ウートピ図書館 第四回 小野美由紀さん

媚びない風俗嬢、ちひろが教えてくれたこと「フツーの女の子になんてならなくてもいい」

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媚びない風俗嬢、ちひろが教えてくれたこと「フツーの女の子になんてならなくてもいい」

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このたび私たちは、「ウートピ図書館」を開館することにいたしました。 ここは、皆様の寄贈により運営をおこなう私設図書館です。ウートピの主な読者層は、人生の分岐点に立つアラサーの女性。読者の皆様がもっと自由に、もっと 幸福に、人生を謳歌するための杖となるような本を収集すべく、ここに設立を宣言いたします。

失恋した時に支えてくれた本、仕事で失敗した時にスランプを乗り越えるヒントを与えてくれた本、そして今の自分の血となり肉となった本などなど。作家、ライター、アーティスト、起業家、ビジネスパーソン……さまざまな分野で活躍されている方々の「最愛の一冊」を、人生を模索するウートピ読者のために エピソードと共に寄贈していただきます。

第4回は、ライターの小野美由紀(おの・みゆき)さんです。

『ちひろ』安田弘之(秋田書店)

〈たとえば、こんな方におすすめ〉
「普通」に圧迫感を感じている人

先日大勢で飲んでいる時、不意に会話の途中で一回り年上の男性に「小野さんも、普通の女の子だったらよかったのにね」と言われました。

ちょうど「仕事で高い目標を目指したい」と話していた時だったと思います。ふざけんなボケと思いました。言葉が悪いですね。でも本気でそう思いました。「普通の女の子でいれば幸せになれる」という、ひと昔前の世代の価値観に対する侮蔑みたいなものも含まれていたかもしれません。

手垢にまみれたものの見方を押し付けてくる人間には死ぬほど吐き気がする、でも世間ではその見方が「一般的な幸せ」としてまかり通っている。

怒りに疲れ切って家に帰って、本棚を見たら、『ちひろ』の表紙が笑っていました。

美しい、ブルーの表紙。その途端、怒りの触手がシュルシュルと自分の中でおさまっていきました。

媚びない風俗嬢、ちひろ

『ちひろ』は風俗嬢が主人公の物語です。「ぷちブル」というファッションヘルスで働くちひろ(源氏名)。性を金銭に交換する仕事でありながら、彼女には「媚び」の姿勢がまるでありません。

プロとしてきっちり仕事をし、依存してくる相手は突き放す。それでいて、弱い人間に対する優しさも持ち合わせています。

常に不敵な笑みを浮かべながら、誰にも気付かれないような些細なやり方で、周囲を少しずつ幸せにしてゆきます。

「普通」から一見外れたように見える、風俗の世界の人間たちが織りなす人生のおかしみと、軌道から外れた人生がもたらす苦労や苦悩をも引き受け、肯定しながら生きる主人公の超然としたかっこよさが、この漫画の魅力です。

それは、本作が発売されて10年以上経つ今も「伝説の漫画」と称され、続編の『ちひろさん』(ちひろが風俗嬢をやめ、海の近くの町の弁当屋でバイトをし始めてからのエピソードを描く)がどの巻もAmazonのレビューで高評価を得ていることからもわかります。(ちなみに作者は『ショムニ』の安田弘之さん。ですが、本作の『ちひろ』はそれとは一味違った作風です)

私だけではない、ちひろは多くの人にとっての「スーパーヒーロー」なのです。

風俗の世界は「堕ちた先」ではない

そんなちひろも過去にはOLとして働いていた時期がありました。しかし、そこでの自分は「周囲に期待されている役割」をまっとうするために虚飾した自分であり、彼女自身がどんどん精神的に追い詰められていきました。

そこで扉を叩いたのが、風俗の世界だったのです。

彼女は「普通のOL」「普通の女の子」から降りた女性です。しかし、そこにネガティブな要素は一切ありません。

風俗の世界で働くことは、決して彼女にとっては「堕ちる」ことではなかった。むしろ「ありのままの私」に戻る一つのステップ――親の前で、会社で、男性の前で望まれる「私」を演じることをやめて、自由を獲得する一つのステップでもあった。

それは、続編である『ちひろさん』で弁当屋さんになった彼女が、前作では見られなかった、何か吹っ切れたような明るい表情を浮かべていることからも読み取れます。

彼女にとって風俗の世界は、自分を成長させるためのカオティックな冒険の舞台(「千と千尋の神隠し」で言うところのトンネルの向こう側、ハリーポッターで言うところの魔法の世界)であり、そこを通り抜けた後に、「ありのままの私」でありながらも社会において周囲の人々との関係を構築しながら生きる強さを獲得したのかもしれません。

「普通」への違和感を無視できない登場人物

ちひろ以外の他の登場人物たちも魅力的です。
ちひろの働いていた風俗店の店長、ちひろの友人であるニューハーフのバジ姐。
上っ面だけの家族を演じるのに疲れた女子高生「オカジ」、ネグレクト気味に育てられている小学生「マコト」。

「普通」を強制されることへの違和感を無視できない人間、「普通」から外れたことによる苦労や不運を抱えた人間たちがそれでも笑顔でしぶとく生きるさまが、続刊の『ちひろさん』では描かれます。

どんな人生にも「それでいい」と言える瞬間がある。
暗い部屋にカーテンの隙間から射す、かすかな日差しのような温かさを、この漫画は与えてくれます。

フツーの女の子になんてならなくてもいい

今の時代、「フツー」がどれだけ私たちの間にあるでしょうか。

結婚するしない、子供を産む産まない、働く働かない……etc、「どれがフツー」ということはなく、私たちの人生は、いろんな選択肢に溢れています。

「フツーの女の子」なんてもはや、死語です。

それに、普通だからしんどくない、なんていうのは幻想です。
どんな生き方をしてたって、みんなちょっとずつ寂しいし虚しいし、それなりにしんどい。
でもその人生が、生きるに値しないなんてことは、絶対に、ない。
そう、ちひろさんは教えてくれます。

くさくさした気持ちになりそうな時、社会の「フツー」に押しつぶされそうになった時に、私はこの漫画を開きます。ページの中で、缶ビール片手にバカをやりながらゲラゲラ笑うちひろさんを見て、こう思うのです。

フツーの女の子になんてならなくてもいい。
だって私たちは、そのままで十分、幸せになれるのだから。

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(小野美由紀)

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