『医者のたまご、世界を転がる。』第3回

“テロの国”というイメージが変わった 女医が見つけた、パキスタン人の見返りを求めない優しさ

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“テロの国”というイメージが変わった 女医が見つけた、パキスタン人の見返りを求めない優しさ

ひとり旅をしていると、「信じる力」を試されるものです。

この親切を信じていいの?いけないの?

この人について行っていいの?いけないの?

ちょっとした判断ミスが命とりになることだってあるから、ひとり旅の判断は真剣そのもの。言葉が通じない場合は、もう五感をフル活用して正しい道を探ります。そして「大丈夫」と信じられたら、あとはエイッとバンジージャンプ。そうやって、「信じる力」が磨かれていくのもひとり旅の醍醐味のひとつです。

でも、ふと疑いすぎている自分、素直に人を信じられない自分が悲しくなることもあります。今回は、研修医修了と同時に世界旅行に出発、約3年間で52ヵ国を旅した中島侑子(なかじま・ゆうこ)さんに、パキスタンでの体験を綴っていただきました。そこで中島さんが遭遇したものとは? 最後に5月12日に発売されたばかりの中島さんの新刊『医者のたまご、世界を転がる。』(ポプラ社)からとっておきのエピソードを一部掲載します。

【ウートピに掲載したエッセイ・エピソード一覧はこちら】

『医者のたまご、世界を転がる。』(ポプラ社)

『医者のたまご、世界を転がる。』(ポプラ社)

行きたくないけど行きたい国

パキスタン、秘境の村の民族

パキスタン、秘境の村の民族

「パキスタン」と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか?

浮かんだ言葉はきっと、パキスタンに行く前の私と同じではないかと思う。

テロ、拉致、アルカイダ、銃撃戦……。

ネパールでパキスタンビザを取得してからというもの、私は日に日に近づいてくるパキスタンが怖くて仕方がなかった。

一人で行って大丈夫なんだろうか?

拉致……されないよね?

イスラム教の国は痴漢が多いって聞いたけど、どうなんだろう?

そんな独り言を心の中で繰り返していた。こう書くと、「じゃあ、やめればいいじゃない」と言われてしまうかもしれない。その通り、やめることだってできたのだ。でも、私はどうしてもパキスタンに行ってみたかった。

めちゃくちゃ優しいパキスタン人

それは、パキスタンに行ったことのある旅人が全員同じことを言うからだった。

「パキスタン人はめちゃくちゃ優しい。パキスタン最高!」

この言葉を聞いたとき、私が思い描くパキスタンとあまりにも違いすぎてびっくりした。そして同時に、言いようもない好奇心が渦巻きはじめたのだ。パキスタンが本当はどんな国なのか、みんなが言うようにパキスタン人はめちゃくちゃ優しいのか、自分のこの目で確かめたい!

意を決してパキスタンに向かった。そして入国してすぐに、私のパキスタンへのイメージは180度変わった。人々は躍って歌って陽気に笑い、聞いてもいないのに道を教えてくれた。そしてヒッチハイクもしていないのに車が勝手にとまるのだ。

「パキスタンへようこそ!あなたは私のゲストだよ」

この言葉を私は何十回聞いただろう。見ず知らずの私に飲み物や食べ物をごちそうしてくれたり、ホームステイに誘ってくれたりする人もたくさんいた。

少数民族の家にホームステイ

少数民族の家にホームステイ

見返りを求めない親切

「自分以外誰も信じるな!」と言われたインドから来た私は、はじめパキスタン人の優しさが信じられなかった。でも、見返りを求めない愛情を繰り返したくさんの人からもらい、私の心はどんどん溶けていった。そして、もらった優しさを私も誰かに返そう!と誓った。大好きな映画「ペイ・フォワード」を思い出した。

ある日、ホームステイに誘われたパキスタン人一家の家に遊びに行った。そこは名もない小さな村で、なんと外国人が来るのが初めてだというではないか。一家は訪ねてきた私を見て大喜びしてくれて、村中の家々をまわり私を見せびらかした。普段は食べないようなお肉を買ってきてご飯を食べさせてくれた。お金は一切請求されず、払おうとしても断られた。

