会社や組織に縛られることなく、自分ら人生の決断をし、新たな働き方を見つけてきた女性たちのインタビュー連載です。仕事もプライベートも、自分にウソはつきたくない。そんな30代女性が、もっとしなやかに、そして軽やかに生きていくためのヒントが、ここにありました。
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公正な条件で取引される人と環境に優しい宝石を使用した、ジュエリーブランドHASUNA(ハスナ)を立ち上げて8年目。起業以前から現在に至るまで、白木夏子(しらき・なつこ)さんはどのように働き方を模索してきたのでしょうか?

“仕事の根っこ”は子どもの頃にすでにあった

──今の仕事につながる「根っこ」の部分を簡単に話していただけますか?

白木夏子(以下、白木):物心ついた頃からものづくりが大好きで、ファッションデザイナーだった母と一緒に人形に着せる服を作ったりするのが私にとっての遊びでした。それともう一つ、鉱物集めも大好きでした。河原や海辺できれいな石ころを拾うのに夢中で。キラキラと光る小さな石たちに刻まれた何億年という時間に強く惹かれたのです。

一方で、旅好きだった祖父の影響で、世界を飛び回る仕事をしてみたいと考えていました。留学準備をするため進学した地元の短大(南山大学短期大学部)で講演にいらっしゃったフォトジャーナリストの桃井和馬さんのお話を聞きました。講演のテーマは世界の環境や貧困、飢餓に関する問題で、「ここにいる一人ひとりが今すぐに動き出さなければ地球は破滅してしまう」という桃井さんの言葉に強い衝撃を受けました。

白木夏子さん

美しいインドの雲母の裏にあった貧困

──それで、国際協力の世界で生きていこうと、志すようになった?

白木:世界じゅうで起きている問題に対して自分なりのアプローチをしていこうという目標ができました。それでイギリスのロンドン大学キングスカレッジに進学したのですが、1年目の夏休みに、南インド・チェンナイ近郊の最貧困層の村を訪ねる機会をつくりました。鉱山で働いている人の村があって、そこでは食事は1日1回、食べ物は木の根っこという状況でした。

子どもたちは学校にも行かせてもらえない。学校に行っても結局は鉱山に戻って働かなければならないのです。大人たちも表情は暗く、生気が感じられませんでした。鉱山で採掘されている大理石や雲母は、私たちの便利で、豊かで、美しい生活のためにある。その裏側に彼らの悲惨な暮らしがあるという事実がショックでした。それから何年も、インドで出会った人々のことはずっと頭から離れませんでした。

会社員の頃は残業時間が月150時間超

──その後、国連でのインターンを経験され、大学を出てからは投資ファンドの会社に就職されますね。

白木:国連でのインターンを通じてわかったのは、ビジネスの仕組みのなかで苦しんでいる人たちを救うには、彼らにお金を与えるだけではダメだということでした。搾取する側とされる側という構造自体が変わらないかぎり、状況は変わらない。それでまずはビジネスの仕組みを勉強しようと思い、就職することにしたのです。

──初めての会社勤めはいかがでしたか?

白木:全く向いてなかったですね(笑)。日本の常識を全くわかっていなかった。平気で遅刻して出社したり、社内のヒエラルキーを無視してしまったり。それでも3年間は頑張ると決めて入社しましたから、なんとか成果をあげようと努力しました。この頃投資ファンドをはじめとした金融業界全体が急成長していたので激務が続き、始発で出社し深夜タクシーで帰るという日々。ついに数ヶ月にわたり月の残業時間が150時間を超え、産業医との面談で「うつの傾向があります」と報告されたりしました。

「1、2年無給でも頑張れるもの」で起業した

──リーマンショックが世界を揺るがせたのはその頃ですね?

白木:リーマンショックの影響をその会社ももろに受けて、株価は下がる、競合他社はどんどんつぶれていくという状態で。これはきっと、次のステップに踏み出せというサインなんだ……と思いました。

──それで起業の準備をされた。

白木:そうです。空いた時間を使って講演や起業セミナーに出かけ、起業家の本を読みあさりました。「起業するなら好きなこと、それまでの経験が活かせることがいい」と思い、じゃあ、ジュエリーで行こうと。投資ファンドや不動産の方面での起業プランもあったんですが、話をしていても私自身がどことなく楽しくなくて。今まで訪れた国々や世界中の人々と大好きなジュエリーが作れると考えると、それだけでワクワクしました。これなら、1年、2年無給でも頑張れると思いました。

あとはやはりインドで出会った人たちの姿がずっと脳裏にありました。あんなにひどい状況を目にしたのに自分は世界に対して何ひとつ働きかけていないと葛藤を感じることもありました。そんなもやもやとした気持ちを抱えて一生終えるよりも、とにかく、一歩踏み出そうと。

白木夏子さん

「人のため」は自己満足にすぎなかった

──HASUNAを立ち上げて3年目でご出産されていますが、仕事に対するアプローチに変化はありましたか?

