“まだ、ここにない、出会い。”――このフレーズをテレビCMなどで目にしたことがある人も多いだろう。これは、「リクナビ」や「ゼクシィ」、「SUUMO」など情報サービス事業を展開している「リクルート」のコーポレートメッセージである。その言葉通り、情報誌やWEBメディアなどを介して、ライフスタイルに紐付いた生活者の不便や不安といった「不」を解消するサービスを展開し、私たちの暮らしに新たな選択肢と価値を創造してきた企業、それがリクルートだ。

なかでも、本社機能を担う「リクルートホールディングス」が全従業員を対象に、場所を制約しないフレキシブルな働き方「リモートワーク」を導入し、大きな話題をよんだのは今年1月のこと。グループとして現在は160社近く会社を抱えているリクルートだが、厳密にいうと現在リモートワークを正式に導入しているのは、「リクルートホールディングス」、結婚・進学・教育・自動車領域でサービスを展開する「リクルートマーケティングパートナーズ」、リクルートグループの経理・人事・総務等の機能戦略立案と推進を行う「リクルートアドミニストレーション」の3社だ。

それでも、3社合わせて従業員が2000名近くにのぼる大企業である。リモートワークへの舵切りは容易ではなかったはずだ。働き方の変革にいたる背景、そしてリモートワークの導入から約2か月経つなかで見えてきたことについて、リクルートホールディングスの「働き方変革プロジェクト」メンバーである伊藤綾さんと、栗﨑恵実さんが語ってくれた。

リモートワークは、“個”を尊重する取り組みのひとつ

――最初に、リモートワークを導入されたきっかけについて、お聞かせください。

伊藤綾さん(以下、伊藤):リクルートは企業理念の一つに“個の尊重”を掲げています。一人一人の個性や可能性を大切にし、互いに期待し合うという企業文化の中で、各個人が自分の意志を持って成長の機会を見つけ、成長していくことで、会社も成長していくという考え方が根底にあります。そのため、バラエティーに富んだ個の能力を最大化して、個のさらなる成長、さらには新しい価値創造を通じて社会に貢献するためには、どうしたらいいのかということを常々考えながら、ダイバーシティ推進施策など、さまざまな取り組みを行ってきました。そのなかで、やはり全員が定時に決められた場所に出社するという旧来的な働き方を見直し、新しい働き方にシフトしていく必要があるのではないかという議論が出てきたんです。

――それはいつ頃から、どのようにして始まった議論なのでしょうか?

栗﨑恵実さん(以下、栗﨑):起点はいろいろありましたが、大きくは二つです。一つは、ダイバーシティの観点です。リクルートでは、2006年にダイバーシティを推進する組織を設置し、ワーキングマザーなど、主に“女性の活躍”に焦点を当てた施策を実施してきました。事業所内保育所の設置や在宅勤務制度の整備、若手女性従業員を対象としたキャリア研修や女性リーダー研修など積極的に取り組んできましたが、2013年に国が打ち出した「女性の活躍」政策が更なる後押しになりました。

当時、リクルートグループの女性管理職比率は約2割。「2018年度までに女性課長職比率30%」という目標を掲げていることもあり、男女問わず働き方をより抜本的に見直し、ライフステージの変化に合わせた柔軟な働き方が実現できるようにする必要があるのではないか、という議論が始まりました。
さらに、弊社は2014年の株式上場以降、急速にグローバル化が進みました。海外の企業をみると、業績を伸ばしながら定時には帰宅し、家族と夕食を共にするスタイルが定着しています。私たちも、仕事の効率や生産性を上げるために働き方を見直せるのではないか、と考えたことがもう一つの起点です。

栗﨑恵実さん

栗﨑恵実さん

場所・時間の「不」が解消され、+αのメリットも

――リモートワークの導入により、どのような変化を感じていらっしゃいますか?

