『オマールの壁』主演・アダム・バクリインタビュー

乗り越えたら撃たれる「壁」のある世界―パレスチナの若者が思う、平和を妨げるもの

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乗り越えたら撃たれる「壁」のある世界―パレスチナの若者が思う、平和を妨げるもの

解決の兆しが見えないパレスチナ問題。日本人にとってテレビやインターネットのニュースの向こう側にある遠い世界の話かもしれないが、当然、そこにも青春を送り、恋をする若者たちがいる。公開中の映画『オマールの壁』は、イスラエルが建設を進める「分離壁」(※1)に囲まれたパレスチナ(※2)の町に生きる若者たちの現実を、恋や友情、そして裏切りを交えて描く。

※1:イスラエルが「パレスチナ人による自爆テロを防ぐためのセキュリティ・フェンス」という名目で2002年からヨルダン川西岸地区で建設を開始した壁。高さ8m、全長700kmにおよぶ。イスラエルとパレスチナの境界に沿って建設されているわけではなく、大部分がパレスチナ内に侵入して町を分断。実質的にはイスラエルの領土拡大のための建造物である。

※2:狭義には、イスラエル・ヨルダン川西岸地区とガザ地区からなるパレスチナ自治区を指す。

若者の現実を描く、初の100%パレスチナ映画

主人公のオマールは、町を横断する分離壁を乗り越え、向こう側に暮らす幼なじみのタレクとアムジャドに会いに通っていた。3人は、武装組織から武器を入手し、イスラエル兵の襲撃を計画中。また、オマールは、タレクの妹ナディアと結婚を考える恋人関係にあった。

イスラエル兵からの不当な扱いに不満を爆発させたオマールらは、ついに襲撃作戦を決行。しかし、ほどくなくしてオマールは秘密警察に逮捕される。イスラエルの軍事法廷で懲役90年の刑罰を下されることになったオマールは、ナディアにも秘密警察の手が及ぶことをほのめかされ、タレクの逮捕に協力するという交換条件をのむが……。

米アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされるなど、世界的にも高い評価を得た本作は、100%パレスチナ資本で製作された初のパレスチナ映画だ。これがデビュー作となる主演のアダム・バクリさんが、パレスチナの今を生きる若者として、この作品と向き合った思いを語ってくれた。

太陽が隠れるほどの壁に囲まれた生活

――ご出身はイスラエルのヤッファ(テルアビブの隣のパレスチナ地区)ですね。分離壁に囲まれたヨルダン川西岸地区ではないですが、オマールを演じる上で何か準備をしましたか?

アダム・バクリさん(以下、バクリ):パレスチナ人として生まれついての責任は同じですが、もちろん(オマールが暮らす)西岸地区とは暮らしが違います。でも、イスラエルでも人種差別は受けますし、パレスチナ人は二級市民という感覚の中で育ってきました。ただ、オマールのように検問所や分離壁に囲まれてはいなかったので、撮影前に何度も西岸地区を訪れ、彼の感情を想像する内面的な準備はしていました。

――分離壁を上ってみた感想は?

バクリ:壁の頂上部分だけは、撮影用のセットなんです。本当に乗り越えたらイスラエル兵に撃たれてしまいますから。でも、本当に大きな壁なので、トレーニングを積んで上ろうとしても、半分の3.5メートルくらいまでが限界。撮影の時に初めて分離壁を間近で見たのですが、視線の先に空が見えず、太陽が隠れてしまうような大きさで、毎朝起きたらそれが目に入るという状況のフラストレーションや無力感を実感しました。

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涙をこらえられないひとつのシーン

――この映画はパレスチナでも上映されて大きな反響があったと聞いています。皆さんは特にどんな部分に感動していましたか?

