宮台真司氏×二村ヒトシ氏『男女素敵化』対談レポート(前編)

「女性の解放された性欲を、男性が受けとめるのは美しい」宮台真司×二村ヒトシが語る、本来の性の姿

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「女性の解放された性欲を、男性が受けとめるのは美しい」宮台真司×二村ヒトシが語る、本来の性の姿

社会学者の宮台真司氏と、AV監督の二村ヒトシ氏による対談が2月14日に開催されました。テーマは、『希望の恋愛学』。『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(イースト・プレス/二村氏)や「『絶望の時代』の希望の恋愛学」(KADOKAWA/宮台氏)など恋愛に関する数々の著作を持つふたりが、性と社会の関係について鋭く切り込みます。

解放された女性の性のすごさ

二村ヒトシ氏(以下、二村):僕はアダルトビデオの監督という、性を商品化する仕事をしながら、恋愛についての本も書いています。

90年代はAV男優として働いていましたが、若い頃から自分自身が女性から乳首をなめてもらわないと勃起しないタイプで(笑)。ですから、監督になったら女性がそういったことを自らアグレッシブに行なうようなビデオを撮りたいと思っていました。そうした作品を発表した結果、それまでは女性が受動的なコンテンツが主流でしたが、2000年代以降は「痴女ビデオ」というジャンルが確立し、女性が性的に優位に立った作品も少なからずみられるようになってきました。

今ではデビューしたばかりの初々しい女優が、監督の指示がなくても自ら男優の乳首をなめる。女が受け身のAVでは、女優たちは大量に潮を噴きまくる。しかし一見女性の性が解放されたかに見えるこの流れも、実は予定調和であり、男の望みやファンタジーに合わせてAV監督に決められた型通りのセックスを女優がやっているということの延長にすぎない。本来的な意味で解放されたわけではないのではと感じています。

宮台真司氏(以下、宮台):本来的な性が解放されている様子を描いた代表作として、代々木忠監督のAVがあげられます。そこで表現されているのは、一対一の恋愛という常識を超えた、しかし遊びや軽薄さというものとは全くほど遠い、非常に深くてめまいにみちたセックスです。

つまり「女性はこのようにふるまうのが性的に適切だ」といった規範を全く超えた性のあり方が描かれているということです。その姿が非常に神々しい。

そこでは女性がパートナー以外の男性とセックスをする様子も描写されていますが、それは「寝取られ」といった安っぽい話で表現されるものではありません。本来のパートナーである男性が、他者とセックスをする女性を見て「俺の女はこんなにすごかったのか」と思わずひざまずくという、宗教的にも見える描写がされているんですね。

それは男性がある種の自己崩壊をへて、救済されるというプロセスと言ってもいいと思います。そこで行われているセックスは、社会的な概念やボキャブラリーを超越した性のあり方なんですよね。二村さんが撮っている作品もここに通じているのではないでしょうか。

二村:ありがとうございます。僕が作りたかったのも「女性の解放された性欲を、男性があるがままに受けとめることは美しい」という、いわば女性が強いAVの世界なんです。

宮台:僕は1998年頃スワッピングの取材をしていました。スワッピングというと道を外れた道楽というイメージがあるかもしれませんが、実はその背後にあるのは代々木忠監督のAVのなかで描かれているような妻・恋人の本来の性の深さを崇高なものとして受け止めるようなある種の回復の営みなんですよね。

そこにあるのはむしろ自分の妻の性愛のすごさに対する根本的なリスペクトです。それによって男性ははく奪感を上回るものを得ているとも言えるんです。

本来の性が社会制度に押し込められた歴史とは

宮台:このように本来、性というものは非常に深くて、ある種「神がかったもの」であり、人間ははるか昔からそうした非常に深い性愛を生きていました。しかし、歴史的にはそうした本来的な性は社会制度の中に閉じ込められていったのです。

なぜなら、社会というものができあがるにつれて、そうした性愛を理性的に構築された社会と両立可能な枠組みに押し込める必要がでてきたからです。そこで所有、再分配、あるいは一対一といういろいろな制約を生み出していったんですね。その典型的な例が一対一を基本とした婚姻の制度です。

