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2016/04/26

2016年3月25日、日本で2人の死刑囚の死刑が執行されました。こうしたニュースが報道されるたびに、「死刑は妥当なのか?」「それで遺族の悲しみは消えるのか?」「凶悪犯罪は相応の罰をもって償うべきではないか?」……といったさまざまな議論が巻き起こります。多くの日本人にとって、死刑は「あって当然」とされる極刑。しかし世界的には、死刑は廃止の傾向にあります。

テロ多発するも死刑執行しないEU

4月6日、国際人権団体アムネスティ・インターナショナル日本の主催で、日本を含めた世界の死刑制度の現状を明らかにする講演会が開かれました。駐日欧州連合代表部公使参事官のファビアン・フィエスキ氏が、EUの死刑をめぐる取り組みを紹介。氏によると、EUでは人権尊重の観点から死刑を廃止しており、他の国々に関しても死刑制度を廃止するよう働きかけているという。

「EUはもちろんのこと、パキスタンやコートジボワールなどの国々は昨今、凶悪で無差別なテロ行為にさらされていますが、EUは断固として死刑に反対します。世界では、死刑廃止の趨勢は明確なものとなっています。1945年には死刑を廃止した国は8カ国しかありませんでした。しかし2016年現在、死刑廃止国、あるいはモラトリアム(注:死刑執行を停止すること)を実施している国は140カ国に達しています」(フィエスキ氏、以下同)

死刑は人権侵害以外の何ものでもない

死刑廃止に動いている国々は、文化的・政治的な特徴があるわけではないという。それでも、ドイツ、ロシア、イタリア、南アフリカ、アルゼンチンなど、多種多様な国々が死刑の適用をやめているのだとフィエスキ氏は説明します。

「ご存知の通り、フランス、ベルギーでは最近、極悪なテロ行為が起きました。しかし、両国とも死刑廃止の立場を貫くとしています。死刑は基本的な人権=『生存権』を傷つけるもの、つまり人権侵害以外の何ものでもないと考えているのです」

「死刑で犯罪は減る」は幻想に過ぎない

「この死刑を廃止する根拠は、明白は事実から導かれます。まず、生存権に対して国家は法的な義務を負っているということ。国家は人々の生命を奪うのではなく、守るものです。EUでは、基本権憲章の第2条において、次のような規定を明確に定めています。いわく、『万人が生存権を享受しなければいけない』『何人も、死刑の判決を受けることはなく、死刑執行の対象となることはない』。ですから、私たちはどんな凶悪な犯罪に対しても、死刑を禁止することに例外はありません」

重い罪に対して命を奪うということは、「苦悩の連鎖」を生み出すことにもつながるとフィエスキ氏は語ります。

「それだけではありません。私たちの結論として、『死刑は、深刻な犯罪の抑止力にはならない』のです。広範な研究、科学的な調査をした結果、死刑執行と深刻な犯罪件数に因果関係はないということがわかりました。また、死刑を廃止しても、そうした犯罪が増加することはないということも判明したのです」

貧困者やマイノリティにより多く適用される現状

さらに、冤罪(えんざい)の可能性についても言及しました。

「どんな裁判も刑罰も、人の手で行うものです。判事も検事も捜査官もみんな人間。ですから、絶対に間違いのない制度はありえないのです。誤って罪のない人を死刑に処してしまったら、決してその命を取り戻すことはできません。日本のように非常に高いレベルの法治国家であっても、冤罪によって死刑にしてしまうケースは存在するのです」

フィエスキ氏は、死刑は世界的に見て、貧困者やマイノリティな人々に対して、より多く適用される傾向にあることも強調しました。

日本人は、現行制度を信頼しているだけ

EUは幾度となく、日本に対してモラトリアムを実施し、ゆくゆくは死刑を廃止するよう働きかけてきたそうです。

「EUはこれまで、『日本人の大多数が現行の死刑制度を前向きに、また好意的にとらえている』と主張してきました。ところが、早稲田大学とオックスフォード大学が行った研究によると、日本人の大半は、死刑そのものについて強い主張があるわけではなく、単に『自分たちが選んだ代表によって生み出された現行制度に信頼を置いている』だけだということがわかりました。

したがって、いま日本に必要なのは、死刑をめぐる、慎重でオープンマインドな議論です。そのために、日本人は死刑制度に潜むさまざまな問題に対して、理解を深める必要があります」

現行の死刑制度についてどう考えていくべきか。フィエスキ氏の語る、死刑制度をめぐるEUの取り組みは、私たちがあらためて「死刑」という刑罰について考えるきっかけになりそうです。

小泉ちはる