バクリ:よく耳にしたのは、なかなか壁を越えられないオマールを、老人が手伝うシーンです。人前で絶対泣かない僕の兄も、あのシーンは泣けて仕方がなかったと言っていました。なぜなのかよくわからないのですが、そのシチュエーションにパレスチナの物語が集約されているからではとも思うし、世代を越えてパレスチナ人として生きなければいけないという思いが無意識の部分にあるからかもしれません。

結婚事情にみる、被占領状態ゆえの閉鎖性

――オマールがナディアとの結婚を望んでいるのに、彼女の兄になかなかそれを切り出せず、結婚話が進まないというシーンが印象的でした。時代とともに変化しているとは思いますが、パレスチナでは現在もなお、家長の了承を得ないと結婚は難しいのでしょうか?

バクリ:世界中どこでも、家族の了承は得なければいけないものじゃないですか(笑)?  でも、答えは「イエス」ですね。ここでも「(イスラエルによる)占領」が大きなテーマになってくるのですが、パレスチナは占領されているがために人々が非常に閉鎖的で、制約的。なので、他の文化に対して開いていない。いまだに古くさい習慣が残っていて、結婚は両親はじめ家族の了承を得なければいけません。

――ナディアは女学生でしたが、パレスチナの女性の多くは何歳ぐらいで結婚するのですか?

バクリ:結婚は早いです。若いうちでないと結婚できないという考え方が主流にあります。僕は良い考えだとは思わないけれど。アラブの国では、すごく若いうちに婚約して、結婚するという伝統があったので、その名残かもしれません。一般的には、学校を出て、仕事をして、結婚する。もしくは、大学時代に婚約して、卒業後すぐに結婚する人が多いと思います。ここ10年くらいの話ですが、「教育があればあるほど女性は魅力的」と考える風潮が出てきました。

変わりつつあるパレスチナの女性

――オマールの仲間・アムジャドは「お嫁にいっていない7人の姉がいる」という設定で、ネタとしていじられていたのが興味深いです。日本では男女ともに晩婚化が進み、少子化も問題になっています。パレスチナでも同様の傾向があるのでしょうか?

バクリ:実は今まで考えたことがなかったのですが、もしかしたら同じことがパレスチナでも起こりつつあるかもしれない。15年前くらいから生まれる子どもの数がかなり減っていて、「なぜだろう?」と思っていたのですが、今の質問を聞いてそんな気がしました。パレスチナでも、男も女も働いていて、女性たちが忙しくなってきている。僕の義理の姉は「子どもは1人しか要らない」と言っているのですが、今までパレスチナの人はそういうことは口にしませんでしたから。

主演のアダム・バクリさん

主演のアダム・バクリさん

米国に拠点を移して見えてきたもの

――テルアビブ大学を卒業後、NYのリー・ストラスバーグ劇場研究所で演技を学ばれ、その後活動の拠点を米国に置かれています。米国に移ってから、パレスチナとイスラエルの対立に対する見方に変化はありましたか?

バクリ:米国に渡ったのは5年前ですが、米国での生活の方が、イスラエルより楽です。イスラエルの生活には常に対立があり、緊迫しています。底流に対立があるので、みんないつも怒っていて、気性が激しい。テレビでも、新聞でも、目にするのは争いの話ばかり。米国にいると、それらのすべてから遠くて、俯瞰して見えるところが違います。

平和を妨げるのは、互いに対する「恐れ」の気持ち

――米国にもイスラエル出身者やユダヤ教徒はたくさんいます。米国で彼らと接する感覚は、やはりイスラエルにいた頃とは異なりますか?

バクリ:ユダヤ教対イスラム教とか、ユダヤ教対キリスト教という問題ではなく、パレスチナとイスラエルという国と国の、互いへの恐怖の中で生きているところに問題があると思うのです。僕自身はユダヤ人の友達もたくさんいるし、人間として人を好きになり、平和を求めています。
イスラエルの人たちは、メディアの犠牲になっていると感じます。常に「恐れ」で洗脳されている。そこに「恐れ」がある限り、平和はなかなか訪れません。

■公開情報
『オマールの壁』
公式サイト
角川シネマ新宿、渋谷アップリンクほか全国順次公開中

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