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大手通信キャリアに勤める沼田尚志さんは16歳のとき脳梗塞で倒れ、19歳まで寝たきりの生活を余儀なくされます。意識が戻った後、右半身不随になった沼田さんは「使えない右半身のことで悩むのではなく、残された左半身にできることを考えよう」と考え、自らの長所を活かす方法を模索し始めます。

一念発起し、今では「障害は逆にモテる」と豪語する沼田さん。クリスマス3日前からクリスマスまで全て違う女性とデートをしたという経験をもつ彼に、話を聞きました。

大病の結果、右半身不随に

――10代の時に大きな病気をされたと聞きました。その当時のお話を聞かせていただけますか?

沼田尚志さん(以下、沼田):16歳のときに脳の病気をして、19歳まで3年間意識不明でした。奇跡的に目が覚めたのはいいけれど、右半身が麻痺したまま動かなくなってしまって。

さあこれからどうやって生きていこうと考えたときに「きっと自分にとって右半身が動かないということは大きなマイナスになるだろう。でも、使えない右半身に目を向けるより、残った左半身やほかにできることで障害を上回る魅力がある人生にしたい」と思ったんです。

――欠点を隠すよりも長所を活かすということですね。とはいってもやはり人間って短所が気になる生き物。気持ちをシフトさせたきっかけはなんですか?

沼田:その前から意識していたとは思うんですが、明確になったのは社会人1年目でした。大きな企業に入ることができましたが、会社の同期や先輩は有名大学を出た優秀な人たちばかりなんです。

入社当時はその中で目立とうと努力しましたが、僕は調整義務とか上司への報告とか社会人の基本みたいなことがすごく苦手で。優秀な人たちは、そういったことがとても得意なんですね。僕はその分野でどうあがいても勝てそうにないので、そっちで頑張るのを諦めました。

周りと同じことがうまくできないからダメ、とがんじがらめにならず、自分が持っている長所を伸ばしたらいいんじゃないかと考え始めました。その「長所」の中に、障害を抱えているから“目立てる”という部分があると考えました。

「障害を持っている人は、みんないい人だ」という勝手な思い込み

沼田:僕は最初営業に配属されました。営業って、自分の“魅力”でものを売る仕事なんですよね。僕は車椅子にのっているわけではないんですが、足を引きずってしまうし、右手は動かないので、やっぱり気付かれるんです。

そこで、お客様から遠慮がちに「どうしたの?」って聞かれるわけです。僕はそれを聞いて「チャンスがきた!」って思うんですよね。障害の話をすると、みんな興味を持って聞いてくれます。3年寝たきりだった男が奇跡的に意識を取り戻して自分のもとに営業しにきてるって、どう考えても面白いじゃないですか。

障害を持ってる人に、世間の人はすごく優しいんです。「障害を持っている人は、だいたいみんないい人だ」っていう勝手な思い込みがある。逆差別だって傷つく人もいるかもしれないけど、僕はそれすらも武器にしてしまおうと思いました。障害話をフックに決められた契約はけっこうあります。

親しくなった営業先のお客様から、高価なスーツをプレゼントしてもらったこともあるんですよ! もちろん丁重にお断りしましたが、意味わからないですよね、あっちがお客さんなのに、僕がよくしてもらってるっていう(笑)

フックをたくさん作って、相手をパニックに

沼田:これは、誰でも応用できる話だと思うんですけど、「フック」を作るのってすごく大切だと思っていて。

「右半身動かない」っていうフックに飽き足らず、たくさんフックを作りました。

例を挙げると、社会人2年目にいい時計を買ったんです。70万円くらいするものを。企業の社長さんは時計好きな方が多いので「お前いい時計してるなー」って褒めてくれて、そういうところから営業トークが始まることもある。

いい時計なんですよ、って差し出す腕は障害で動かないわけじゃないですか。それに気づくと、相手はパニックになるんですよ。「話のフックがありすぎる!」って。何十万もする時計している、右半身動かない。よく見ると、靴もいいものを履いているな、どこから突っ込めばいいんだ、この子意味わかんないなって。

当時購入した時計。動かない右手につけられている

当時購入した時計。動かない右手につけられている

――自己アピールって「私のことを分かって下さい」がベースにあると思うんですけど、「この人のことよく分からない!」って思わせるのって非常にインパクトがあるし、戦略的ですね。

沼田:そうやって話を深めて、とけあえばとけあうほどお客さんと仲良くなって商談がうまく進むことが多かったです。

「女の子と目が合った」「今日は会話が出来た」からステップアップ

――学生のときはとにかく毎日女の子を口説いていたと伺ったんですが、一体どのようなことをしていたんですか?

沼田:病気をしてから目覚めて大学に入るまでの間、友達とカラオケに行ったことも、周りの人とろくに会話もしたことも一切なかったんで、いわゆるコミュ障みたいな感じだったんですよ。

とにかく女の子と喋りたいなと思って勇気を出して近づいて、PDCAサイクルを回すみたいに「今回あそこがよくなかったから、次回は改善しよう」と毎日改善して、実践していました。

――とは言っても男女関係においてアクションを起こすのって勇気が要るし、リスクもあるし、言葉で言うほど簡単ではないですよね。

沼田:病気をしたことも影響しているんですけど、僕にとってはたとえば「今日も朝起きられた」とか「今日も学校に行けた」でも十分成功した、ハッピーなことなんですよ。要は成功に対するハードルが低いんです。

次いつ病気が再発するか分からないから、すごく単純なことでも幸せを感じるんですよね。女性とデートするまで行かなくても「今日も女性と目が合った」「女性と話せた」レベルでも大成功なんでそこから少しずつステップアップした感じです。

「障害者と恋愛する私」というロミオとジュリエット効果

――沼田さんにとっては勇気を出すことはリスクよりもリターンが大きいってことなんですかね。ただ、クリスマス3日前からクリスマスまで毎日違う女性と会っていたというのはそれには収まらない話なのでは……?

次から次へとやってくる女性は沼田さんの何を見て選んだと思いますか?

沼田:すっごくイヤな感じにとられてしまうかもしれないけど、「ロミオとジュリエット」感だと思いますよ。「彼を分かっているのは私だけ」みたいな。

――それはたとえば…。

沼田:当時は杖ついて歩いてたんですね。杖ついてる男の子と歩くのは結構勇気要りますよね。車イスに乗っていた時期もありましたし。女性は「それを受けて入れている私」みたいな気分に浸れるのかもしれない。あくまで予想ですが。

男女逆ではありますが、その当時、車椅子の常盤貴子さんと木村拓哉さんが恋愛する「ビューティフル・ライフ」がブームになっていました。その世間の雰囲気は完全に追い風になっていたと思います。ドラマティックな恋愛っぽいじゃないですか。女性はそういうのが好きですよね。

【後編はこちら】「“障害者”は一枚岩ではない」 当事者が語る、世間の目とのギャップ

真貝友香

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