このような制約がもたらされた世界のことをジャック・ラカンという精神分析学者は「概念言語」によって形作られた社会であると表現しています。しかし本来の性愛に関する感性は、この概念言語のなかに収まるものではないということを僕たちは本能的に知っています。そこで、理性的な社会を営むために人間はあえてその本来の姿を忘れたふりをして社会を営むことにした。

こうして僕たちの性愛は言葉の外側、つまり社会の外側に押し込められていったわけです。社会を安定的に営んでいくためには本来の性を思い出すことがあってはいけませんから、我々の社会はトランスにみちた本来の性を矮小化し、社会制度と両立可能なものとして再構築していきました。

二村:つまり「性的にこういうものに興奮することが適切だ、まともだ」ということを社会のルールとして決めていったということですね。

宮台:そうです。しかし無意識においては、本当は性が社会制度に収まらない魅惑的なものだということを知っているがゆえに、それを一生懸命に周辺化し、抑圧しようとする。そしてときどき噴出する本質的な性に対しては、非正常、悪、きちがいといったイメージをあてがって排除していったということです。

女性が本来の性の領域に到達しやすいワケ

二村:代々木監督のAVの中でも表現されているように、そうした本来的な性の領域に近づきやすいのは男性よりも女性なんですよね。それはなぜかというと、女性がそれだけ普段から決められた社会のルールのなかに押し込められているから。だからこそ逆説的に社会のルールに反発し、その外の世界にある性の領域に到達しやすい。

宮台:逆にいうと、男性は女性のそのポテンシャルを理解しているからこそ、それをコントロールできなくなることを恐れるがゆえに、社会的に女性を抑圧しようと考えるわけです。

二村:魔女狩りとかが、そうだったんでしょうね。一方で男性は社会的な地位を得やすく、社会の外に出ずとも偽りの自己肯定を得ることができてしまう。また社会における性的な縛りも少ないですから、性的に充足されていると誤解してしまいやすい。社会の外側にでる必要性がないわけです。

さらに言ってしまえば、本来社会の外側にあるはずの性を「社会におけるポジション取り」のツールとして使うこともできてしまうんです。僕はこれをインチキ自己肯定と呼んでいます。

宮台:その典型的な例がナンパを積極的に行う層ですね。ナンパができるような男になることで男としての地位を得て、社会においてごまかしの自己肯定を得ようとするわけです。

二村:つまり、社会の中でうまく生きられるという手段ないし証として性的なものを目印に使っているんですね。

宮台:僕も積極的にナンパをしていた11年間は自分自身がステップアップしているという感覚を持っていました。しかし、時間がたつにつれて何か違うなあと思いはじめたわけです。

そして他のナンパ師の方々も同じように途中からこれは違うのではという段階に到達していきます。つまり「性というものが社会的な承認ツールではない」ということに気づくわけですね。なぜなら先ほど説明したように本来の性というものは社会制度の枠の中におさまるものではないからです。

二村:そうであるにも関わらずTwitterなどSNSのなかでは、かりそめであるはずの「社会における性のポジション」をめぐってたびたび争いが起こっています。

例えば、一部のオタクの人たちは自分が社会において恋愛やセックスに恵まれていないと感じているため、社会における性的強者のリア充を憎みます。また一部のフェミニストの人たちも、社会の枠組みにおける男性からの性の抑圧に傷つき、被害者意識を持たされてしまい、怒っている。

しかし同時に彼・彼女らの攻撃の対象にもなっている性的強者であるはずのナンパクラスタでさえも、社会の中で偽りの自己承認を得ているだけであって、本来の性の姿を知らないわけです。

いずれの人々も社会の外にある本来の性の姿を知らないまま、もしくは信じられずに、深く傷つけあっている。僕はそうした人たちになんとかして社会の外側にある性の可能性、つまり本来の性の可能性に気付いてほしいと考えているんです。

【後編はこちら】相手と融合するような、魅惑のセックスは存在する 性を深さを享受するたったひとつの方法とは

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二村ヒトシ(にむら・ひとし)
1964年東京生まれ。慶應大学中退。アダルトビデオ監督。著書に『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(共にイースト・プレス)、『淑女のはらわた』(洋泉社)、共著に『オトコのカラダはキモチいい』(KADOKAWA)がある。監督作品に『美しい痴女の接吻とセックス』『ふたなりレズビアン』『マブダチとレズれ! 』『女装美少年』他多数。ソフト・オン・デマンド若手監督エロ教育顧問も務める。

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