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【鳥飼茜エッセイ】個性的であるということ、またはN田くん再び

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【鳥飼茜エッセイ】個性的であるということ、またはN田くん再び

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N田くん再び

初回に書いたN田くんの話が面白かったのでN田くんのことをまた少し書いてみようと思います。面白かったというのはそういう声が多かったとかの他薦ではなく、自薦です。

N田くんは出会った時から変わった人であった。当時通っていた芸大という場所は変わった人であることがヨソと比べてとてもウケたので、学内は変わった人で飽和状態となり、変わった人のデフレーションを起こしていたように見えたのは私だけではなかったと思う。

そんな中でN田くん「変わってい」さは頭一つ飛び抜けていた。どうって、なんというか、普通だったのである。であるって、久しぶりに書いた。

趣向を凝らしがちな、芸大生の部屋

初めての一人暮らしで全てが自分の選択のもとに生活をデザインできるってことに興奮しきっていた私は、ベッドカバーからシャワーカーテンから冷蔵庫から、とにかくこだわった。おばあちゃんちにおもむろに出向き、それまで気にもかけなかった、ゴミ同然の眠れるレトロ家財を山賊のようにかっさらっては自部屋にかつぎ込み、聴けないレコードを壁の鴨居に差し込みまくった。拾い物のテレビに白いペンキで色を塗った。そして古着屋と同じ匂いのするお香を焚いた。これ以上ないくらい個性溢れた空間で、私は私の思う自由と個性に痺れていた。

人と違いたい。普通はつまらない。
私も「変わってい」たかったのだ。作品で上手くそれがアピール出来ない代わりの、部屋は私の主張の砦だった。

そして程度の差こそあれ、ほかの同級生の部屋に遊びに行けばそれぞれに個性的で趣向を凝らした空間がそこにはあったと覚えている。ひとの部屋に行って彼らの意匠を発見するのはとても楽しかった。

N田くんの部屋

そんな中、やはりN田くんの部屋の思い出は鮮やかだ。

掛けられたカレンダーには酒屋だかの商店名がしっかりと、印字されていた。
部屋のど真ん中を、ベッドやソファの代わりにベンチプレスが堂々とT字に陣取っていた。(アレをなんと呼ぶのか、今この時になり検索して正式名を知った)

シンプルな机の上には立派なデスクトップのパソコンがあったが、メーカーはソーテックだった。当時芸術系の学生が大枚はたいて購入したいパソコンと言えばMac一択であると思い込んでいた私なので、CMでとにかく格安であることをうたっていたソーテックのパソコンが、実際いかにコスパが宜しいかをソフマップの店員の如く明快に説明しくれるN田くんにうろたえた。N田くんは高専出身で理工系だったので、おそらくそちらには明るかった。なんたって2ちゃんねるの存在もN田くんに教わったのだ。言っときますけど、15年も前の話です。

ソーテックは、今はない。

飾りものとしては唯一、一張羅の黒いコートが白い壁に掛けられていた。忘れてしまったけど、なんとかっていうブランドのコート。N田くんが自慢気に紹介してくれたそのマトリックスみたいな長いコートは、部屋のお洒落担当でもあったし、冬場は実際よく活躍していた。

非喫煙者(見えないタバコを除く)

N田くんは非喫煙者だったけど、指にはいつも見えないタバコを挟んでいた。比喩じゃなくて、見えないタバコを挟んでいたのです、そして思い出したかのようにフーッと見えない煙を細長く吐いてみせていた。最初それを見たときに普通に「それ何?」って聞いたんだけど、「ん? タバコ」と答えるN田くんであった。

普通なのじゃなく、自分の個性に対して圧倒的に無自覚なのだった。少なくとも私からはそう見えた。今思えば、私が必死に主張しようとした「個性」はとにかく人から個性的と見られたい、自意識のジェンガで積み上げた、今にも崩れそうな個性だったと見える。それはアートとかいう無法地帯で少しでも自分の存在をアピールしたい芸大学生たちにとっては当然の成り行きだったと思う。

N田くんは自意識でいっぱいに飾られた私の部屋に遊びに来て、「どうしたらこんなおしゃれな感じにできるん……」と、ため息と一緒に見えないタバコの煙を漏らしたのだ。

「ヘタウマ」つまり芸術界において最高位にイケてる

N田くんの思い出は文学的だなって書いてみて初めて思う。文学的だし、散文的だ。大学2年くらいの時にじつはもう1人弟がいたことが発覚したとか、餅をフライパンで焼きながら途中食べたかったことを忘れて朝まで眠り、起きてコンビニに行き、帰ってきた時に1日半焼きっ放しパンパンに膨れ上がった餅を見て仰天したことなど、脈絡も自意識もない珍妙なエピソードにことかかない。ほんとうはもっと披露したいエピソードがあるのだけど、ちょっとシャレになるかならないか微妙な内容なのでいつかN田くんの了解を得た時にまた紹介したいと思う。

N田くんの様子は今にして思えばヘタウマだ。芸術界最高位に位置する(かもしれない)スタイル、それがヘタウマ。ウィキペディアで調べたら「技巧の稚拙さがかえって個性や味となっている様」とある。N田くんの場合、稚拙というか技巧を凝らす気配すらない。

N田くんはヘタウマ、つまり芸術界においては最高位に個性的でお洒落で、イケてる人種だったのだ。

と当時学生だった私が知ったら、ハンカチを噛んで悔しがった、かもしれない。

(鳥飼茜)

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『先生の白い嘘』『おんなのいえ』『地獄のガールフレンド』など、複数の雑誌で連載をもつ漫画家、鳥飼茜さんのエッセイ連載です。

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