タグ
2016/07/13

仕事、恋愛、人間関係……30代となり、いろいろな方面で決断を迫られ「なんとかしなきゃ」と思いながら、悶々と日々を過ごしているウートピ世代のみなさん。その数かぎりない煩悩に浄土宗僧侶の掬池友絢(きくち・ゆうけん)さん答えてくれる「この身今生一度きり、釈迦で解決!」。今回のお悩みは「結婚したくない」です。

相談:私は、29歳です。これまでまあまあ恋愛もしてきたし、長く付き合った彼氏もいます。でも、最近ふと気づいたんです。「女友達といるほうが楽しい」って。毎日女友達とLINEをして、土日はゆっくり寝て、楽しく過ごしています。恋愛は、楽しいけど疲れちゃうからイヤだな……結婚も、まだ考えられないです。でも、老後がひとりなのは、寂しいかもしれません。心配です。

釈迦の回答

「結婚したくない」「子どもを産まなくてもよいですか?」といった相談は、私もよく受けます。「女性は結婚して子どもを産むべきだ」という圧力に悩んでいる女性は多いようですね。

これは、「こうあるべき」にしばられた状態です。仏教的に言うと「とらわれ」と考えます。とらわれてしまうと、途端に生きづらく、心の平穏から遠のいてしまうのです。「結婚しなくていいですか?」って言っている時点で「したくない」という気持ちがあるのであればそれに従えばいいと思います。

好きじゃない相手と一緒にいるくらいなら、サイの角のようにひとりで歩みなさい

「法句経(ほっくきょう)」という、お釈迦さまの言葉がそのまま残されているとされている最古の仏教経典があります。そこに「サイの角のようにひとり歩みなさい」という言葉が残されています。
サイは、動物園にいるあのサイです。サイには角が一本しかありません。サイの角が一本しかないように、周りに煩わされることがないよう自分の確信にしたがって生きていくようにしなさいという意味です。

仏教では、伴侶がいようが、子どもがいようが、「人間はひとり」と考えます。結婚した人が「ひとりじゃない」ように見えるかもしれないし、子どもがいる人が「何かを得ている」ように見えるかもしれないけど、結局のところ人はひとりぼっちで何も手にしてはいないんです。ですから、この相談者さんと結婚している人の間には、実は差なんてないんですよ。

ひとりだからといって、孤独ではない

「ご縁」という言葉を聞いたことがあると思います。これは仏教の言葉です。人間はひとりぼっちですが、いろんな縁の中で生かされている。糸がいくつも合わさるように、他の存在と関わることで「網の目」のようになっていることを表します。平たく言えば、私たちはいろんな物事に支えられて日々生かされているということです。

「ひとりで生きる=孤独」ではなくて、ひとりで生きているように見える人でも、必ず誰かとつながっているんです。結婚して家庭を持たないと「足りてない」と感じることもあるかもしれないけど、ひとり身の相談者さんも「他人と結びついた個」として存在しているんですよ。

上から目線ならぬ「仏から目線」でいうと既婚者も同じ。結婚するかしないかは、とりあえず「ご縁」に任せて、肩の力を抜いてゆったりした気持ちで日々を過ごしてみてはいかがでしょう? 仲よくしている女友達からの縁であれよあれよという間に結婚、なんてよく聞く話もあります。すべての出来事に意味はあるのです。

今回の教え:
結婚している人もしていない人も仏さまから見たら、みんな“ぼっち”。すべては縁に委ねて、サイの角のように悠々と生きよう。

釈迦で解決記事一覧はこちら

掬池友絢(きくち・ゆうけん) 静岡県生まれ。浄土宗蓮馨寺副住職。 地域、国際、女性をキーワードにお寺づくりに努める。 蓮馨寺では「お念仏の会」(月1回)、「お寺BBQ」(年2回)などを開催。恵比寿にある寺子屋ブッダで開催の「友絢さんとお茶を飲む日」(月1回)では、女性向けお話し会の講師を務める。著書に「泣きたいときには泣いていい~走り続ける尼僧がすすめる小さな実践」(講談社)

真貝友香

この記事を読んだ人は答えてね!
人が回答しています