伊藤:ワーキングマザーやファザーをはじめ、時間や場所に制約がある人からは、フレキシブルに働くことができるので助かっているという声が上がっています。また、育児をしていないメンバーからも、自宅やサテライトオフィスなど、その日の業務に最適な場所を選べますので、集中力が高まり生産性が上がったと好評です。

たとえば営業であれば、アポイント終了後、わざわざ帰社せずに営業先の近くでレポートをまとめすぐにメンバーに報告し帰宅するといったことができますし、在宅勤務であれば通勤時間がいりません。さらにポイントは、場所や時間の「不」を解消するだけに限らない効果があったことです。たとえば、違う場所に身をおくことで、会社に閉じこもっていたら出会えないような人や情報、経験に出会えるということですね。新しいマーケットの勉強や、アンテナを立てるということを、以前より意識するようになったし、できるようになったという人が少しずつ増えています。

――リモートワークにおいて、何か制約やルールは設けられていますか?

栗﨑:会社として「リモートワーク規定」を設けており、社外で働く際のマナーやセキュリティ、労務管理の観点から、最低限守らなければならないルールを整備しています。リクルートホールディングスはスタッフ組織が多いということもあり、業務特性が組織により異なるため、運用するにあたっての細かいルールは各組織の裁量に委ねています。前週までにリモートワークの予定を上司に報告している組織もあれば、前日に伝えればOKという組織もあります。また、今は部としてリモートワークをしている時期ではない、と上司が判断すれば、その期間その組織はリモートワークを選択しない、という働き方もあります。

それぞれ、パフォーマンスが一番高くなるやり方を考えて、自走的に進めている状況です。組織ごとにルールを定めるスタイルにしたので、リモートワークもスムーズに運用できているのかなと思います。

――リモートワークという枠組みのなかで、組織ごとに働き方を決められるということは、上司含めメンバー全員が能動的に時間の使い方や仕事の進め方を考えなくてはいけないということですよね。自由なようであって、なかなか難しいことのような気がするのですがいかがでしょうか?

伊藤:そうですね。簡単ではありませんが、「これは本当に必要なことなのか?」ということについて、よく吟味するようになったと思います。たとえば、この会議は本当に2時間も必要なのかとか、本当に顔を合わせて集まらなくてはいけないのかとか、リモートワークをきっかけに、時間を無駄にしていないかだとか、望ましい働き方とは何だろうということを、組織としてきちんと考えるようになったと思います。

顔を合わせないぶん、コミュニケーションの可能性も広がった

――そのなかで、チーム内のコミュニケーションの仕方も変わってくると思いますが、マネジメントする立場にいらっしゃる伊藤さんご自身も、不便さを感じた場面もあったのではないでしょうか?

伊藤:実際のところ、組織によってコミュニケーションに差が生まれるというのは感じました。メンバーが点在しているので、どうやって一体感を保ち、お互いの状況を“見える化”するのかということについては、ナレッジを共有し、話し合いながら進めています。

ただ、私はリモートワークによって、逆にいろいろなコミュニケーションの可能性が広がったのではないかと思っています。たとえば私のチームでは、毎日、勤怠報告として「開店閉店メール」というものを必ず送り合うようにしていて、開店メールでは「伊藤、開店しました。いま自宅です。今日の業務はこれとこれとこれです」という連絡を全員が見られるようにしています。リモートワークの導入前は、メンバーが会社に来て席にいるなというのはわかりますが、1日単位で何をしているかについて具体的な進捗まではミーティングの場で聞かなければ表出されにくい状態でした。

また、メンバー間のやり取りは、スカイプチャットを活用しているのですが、チャットを通して皆が集う場が増えたように思いますし、和気あいあいとやり取りがされることで、ちょっとした息抜きや元気のもとになるんです。マネジメントもコミュニケーションの方法も、いい方向に変わってきているように感じます。

伊藤綾さん

働き方の変革は、個人の成長や価値創造に繋がる

――働き方を変えることで、仕事に活かされる能力が身につくということはあるでしょうか?

