アイドル戦国時代と言われて久しい今、ありとあらゆるジャンルのアイドルが日々凌ぎを削っています。ご当地アイドルや、地下アイドル、芸能活動以外の肩書きをもつ○○アイドルなど、個性的な面々が揃う中、ひときわ異彩を放つのが「養豚」を経験するアイドル、小林礼奈さん。

かつてはものまね、グラビアなどの活動を行っていた礼奈さんは、一昨年、芸能活動を休止し、小さい頃から大好きだったブタの世話をするために養豚場で働き出します。

現在、芸能活動を再開するかたわら養豚場での仕事も続けている小林さんに、その経緯や養豚場での日々についてお話を聞きました。

生まれて半年で殺されてしまうブタ

小林礼奈さん

小林礼奈さん

――まず、養豚場で働くようになったいきさつについて教えてください。

小林礼奈さん(以下、小林):小さいときから母親が食育的な意味でブタなどの家畜が屠殺される動画を見ているのを一緒に見ていたんですね。成長してからも、悲しいことやツライことがあるとそういう動画を見て「こんなことで悩んでちゃダメだ、ブタはもっとつらいんだ」って思ってました。

人間は食べられる為に生きているわけではないし、楽しいことをたくさん経験して幸せに生きられるのに、ブタは生まれてから半年しか生きられないし、ソッコー肉にされちゃうし、って思うと、自分は人間に生まれてきただけで幸せなんだって、幸せになってきちゃったんです。

――ものすごくダイナミックな比較ですね(笑)。

小林:いつか殺されちゃうんだな、食べられちゃうんだな、と思うと胸が引きちぎられそうになって……いたいけな、愛おしいっていう気持ちに近いかな。

上京して間もない頃はブタに会いたいなと思うと上野動物園に行ってちっちゃい黒ブタを見ていたんです。だけど毎週のように動物園に通っていると気持ちが押さえきれなくなっちゃって。だから「養豚場で働くのが手っ取り早いんじゃないか」って考えるようになったんです。

――じゃあ芸能活動の前から養豚をやりたいという気持ちがあったということですか。

小林:ぼんやりと思ってました。芸能活動を一度やめたとき、何か自分の好きなことをやろうと思って、「そうだ、養豚やりたかったんだ、養豚場で働こう」って。

100軒問い合わせても採用してもらえない

――養豚場で働くことを決意して、どのような手順を踏んだんですか?

小林:100軒くらいの養豚場に電話かけたんですけど全部ダメで。農大を出てるわけでも資格があるわけでもないし、その当時は普通免許も持ってなかったので仕方ないんですけど。

――経営側としたら生半可な気持ちで来られたら困る、ってことでしょうか。

小林:芸能活動をしてたことを話すと「そんな華やかな世界にいた人がどうしてこんなところに来るの? やめておきなさいよ」って突き返されましたこともありました。

まず見せられたのはブタの交尾だった

小林:ただ、芸能活動をしている間にも電話をかけたところがあって、そこにもう一度電話したら、経営者のおじいさんが私を覚えてくれていて「またお前か! そんなにやりたいなら来い、そのかわりすごく臭い汚いし女の子は嫌だと思うから見てから決めなさい」と言われて。行ってみたら、すぐにブタの交尾を見せられたんですよ!

――最初からかなりハードなものを見せられましたね。現場の過酷さをつきつけたかったのか、引かせて辞めさせたかったのか……どういう意図だったんでしょう。

小林:ブタってブタ同士だけでは交尾できないんですよ。人間が介助しなくてはいけなくて、その様子を見て「面白い!私もいつか交尾を手伝いたい!」って思いました。

――その反応もさすがといった感じですが、養豚場で働いたことでやはりブタへの愛おしさは増したのでしょうか。

小林:働くまで、豚肉はスーパーでパックで売られているものしか見たことがなかったんです。だから実際働くときには自分がお母さんブタから赤ちゃんブタを取り出して、名前をつけて育てて、そして出荷するところまでやろうと決めたんですよ。

私にお手して、なついてくれていたブタが出荷されて殺されるところまで見ましたし、育てたブタを自分で食べるのも2頭やりました。ブタってもちろん食用だけど、育ててみると、人間やほかの動物とかと変わらない存在で、スーパーで出回ってるような肉にも一頭一頭、人生ならぬ「ブタ」生があって、そこから肉になっているんだと思うと、お肉を残せなくなったし、食べられないんだったら頼んじゃダメだって思いました。

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【後編はこちら】「発情するブタを育てたら、ファンを許せるようになった」 アイドルが養豚場に転職して得たこと

真貝友香

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