ウートピな人々 “ロールモデルは、私です” 第11回:萩生田愛さん

アフリカのバラの生命力に魅せられて 35歳女性起業家の決意

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アフリカのバラの生命力に魅せられて 35歳女性起業家の決意

「しなやかに、生きる。」
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生命のエネルギーを感じる大輪の薔薇。「AFRIKA ROSE」のオーナー、萩生田愛(はぎうだ・めぐみ)さんが扱うのは、太陽の光をめいっぱい浴びた“ケニア産の薔薇”。安定した生活も恋人との未来もすべて捨て、29歳でひとりケニアへ――。人生を大きく変えるきっかけになった彼女の「決断」と「実行」の経緯を聞きました。

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入社6年目でよみがえってきた大学時代の情熱

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――ケニア産の薔薇は、私たちが普段目にする薔薇とは少し違いますね。花びらが大きくて色が個性的。茎もずいぶん太く、エネルギッシュな印象を受けます。

萩生田愛さん(以下、萩生田):日本ではあまり知られていないのですが、実は、ケニアは世界的な薔薇の産地です。色鮮やかで大きな花びらが幾重にも重なり、インパクトがあるんですよ。丈夫で長持ちするため、経済的な点も魅力のひとつですね。

――起業する前は、大手製薬会社に勤めていたそうですね。そんな萩生田さんが、なぜ29歳で会社を辞めて、ケニアへ行こうと思ったのでしょうか?

萩生田:大学時代をアメリカで過ごしていた時に、アフリカの貧困や飢餓の現状を知りました。いつか現地に行って彼らのために行動しようと心に決めたものの、多忙な日々のなかで、いつしかその思いを忘れかけていたんです。

でも、入社して6年ほど経った頃、発展途上国に薬を無償提供するプロジェクトがスタートし、胸の奥にしまい込んでいた思いがよみがえりました。ここで行かなかったら私は一生後悔する。そんな衝動に突き動かされ、会社を辞めることを決意したんです。住んでいたアパートを引き払い、将来を約束していた恋人にも別れを告げ、NGOでボランティアとしてケニアへ渡り、半年間のプログラムに参加しました。

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制限のない状態で人生の選択肢を考えたかった

――30歳を前に、安定した暮らしだけでなく、彼氏との未来も手放すというのは、女性として大きな決断だったのでは? 不安や恐怖はありませんでしたか?

萩生田:まわりにもさんざん止められましたが、結婚して家庭を持ってからでは自由に動けなくなる。制限のない状態で、自分の人生に対していろんな選択肢を考えたかったので、“行くなら今しかない”と思ったんです。

確かに結婚してしまえば将来の安定はあるけれど、「それって自分が本当に求めているもの?」と自問すると、やっぱり違う。私にとって一番怖いのは、自分が成長できないこと。ぬるま湯に戻るのではなく、心のままに生きようと踏み出しました。

――ケニアでは、どんな生活を送っていたのでしょうか?

萩生田:活動拠点は、ナイロビから車で3時間ほど東に行ったムインギ地方。もっともひどい貧困状態にあるカンバ族が住む村でした。私がたずさわっていたのは、小学校建設のプログラムでしたが、その場をコーディネートしたり、村の人々に合意形成の仕方を教えたりといったマネジメントが主な役割でしたね。

貧しい地域なので、私が住む家も殺風景そのもの。南京錠付きのトタン板のドアに一面コンクリートの壁。電気は通っているけれど、なかなかつかないし、バスルームも衛生的じゃないので、髪を洗うのは週末にナイロビのアパートに帰った時だけといった状態でした。

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アフリカの朝日でいろんなことが吹っ切れた

――快適な日本の暮らしから一転。カルチャーショックだったのでは?

萩生田:初めてムインギ地域での家に足を踏み入れた時には、思わず絶句しました。部屋の中にドラム缶があって、貯めた雨水をお風呂に使う。トイレは共同。さすがに後悔しましたね。でも翌日、破れたカーテンの隙間から入ってきた朝日がすごくきれいで心が満たされたんです。鳥の声と日の光で目覚めるなんて「こんなに贅沢な時間があるかしら」と。人間本来の豊かさを見たいとアフリカまでやって来たのに、虫がいるとか衛生的でないとか、そんなことにイライラしている自分をちっぽけに感じ、気持ちが吹っ切れましたね。

――そこから、薔薇に出会うわけですね?

