよくある。物語で描かれる人の生が鮮やかであればあるほど、読み手が誰か別の、自分の近くの或る人の生をそこに在るようになぞっていく感覚。

その上で、彼とHには似た部分もあった。本で描かれる枝雀本人も相当に観念的な人であったし、例えばふぐにハマった時なんかは週に何度もてっちりを食べに出向くような没頭癖があった。

ハマり性、と一言で言うのは簡単だ。恋愛体質、により近いかもしれない。先輩に恋し、サーフミュージックに恋し、サックスに恋し、落語に恋した。Hの恋のその先にはいつも、彼が必死に求めていたものが一時的に光って見えた気がしたのだと思う。

それは、自分が生きることに意味を与えるもの、だ。

「生きる意味」を追い求めるということ

Hはかつての失恋で生きることに意味を失ったのだ。逆に言えばその恋に意味を強く見出しすぎた。そこまで失恋に執着する気持ちが私にはわからなかったけど、Hが手に届くもの全てからそれを見出そうとする必死さが心に迫ったし、Hには健やかに暮らしてほしかった。私はHのために生きることの意味を言語化しようと頑張った。

私達が朝まで話し合ったのも、その一点だった。ところがそれは簡単に言葉にできるものじゃない。他人の書いた本を読み、映画を観、音楽を聴けば聴くほどその本質から遠ざかる気がする。

Hはもうどうやっても会えないところに行ってしまったが、私はいまだに彼の追い求めたものを形にしようと奮闘している。Hが数々の恋で見出そうとしたものを、私は今も何とか形にできないか、考えている。

自分のためか、Hのためか、わからない。

(鳥飼茜)

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『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』など、複数の雑誌で連載をもつ漫画家、鳥飼茜さんのエッセイ連載です。

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