絶対にまた会いたい、その時までどうかお元気で……。そう心から思える人が世界中に増えていく。それは言いようもない幸せで、私の心を温かくしてくれた。

1泊100円の部屋からの絶景

1泊100円の部屋からの絶景

ここから『医者のたまご、世界を転がる。』より、パキスタン編を公開いたします。

「ユウコが見たこともない美しい場所に連れて行ってあげる!」

翌日、マリアンにそう言われた。

マリアンもお母さんもここ一番! と言わんばかりのきらびやかな服を着て、いつもはつけないような華美なアクセサリーをまとい、お化粧をはじめた。私もお母さんにもらったパキスタンの晴れ衣装を着て外に出ると、驚くかな、そこには村中の女性が着飾って待っていた。家族でピクニック程度の気楽なものだと思っていたが、こんな一大行事だったとは……。

いったい、どんなステキな場所に連れて行ってくれるのだろう!

1時間程リキシャを走らせ、日本で言うところの、いわゆる「ドブ川」のような河川にたどり着いた。渡し守のおじさんが待っている。

なるほど、この船に乗って「見たこともない美しい場所」に行くのか。

そう思って船に乗った私に、マリアンが満面の笑みで振り返ってこう言った。

「どう? 綺麗でしょ?」

……ん? 私ははじめ意味がわからず、数秒固まってしまった。そしてようやく理解した。ここがその「美しい場所」だったのだ。

船に乗って向かった先は、噴水の枯れた大きな公園だった。確かに、「美しい」と言えなくはない。でも……正直このくらいの公園は日本のいたるところにあるし、言ってしまえば「近所の公園」にしか見えない。

私はこの日、パキスタンと日本の間にある現実的な差を身をもって感じた。

マリアンの家に2泊し、いろいろな意味でそろそろ申し訳なく思ってきたので、「私、明日にはもう帰るね」と告げた。

するとその晩、マリアンから「お願いしたいことがある」と言われて、一家みんなで親戚の家へと向かった。親戚の家はマリアンの家とは打って変わって豪華な2階建て。敷地も10倍くらい広かった。そこで私は1枚のCT(X線を使って体の断面を撮影する検査)画像を渡された。

「実は、親戚のおじさんが、数ヶ月前から左半身がうまく動かなくなってしまったのよ。首都の病院に行っていろいろな先生に見てもらったけど、誰も理由がわからなくて……。ユウコはお医者さんなんだよね? 何かわかれば、どんな小さなことでもいいから教えてくれない?」

少しでも役に立てるなら、とCT画像を受け取る。そして私は、それを見た瞬間に絶句した。「どんな小さなこと」も何も、その一枚のCTには「彼の左半身がうまく動かない」理由のすべてがあったからだ。

脳梗塞……。一般的に、発症後数時間の脳梗塞はCTでは診断できない。しかし、ある程度時間が経つと、脳梗塞の部分は正常の脳よりも黒く写るので判別できるようになる。これは、日本の医者なら間違いなくすべての人が教わっていることであり、手渡されたCTには、脳の右側に黒い脳梗塞の画像がしっかりと写っていた。

脳梗塞の場合、ものすごくおおざっぱに説明すると、右の脳で起きると左半身に、左の脳で起きると右半身に影響が出る。

今回の場合は右脳梗塞なので左半身に麻痺症状が出ることになり、彼の症状とも一致している。「もしかして、脳梗塞以外の理由を求められているのだろうか?」と、正直深読みしそうになったほどだ。

私は一応、家族に脳梗塞である旨を説明した。すると、「そうだったのか! ようやく理由がわかったよ! ありがとう、本当にありがとう!」と、何度もお礼を言われた。彼らは原因が明らかになって本当に喜んでいた。

私は狐につままれたような気持ちで、なんだか逆に申し訳なくなってしまった。

【ウートピに掲載したエッセイ・エピソード一覧はこちら】

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