伊藤:私自身の個人的な経験になりますが、以前『ゼクシィ』で編集長をしていた時に、育児と仕事を両立していたんです。出産前も編集長として働いていて、残業もしていましたが、いざ子どもを産んで育てるとなると、定時までの限られた時間で働くことになりました。働き方を大きく変えて、定時に帰って家事と育児をして……という時間を過ごすなかで、それまでの働き方をしていたら思いつかないようなアイデアや企画を少しずつ出せるようになりました。

折しもちょうどその頃、「去年と同じことをやってもカスタマーから同じような支持が得られるとは限らない」と感じていました。たとえば、ヒット作にしても去年と同じヒット作を再度出すだけでは効果が落ちていく。その流れのなかで、「これが欲しかったんだ!」というような企画や商品の価値が求められているんだということを、ひしひしと感じていたんです。自分が働き方を変えたときに、これまでになかった視界が生まれ、自分なりに発見があった。そうした自分の実体験を踏まえても、ワーキングマザーだけではなくて、みんなが変わることで新しい世界が見えるんじゃないか、時間や場所から解放するだけじゃない、何かもっと新しい価値の生み出し方を考えられそうな予感がしています。

――働き方の変革が個人の成長につながり、ひいては価値創造につながるという、理想的な流れができるということですね。

伊藤:そうですね。なかには、自己投資として大学院に通っているメンバーもいます。まずは、個々のメンバーの行動に“+α”が生まれるような組織にしていきたいですね。

リクルートホールディングスのオフィス

オフィスにもフリーアドレス制のエリアが作られている

個々の目標を管理する「WILL・CAN・MUSTシート」とは?

――個の尊重を突き詰めると、ともすれば組織への帰属意識が失われてしまうのではないかという懸念も出てくると思うのですが、その点はどのようにケアされているのでしょうか?

栗﨑:リクルートには、「WILL・CAN・MUSTシート」という目標管理の仕組みがあります。本人が実現したいこと・ありたい姿(WILL)、今の自分の強み・弱み(CANとCANNOT)、それらを踏まえてWILLに近づくために今やるべきミッション(MUST)を上司とメンバー双方が記入し、共有するもので、半期ごとに更新していきます。

WILL欄には、短期的なものから、2年から3年後にどういう自分になっていたいか、何をやっていたいか、という中期的なありたい姿を問います。では、各メンバーの強みをどのように活かして、そのWILLにつなげることができるのかを上司も考え、どんな支援ができるかということをフィードバックします。そのやり取りを通して、次のステップでCAN「できること」CANNOT「できないこと」を整理し、上司は強みを伸ばすために、そして弱みを克服するために何をするかを一緒に考えます。それを踏まえて最後のMUSTを決めていくのですが、これはリクルート全体に紐付く「ミッション」なので、営業であれば達成率や成績になりますが、これは各メンバーの「WILL・CAN」に接続していることになります。個人の成長と会社の目指す姿が紐付いているからこそ、どんな働き方であっても組織への帰属意識が失われないのだと思います。

リモートワークの導入には「従業員の疑問や課題をオープンに」

――最後に、「リモートワークを導入したいが不安がある」という企業にアドバイスをお願いできますでしょうか?

伊藤:業種や職種によって、また、従業員一人ひとりによってベストな働き方というのは異なると思いますので、常に目的に立ち返りながらメンバーとの対話を重ね、仕組みを作っていくことが大切なのではないかと思います。

弊社では、現在「働き方変革プロジェクト」というサイトをローンチしていて、社内外に向けて現在進行形で見直している件、検討中の件なども公開しています。たとえば、もともとリモートワークをする場所について明確に定めていませんでしたが、「仕事をする場所は海外でもいいの?」とか、「他部署の人の出社状況がわかりにくい」など、運用してみて出てきた疑問やわかってきたこともあり、従業員から上がった声に対して、皆でどのように解決策を考えてきたかといったことを、可能な限りオープンにするようにしています。

弊社としても、リモートワークを導入して終わりではなく、これからもメンバーたちの声を聞きながら、改善に向けた見直しを測り、それぞれが柔軟な働き方を実践できるよう、皆で新しい働き方を創っていきたいと考えています。

末吉陽子

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