『故人サイト』著者・古田雄介さんインタビュー(前編)

飯島愛のブログは、なぜ死後も人が集まったのか ネット社会における死を考える

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飯島愛のブログは、なぜ死後も人が集まったのか ネット社会における死を考える

昔、後輩が亡くなったことがある。大学の後輩だった。訃報があったあと、当時流行っていたmixiの後輩のアカウントを見に行くと、日記のコメント欄などに追悼メッセージが書き込まれていた。その後、私は毎日のように後輩のアカウントを見に行ったのを覚えている。過去の日記を読み返したり、後輩が入っていたコミュニティの掲示板に何か書き込まれていないかを見に行ったりもした。すごく近しい間柄だったかというと、実のところそうでもない。けれど、確かに後輩はこの世からいなくなってしまっているのに、インターネット上には変わらずに存在しているのが不思議で、何度も見に行ってしまった。私だけでなく、後輩とmixiで繋がっていた人は、同じことをしていたのではないかと思っている。

著名人から一般人まで、ネット上に溢れる亡くなった方のサイトを集めて紹介した本『故人サイト』(社会評論社)を読んだときにまず思い出したのが、この後輩のmixiだった。本書で紹介されているサイトは103にものぼる。掲載にまで至らなかったものも合わせると、4桁を超える故人サイトを調べたのだという。ときに「不謹慎」と思われるこのテーマを、なぜ取り扱ったのか、また、亡くなった方のサイトからどんなことが見えてくるのだろうか。著者の古田雄介さんにお話を伺った。

故人のサイトは“半パブリック”なもの

――ご著書を拝見して、本の中で紹介されているサイトを実際に見に行ったのですが、惹き込まれると同時に、なんだかいけないことをしているような気持ちになりました。

古田雄介さん(以下、古田):背徳感がありますよね。

――はい。たとえがよくないかもしれないですが、いかがわしい本をこっそり隠れて読むような感覚と似ている気がしました。

古田:亡くなった方のサイトって、“半パブリック”なものだと私は思うんです。インターネットで世界中の誰もが見られる“パブリック”な側面と、全世界に向けて発信しているつもりなく個人が思うままに更新している“プライベート”な側面、この両方を持っている。半パブリックということは、半プライベートでもあるので、半分人のプライベートなことに足を突っ込んでしまっている分、惹かれながらもなんだかすみません……という気持ちになるんですよね。

――そうですね。まさに、やり場のない申し訳なさと後ろめたさと、それでも見てみたいと思ってしまう気持ちと……。

古田:もっとも、個人のサイトがどの程度パブリックなものなのかどうかの定義は、世間的にまだ線引きが曖昧なので、あくまでも私の考え方にすぎませんが。

故人の投稿に関するメディアの判断

――それに関して、最近(2016年1月末)だと、スキーバス事故の被害者のFacebookの投稿を新聞やテレビが勝手に使っていることに嫌悪感を持つ声がありました。

古田:それは正直な反応だと思います。新聞社としては、インターネット上に掲載されているものは“パブリックなもの”であるという判断をしていて、一方視聴者としては、何らかの形で関係者に断りを入れてほしいと感じてしまうんですね。昔はそういった報道で卒業アルバムを使っていましたが、そのときは亡くなった方の周囲に“卒業アルバム”を借りる、という行動があったからある種の納得感があり、特に苦情が寄せられなかったんですよね。

――亡くなった方のサイトを取り扱うのは、慎重にしないと、あるいは慎重にしたとしても「不謹慎だ」と感じる方が出てくる可能性がありますが、『故人サイト』を執筆するにあたってそこの葛藤はありましたか?

古田:常にありました。一応、私のスタンスとしては、サイトに連絡先が載っている場合は必ず連絡し、遺族や関係者の方からNGが出れば載せない。返信が特になかった場合はパブリック性を優先して掲載させていただく、としています。ただ、何かの拍子に、サイトの関係者が本に掲載されているのを見たら、嫌だと思われるかもしれません。そこは真摯に受け止めなければと思っています。

飯島愛さんのブログはなぜモニュメント化したか

――掲載したサイトの中で、特に印象的なものはどれでしょうか?

古田:印象的……、うーん、103つそれぞれ印象的なんですよね。典型例だったり、学ぶところがあったり、とかで選ばせていただきました。

――典型例だと例えばどれになるでしょうか?

古田:著名人のサイトだと、やはり飯島愛さんのブログでしょうか。サイトの主が亡くなったあと、サイトがモニュメント化するのは一つの典型例ですが、飯島愛さんのブログはモニュメント化したサイトとしては最高峰のものだと思います。訃報がメディアに流れた直後、追悼コメントを書き込むファンが押し寄せるわけですが、たいていは2週間くらいしたらコメントの量が落ち着いてくるんですね。ところが、飯島さんの場合は5年以上たっても一週間に10件、20件とコメントがついていました。

――そんなに長いこと追悼コメントが書き込まれ続けたのでしょうか?

古田:いえ、追悼ムードは次第に落ち着いていって、変わりに「愛さん、今日はこんなことがあったよ」とか、日常のことがよく書かれるようになりました。お墓参りをして、墓前に語り掛けるような感覚ですよね。昨年10月末、ご遺族の意向で閉鎖となりましたが、それまで止まることなく続いていたのは、あらゆる故人サイトの中でも異例のことでした。

――飯島愛さんのブログはどうしてそのような場になったのでしょう?

古田:一つは、芸能人ブログという特別枠のはからいにより、アメーバブログの運営スタッフがスパムコメントを定期的に削除してきちんと管理していたこと。もう一つは、おそらく飯島さんの、みんなの相談に親身になって乗ってくれそうなパーソナリティーです。自分の弱いところをさらけ出しても受け入れてくれそうな感じがあったから、亡くなった後もこれだけコメントを寄せる流れが定着したんじゃないかと思います。

【後編はこちら】死はインターネットで学べる 持ち主が亡くなった「故人サイト」が持つ引力とは

(編集協力:プレスラボ)

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