大女優・藤原紀香主演「藤原紀香物語」が、2016年3月31日の結婚会見をもって第13章目くらいに突入した。会見については、芸能ニュースでもTwitterでも批判の声が大きい。「着物が派手」「ドヤ顔」「関西弁がわざとらしい」……。ハレの日なのだから、派手でもドヤ顔でも許されるはずだし、関西人なのだから関西弁は当然のはずである。あまりにひどい言いがかりだ。こうした批判に対して、紀香は公式ブログで「悪口も、褒め言葉」(2016年4月5日)、「万人に祝福して頂きたいなんて思ってません。幸せな人に水をさしたい人がいるのも、人間だからわかってまーす」(2016年4月8日)と綴り、人としての大きさを見せつけている。

「なぜ大女優という扱いなのか」厳しい世間の目

2007年、陣内智則と結婚したころは、まだこんなイタキャラではなかった。それが証拠に、当時メディアは「格差婚」「お笑い芸人が大女優と結婚」ともてはやしていた。だが、この作られた紀香フィーバーが失敗のもとだった。「紀香ってそんなに大女優だったっけ?」と人々が疑問を抱くようになってしまったのである。「Yahoo!知恵袋」を見ると、2009年の離婚時にはバブルが完全に崩壊していたことがわかる。

「藤原紀香の代表作って何でしょうか? 離婚報道などを見ていると大女優のように扱われていますがそんなにヒットしたドラマ(映画)ってありましたっけ?」(2009年3月23日)
「『格差婚』なんて言うけど陣内と結婚するまでの紀香なんて落ち目一直線だったじゃん。結婚したおかげで盛り返したのに…『芸人の嫁とし三歩下がって付いて行きますぅ〜』なんて嘘ばっかり言ったけど無理でしょ。女優(笑)のプライドばっかり高くて」(2009年3月23日)
「藤原紀香さんは、陣内との離婚騒動で、化けの皮が剥がれてしまいました。大物女優というのは、ウソで、一度もヒット作品がありません」(2009年5月23日)

人は「実力がない人」に厳しい。というか、実力がないにも関わらずチヤホヤされてはしゃいでノリノリしている人に厳しい。実力がない人は苦労すべき、日陰にいるべき、謙虚でいるべきであり、実力がある人が正当な評価を得られるべきだと考える人は多い。

頑張りアピールがトンチンカンな紀香

紀香の代わりに弁解すると、紀香はとってもがんばり屋さんだ。ただその方向性とストイックアピールがトンチンカンなだけだ。象徴的なのは、結婚発表の数日前、3月25日に行われた始球式。真っ赤なピタピタの革パンで登場し、大仰なフォームを見せたが投球はヘボかった。にもかかわらず、紀香はピョンピョン跳ね回り大はしゃぎ。周囲をドン引きさせるはしゃぎっぷりはともかく、投球は芸能人なのだから仕方がない……と思ったら、公式ブログを見ると、紀香はこの日のために数日間にわたって猛練習していたと綴っていた。1日100球。その努力、必要? いや、努力することはいいことなのだが……。

「5年目の東北のためボランティアで投げさせていただきますゆえ真剣に稽古しています」(2016年3月23日)
「ここに来るまで、いろんな方の愛ある指導を受けみんなが、本当に良かった!と喜んでくれて一生懸命諦めないでやるといいことがあるなと思いました」(2016年3月25日)

要するに、あの始球式は、紀香の紀香による紀香のための、ひとり24時間テレビだったのである。紀香さん、いったい何がしたいのか?

“実体”を作るしか、批判を逃れる道はない

紀香と同じようになんの実績もないが態度だけデカくて一時は叩かれタレントという位置づけだった菜々緒は、悪女役で女優としてみごと開眼した。今では「悪女」が彼女のキャリア&キャラとして広く認知されている。Instagramの自己陶酔っぷりは紀香に負けず劣らずだが、それを失笑するのは逆に野暮というもの。やはり実力をつけた人は、雑魚どもの批判をはねつける強さがある。菜々緒はまだ27歳、紀香は44歳という点が大きく違うが、実力主義の原則からいえば年齢はマイナスにはならない。ただ、実体がよくわからないことについての評価が若い女よりも厳しくなるだけだ。だからこそ、今、立ち上がるときなのだ、中年女よ!

紀香にしてみれば、この結婚で「梨園の妻」という助演女優賞を獲得したつもりなのだろう。残念ながら一般人には「梨園の妻」のありがたみがよくわからない。むしろ「何をやってるかよくわからないのにエラそうにしている女」にしか見えない。これでは、紀香の実体のなさがさらに際立ってしまう。かなりヤバい状況である。

女優、司会、ボランティア……何をやっても「自己満」と批判される紀香に残された道は、発明しかないのではないか。松居一代に弟子入りして、ぐうの音も出ないような便利グッズを発明するしかない。それしか実体を作る道しかないと思うんです!

亀井百合子