白木:ようやく経営的に軌道に乗り始めたかな、という時期に出産しましたが、やはり初めてのことばかりで大変で。家族や周囲の人たちに大いに助けていただきました。それまでは朝から晩まで外で仕事ばかりしていたので、毎日ごはんを作ったり、子どもと一緒に絵を描いたりとゆったりした時間が増えました。

また、去年、ある人から「あなたはもっと自分自身の幸せを考えなさい。あなた個人の幸せなくして、この世界を幸せにすることはできない」と言われたことがきっかけで、気持ちに大きな変化がありました。

それまではいつも忙しくて、「心ここにあらず」で現実とは別の場所にいる自分の存在を感じていました。何をやっても100%の満足感を得られないのです。たとえて言うなら、旅行中に次の旅行のプランを考えているような状態。仕事に限らず、子育てにしても、一生懸命やりながらもそこに意識が向いていなかったことに気づいて愕然としました。それで、自分自身や家族とちゃんと向き合うようになったんです。

白木夏子さん

「アドレナリン祭り」で終わらない働き方

白木:仕事が楽しいと脳内でアドレナリンという物質が出るので、つい「事業を拡大しよう」「新規事業をやろう」とエンドレスで考えてしまいます。

一方で、自分自身や家族とちゃんと向き合おうとすれば、アドレナリンが出ているハイな状態では無理で、もっと落ち着いて「自分の弱さ」を見つめなきゃいけないんです。仕事のように思い通りにいかないので気力も体力もすごく要ります。でも、ここでしっかり向き合っておかないと、私の人生はただ快楽を追求するだけの「アドレナリン祭り」で終わってしまうと感じているんです。

──「二人の白木夏子」の葛藤ですね。

白木:そうですね。これは男性脳と女性脳の葛藤でもあると思っていて。女性の経営者というのはどうしても手に届く範囲で小さくまとまってしまう傾向があります。一方で男性の経営者は事業拡大や新しいことを求めて、家庭や小さな出来事を顧みず犠牲にしてしまうことがままあります。

それでも「成長」できるあり方を模索

白木:世界じゅうに届くことをビジネスでやろうとすると、やはりある程度の拡大は必要ですから、「拡大」というオプションはつねに念頭に置いています。男性脳、女性脳のそれぞれのよいところも取り入れつつ組織づくりすることを考え続けているんです。

──「エシカル」という言葉はあえて使わないようにしたと聞きました。

白木:「エシカル(倫理的であること)」は強いキーワードなので、こればかりが注目されることに疑問を覚えていました。私たちには、世界じゅうの人たちと、品質、デザインともに素晴らしいジュエリーを作り出したいという強い思いが第一にあります。ジュエリーブランドとして成長することが私たちにとって正しい姿だと。「エシカル」というキーワードは、理想的なジュエリーの一要素にすぎないので、あえて前面に出すことをやめました。

白木夏子さん

【白木さんの1日】

7時半起床。10〜15分程度のヨガ(ヨガは夜にも)。掃除、朝食。9時、子どもを保育園に送ってから、職場に出勤、または打ち合わせや取材へ。18時に退社し、子どもをピックアップして帰宅。夕食を作って家族で食べ、入浴。21時半くらいに寝かしつけてから、自宅でメール作業やスカイプミーティングなどの仕事。寝る前にもう1度読書しながらゆっくり入浴して1時に就寝。

白木夏子(しらき・なつこ)
起業家、HASUNA Founder&CEO。 オンラインサロン【Wonderland】主宰 1981年生まれ。英ロンドン大学卒業後、国際機関、投資ファンドを経て2009年4月に株式会社HASUNAを設立。 ジュエリーブランドHASUNAでは、ペルー、パキスタン、ルワンダほか世界約10カ国の宝石鉱山労働者や職人とともにジュエリーを制作し、エシカルなものづくりを実践する。現在は日本とシンガポールにビジネスの拠点を持ち、ブランドビジネスのプロデュースやコンサルティングに従事するなど国内外で活躍中。 日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー2011キャリアクリエイト部門受賞。 2013年には世界経済フォーラム(ダボス会議)にGlobal Shaperとして参加。2014年には内閣府「選択する未来」委員会委員を務め、Forbes誌「未来を創る日本の女性10人」に選ばれるなど多方面で活躍。HASUNA Webサイト

浮田泰幸