戦後日本の酪農の多くは、「食の洋食化」に伴う大型需要に応えるために、雌牛を牛舎からほとんど出さないまま、妊娠→出産→搾乳→妊娠…を繰り返させるようになった。人工授精のため、雌牛はタネを選べない。

そんな「ふつう」の酪農とは異なり、牛舎を設けず、完全自然放牧で牛を育て、雌牛と雄牛が恋するタイミングを待ち、授乳期に子牛に与える乳を少しだけ人間に分けてもらうというスローな酪農家が、島根県邑智郡にいる。

シックス・プロデュース有限会社の洲濱正明さんだ。

季節によって味が変わる

「四季のめぐみ」

――御社の販売している牛乳ブランド「四季のめぐみ」を飲んだ後に、コンビニで売られている牛乳を飲んでみたら、水っぽい印象を受けたんですが、なぜでしょう?

洲濱正明(以下、洲濱):「四季のめぐみ」は、買う時期によって色も味も微妙に違うんです。うちは牛舎がなく、牧場でも牛をつながないまま放っておいてるので、青々とした草を食べる春や夏だとβカロテンを含んだ黄色がかった色の乳になります。牛は牧場内を自由に動き回れるので、水分の多い草花を好きなだけ食べて、活動が活発な季節だと脂肪分も少なくなります。

秋や冬だと、発酵した干し草を与えるので比較的白い乳になり、春や夏に飲む時より濃く、甘く感じるかもしれません。放牧をすると草や土の栄養が牛の体に入るので、脂肪以外のミネラル分や最近流行りのオメガ3などの機能性の高いものが乳に入ってくるんですね。逆に、青草を食べさせないと、βカロテンやビタミン類が不足がちの乳になります。でも日本は「牛乳の脂肪が高い」かどうかが価値基準ですので、脂肪以外の栄養が有ろうが無かろうが関係ないですけどね。

妊娠は、牛が「恋」をするまで待つ

――そういえば、栄養分を足して売ってる牛乳もありますね。放し飼いの場合、人工授精で妊娠させないのですか?

洲濱:創業以来、12年間、してません。今は雌牛が23頭、雄牛が2頭いますが、自然交配で妊娠し、生まれた子牛が飲む乳を分けてもらってます。

自然放牧だと人がメス牛の発情を発見することが難しいので、人工授精をしようとしてもなかなか子どもが出来ないことがあります。雌牛は毎月排卵期があるので、そのタイミングで交配できますが、雄牛の体調も良くないとダメですし、雌牛に認められなかったら雄牛は一生役立たずのままです。

牛を牛らしく育てるために、大事にしていること

――牛舎缶詰方式より、完全自然放牧の方が、牛は長生きできそうですね。

洲濱:放牧の場合、足腰が鍛えられますので、足腰の病気は少ないです。それでも年間1,2頭は、斜面や濡れた地面に足をすべらせたり、若い子牛が“お局”の雌牛からいじめられて亡くなることもあります。人からのストレスは少ないかもしれませんが、牛社会や自然環境からのストレスは多いかもしれません。牛舎飼いと放牧酪農、どちらが良い悪いはないと思います。

もっとも、短い期間でたくさん搾乳するか、長い期間をかけて少量とるか。考え方の違いで牛の飼い方も変わってくると思います。私はたまたま放牧酪農と出会い、日本の四季を利用して牛を牛らしく育てたいなと思ったんですね。僕はあくまでも牛のサポーターなんです。だから、家畜福祉の概念を取り入れ、牛を「感受性のある生命存在」としてとらえたい。

1:自分自身の取り巻く環境を認識している
2:感情的側面をもっている
3:自分自身に何が起きているかを認識している
4:経験から学習する能力を持っている
5:肉体的な感覚、つまり痛み、熱さ、寒さ、飢え、乾きなどを認識している
6:他の動物と自分自身の関係を認識している
7:異なった動物や物体、状況間を選択する能力を持っている

という7つの点を大事にするということです。

そのために、

1:飢えと乾きからの自由
2:不快からの自由
3:痛み、傷、病気からの自由
4:「通常行動」への自由
5:恐怖や悲しみからの自由

という「5つの自由」を追求する責任があると考え、会社の公式サイトにも明記しています。

――それでも、牛の恋のタイミングを待ってて、商売は回るんですか?

洲濱:創業当初は牛乳ばっかり集中して売っていましたが、今日ではアイスクリームやソフトクリーム、プリンなど乳製品の加工販売の利益が大きいです。店頭に卸すだけでなく、ネットショップでも販売していますから。それ以外にも、オーガニック食材や地域の厳選果物や野菜食材を使ったお菓子工房やカフェをやったり、食と農の講演やセミナーを開催しています。最近は、小さいお子さんを連れて牧場を訪れる若い夫婦もいたり、夏にはジェラート作り体験や牧場見学を予約制でやってます。

10年以上前は過疎化が叫ばれた島根も、最近は牧場や農場のあるところには若い人たちが移住してきてます。珈琲屋を始める人もいれば、農業を始める人がいて、自治体が用意した移住者向けの住宅も足らなくなってきているようです。

“牛乳の文化”を押し上げたい

――今後の夢は何ですか?

洲濱:これまでは自然放牧を中心にやってきましたが、今は少しずつ契約牧場を増やしてます。同じスタイルでやってくれる方を増やし、牛乳文化を押し上げていきたいです。

自分がこだわる作り方で牛乳を作ろうとすれば、植生の違いによって全国各地で味の違う牛乳ができるはずです。独自で良い牛乳を作っている農家がたくさんいるので、野菜を産地で選ぶみたいに「生産農家」で牛乳を選べるようにしたいですね。

■関連リンク
シックス・プロデュース

今一生

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