仕事、恋愛、人間関係……30代となり、いろいろな方面で決断を迫られ「なんとかしなきゃ」と思いながら、悶々と日々を過ごしているウートピ世代のみなさん。その数かぎりない煩悩に浄土宗僧侶の掬池友絢(きくち・ゆうけん)さん答えてくれる「この身今生一度きり、釈迦で解決!」。今回のお悩みは「なんとなくいろんなことにイライラする」です。

相談:季節のせいか、なんだか最近いろんなことにイライラしてしまうんです。自分でもわけがわからなくて。生理前のイライラがずーっと続いている感じ。なんかすべてがどーでもよくなってきちゃうんです。自分でも、ヤバイな、とは思うんですが。

釈迦の回答

相談者さんはずいぶん疲れているようですね。そういうときは“中道”です。中道とは「真ん中の道」です。相互に対立し矛盾する極端な考えや姿勢に偏らない認識のあり方を仏教の世界ではそう呼んでいるんです。

相談者さんは、きっと、人生に期待をしすぎているんですね。期待するから、イライラして、絶望してしまう。

意外に思われるかもしれませんが、人生は“喜び”を目指すものじゃないんです。悲しみでも喜びでもない、平坦な中道であり続けること、つまり平穏なこころの状態を仏教は目指します。

イライラは、怒りの一種?

相談者さんのイライラは怒りの一種なのかな、と思います。「すべてがどーでもよくなる」のですから、きっと自分のことも大事にできない状態なのでしょう。放っておくと、自分を傷つけるようなことをしてしまうかもしれません。

怒りというのはすごく強い感情なので、かなり慎重に扱わなくてはいけません。人間はどうしても強いものに引き寄せられてしまうものだけれど、怒りを感じた時にそこに「心を寄せない」「感情を乗せない」と心がけることが大事ですね。

極端なものは避け、しなやかでいようと心がけてもらいたいのです。

もちろん、喜んでもいいんですよ。でも、その喜びはいつか必ずなくなるものなのです。世の中のすべては“諸行無常”なのですから。

幸せも喜びもさらりと受け流す

その喜びがなくなった時に落ち込むようであれば、幸せに対しても喜びすぎず、さらりと受け流すのが仏教の基本のスタンスです。

お釈迦様は悟りに至るために「八正道(はっしょうどう)」という考えを基にしていたのですが、そのひとつに現状を正しく見つめるという意味の「正念(しょうねん)」があります。要するに落ち着いて自分を分析するということ。イライラから離れて、心を見つめるのは、まずは自分を鎮めないとできないんですよ。

今回の教え:
極端な幸せではなく“真ん中”を目指すこと。自分にとっての“真ん中”とはどこなのかを考えて、イライラの正体に向き合っていきましょう。

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掬池友絢(きくち・ゆうけん) 静岡県生まれ。浄土宗蓮馨寺副住職。 地域、国際、女性をキーワードにお寺づくりに努める。 蓮馨寺では「お念仏の会」(月1回)、「お寺BBQ」(年2回)などを開催。恵比寿にある寺子屋ブッダで開催の「友絢さんとお茶を飲む日」(月1回)では、女性向けお話し会の講師を務める。著書に「泣きたいときには泣いていい~走り続ける尼僧がすすめる小さな実践」(講談社)

真貝友香

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