萩生田:ナイロビの花屋で、鮮やかに咲く大きな薔薇をみかけ、思わず足が止まりました。10本買って部屋に飾り、1週間後に村から戻ったら、水も変えていない薔薇が変わらず元気に咲いている。それを見て、「エネルギーに溢れた薔薇なんだな!」と感動したんです。

その後、次の人生のステップを考えていた時にふと、「ケニアの薔薇って、日本ではどこで買えるの?」と調べたら、扱っているところはあったものの、私が知っている薔薇とはまるで別物。これをケニア産の薔薇と思われるのは悔しいと思い、そこから自分で売ることを考えるようになりました。

当時、食の安全性が問われ、トレーサビリティが確立し始めていた時期。花は口に入るものではないけれど、作った人の顔が見え、バックグラウンドがわかるようなストーリーがあれば、もっと豊かに楽しめる。日本でケニアの薔薇を販売することで現地の雇用にもつながり、社会貢献ができる。みんながハッピーになるじゃん!と思ったんですね。そこで、現地で得た人脈を頼りに、小ロットから取引してくれる入荷ルートを確保し、2012年にネットショップを立ち上げました。

店舗オープンに対する不安を軽くしてくれたもの

――昨年10月には、東京・広尾に「AFRIKA ROSE」をオープン。在庫を持たないネットショップからリスクの高い実店舗へと踏み出した理由は?

萩生田:実はかなり迷ったし、悩みました。花は生きものだから在庫管理が大変だし、店舗を持つと場所代や人件費もかかる。ビジネスモデルを切り替えるのが怖くて勇気が出なかったんです。でも、ネットショップでちょこちょこやっていても、実際にケニアの雇用はそこまで増えたわけではない。私のミッションに共感してくれる方はたくさんいるのに、踏み出すのが怖いからという理由でやらないのは、生きている意味がないと思ったんです。

実際、お客さんからも花を実際に見てから買いたいという声が多く届きました、たくさんの方が集まれる場所を作ることで、ケニアの現状を知ってもらえる。人と人が出会うことで人生を豊かにできるきっかけになればいいなと考えました。

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――“チャレンジングな道を進む”という生き方にブレがないのが、萩生田さんらしいですね。

萩生田:踏み出す前は不安や恐怖が大きくても、いざ“エイッ”と進んでみたら、実はそうでもないんだなと感じています。未知だから不安なだけで、体験してしまえば恐怖ではなくなる。お客さんが喜んでくれる顔が自信もつながり、だんだん嬉しさや楽しさが不安を上回っていきます。お客さんも、ケニアの薔薇にまつわるストーリーを誰かに話したり、贈る相手に伝えたりすることで豊かな時間を得られる。そうした気持ちを共有できる発信地でありたいですね。

――“豊かな気持ち”を伝えることが、自身のミッションだと。

萩生田:「自分はどんな人生を送りたいんだろう」と考えた時に、生きることとや愛すること、
人生の喜びや豊かさに気づくきっかけを与えられる存在でありたいなと思ったんです。本来、誰しも愛や豊かな気持ちを持っているけれど、それに気づいていない人もいる。そんな人たちに、薔薇を通じてきっかけを提供できれば、と。

以前は、結婚していないから、子どもがいないから、自分は愛を知らないのではないか、“愛を伝える存在”にはなれないのではないかと思ったこともありました。でも、今はそうじゃないと気づきました。結婚していなくても子どもがいなくても、家族や仲間、お客さんに対する揺るぎない愛情がある。そうした気持ちがあれば、愛や豊かさを伝えることは、十分できると思うんです。

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〈萩生田さんの1日〉

7時半に起床し、8~9時まで岩盤ヨガへ。その後、10時半までカフェで仕事をして11時に店をオープン。お客さんの接客やスタッフとのミーティングをしたり、取材を受けたり。講演会に呼ばれる日も。20時まで店にいることもあれば、早めに店を出て食事や会合に出ることも。21時過ぎには帰宅し、24時に就寝。

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会社や組織に縛られることなく、自分ら人生の決断をし、新たな働き方を見つけてきた女性たちのインタビュー連載です。30代女性が、もっとしなやかに、そして軽やかに生きていくためのヒントが、ここにありました。

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