幼少時代バレエを習う人は多く、女の子の間では今でも根強い人気のお稽古。アラサーのみなさんの中にも「小さい頃、バレエ習っていました!」という人、けっこういるのでは?

ドキュメンタリー映画『Maiko ふたたびの白鳥』(2016年2月20日公開)は、東洋人で初めてノルウェー国立バレエ団のプリンシパルに抜擢されたバレリーナの西野麻衣子さんを追いかけたドキュメンタリー。大阪から英国のバレエ団へ羽ばたき、そこからノルウェーへ。プリンシパルとして活躍しながらも結婚、出産を経験した西野さんの4年間の歩みを映し出しています。
海外で活躍するバレリーナになるには、どんな覚悟がいるのか。西野さんに今の地位を獲得するまでのプロセスとノルウェーの働く女性への支援などについて語っていただきました。

バレリーナ・西野麻衣子さん

バレリーナ・西野麻衣子さん

中学卒業後、ひとりで英国へ

――ドキュメンタリーを見てまず驚いたのが、中学を卒業してすぐに英国のロイヤルバレエスクールに留学されますよね。まだ親元にいたい年頃だと思うのですが、なぜ英国だったのでしょうか?日本のバレエ団は?

西野麻衣子さん(以下、西野):6才からバレエを習い始めて、中学1年のときにスイスのバレエのサマースクールに参加したのですが、そのときヨーロッパの生徒たちと一緒にレッスンをして「私はヨーロッパでバレリーナになりたい!」と思ったんです。帰国してすぐに両親に伝えました。小学生のときは海外のバレリーナへの憧れだけだったけど、自分が実際に行って「ここしかない!」という思いが強くなり、憧れが現実に変わったんです。海外の先生にも「マイコはヨーロッパのバレエが向いている」と言われました。先生が言うには、私の体型、言葉よりも感情を優先するところなど、その表現が、日本よりもヨーロッパのバレエに合うと感じたそうです。

――西野さんが15歳で入学した英国ロイヤルバレエスクールですが、ここに入学するのは大変なのでしょうか?

西野:まずは書類審査とビデオ審査があり、通過した人が英国ロイヤルバレエスクールのオーディションに招待されるのです。私の母は働いていたので、ひとりでオーディションに行きました。あのときのことは忘れられないですね。日本から来ている子も海外から来ている子も、みんな家族やバレエ学校の先生に付き添われてきているんですよ。中には通訳をつけている子もいました。そんな中、私だけひとりぼっち。ひとりでホテルに宿泊をして、オーディション当日は、髪をお団子にして、ひとりでメトロに乗って……。寂しかったです。嬉しいことも悲しいことも、誰にも話せず、すべて自分ひとりで受け止めないといけないのが辛く、心細かった。でも「自分で決めたことだから!」と思いながら乗り越えました。

『Maiko ふたたびの白鳥』より

『Maiko ふたたびの白鳥』より

――まだ15歳でその決断と行動力、孤独に打ち勝つ力、すごいです! 言葉の壁はどうやって克服したのですか?

西野:言葉の壁はありましたよ。大阪の中学時代、私は英語の成績が全然ダメでしたから。先生に「あなた本当に留学するの?」と驚かれました(笑)。明るい性格なので言いたいこといって、わからないときは辞書を引くと言うことを繰り返していたのですが、やっぱりなかなか英語で自分の想いを伝えられなくて泣いたことも多かったです。お友だちに“なぜ泣いているの?”と心配してもらっても、その理由を英語で伝えられないのが、また辛くて……。でもルームメイトに救われました。フランスとイギリスの子だったのですが、たくさん話しかけてくれるんですよ。特にイギリス人の子は一生懸命英語を教えてくれて、彼女は私の英語の先生でしたね。外国人の子とルームシェアができたのが良かったのでしょう。日本人と一緒だったら、英語が上達しなかったかもしれません。

――西野さんは、いずれ日本に帰ってきて日本のバレエ団で……という考えはこれまで持ったことないのですか?

西野:まったくないですね。日本のバレエ団が合わないのではなく、ヨーロッパのバレエが好きなんです。日本で自分の踊りを見てほしい気持ちはとてもありますが、拠点はずっとヨーロッパでやっていきたい。

――そういえば、映画にはご家族もたくさん登場しています。西野さんはお母様の影響が大きかったようですが、ご両親もよく15歳で留学を許してくれましたね。

西野:父からは「高校を卒業してからにしたら」と言われましたが、ダメとは言われませんでした。母は私がどんなにバレエが好きかわかってくれていたので、すんなり受け入れてくれましたね。でも本当によく海外へ出してくれたと思います。バレエの先生方もサポートしてくださいましたし、人に恵まれました。自分ひとりではここまで来られなかった。母にはいつも言われます。「感謝の気持ちを持たないとダメだよ」って。私はノルウェーで結婚(ご主人はオペラハウスの映像と音響の総監督)をして、息子も授かりましたが、バレリーナと育児の両立も主人の協力あってこそですから。

ノルウェーは働く女性に万全のサポートがある

『Maiko ふたたびの白鳥』より

『Maiko ふたたびの白鳥』より

――ノルウェーでは働く女性へのサポートがしっかりしているそうですね。今ノルウェーで生活をしていて、どんな風に感じていらっしゃいますか?

西野:ノルウェーでは100%、女性は仕事と家庭を両立しています。それはパートナーの協力があるからです。子供が生まれたら夫婦で10カ月の育児休暇を取り、男性は必ず3ケ月は取らないといけないんですよ。もちろん有給です。ママになっても働くのは、こちらでは当たり前のことなのでサポート制度ができているのですね。映画でも描かれていますが、私は「白鳥の湖」での復帰を決めて、育児休暇中からトレーニングを開始したので、夫は5カ月の育児休暇をとって助けてくれました。舞台の前の日はちゃんと睡眠が取れるように、ひとりで寝かせてくれますし、最高の理解者です。

――うらやましい。日本は働きながら子供を育てる環境がまだまだ整っていないと感じます。

西野:女性って凄く強い存在だと思います。子供を産めるのは女性だけ。男性にはできないことなんですよ。男性から学ぶこともたくさんありますが、もっと女性を輝かせる日本であってほしいと思う。

――母になって、バレリーナとして気持ちの変化はありますか?

西野:出産はバレリーナとして大きな経験でした。重い1ページを開いたな……と実感しています。復帰はバレリーナとしてのキャリアの再スタート。だから復帰作の「白鳥の湖」が成功したのは大きな自信になりました。舞台のあと、帰宅して、息子の寝顔を見ると本当に元気がもらえるんですよ。母も3人の子供を育てながら働いていたので、こういう気持ちだったのかなと。母になって母の気持ちが理解できるようになったと感じます。

『Maiko ふたたびの白鳥』より

『Maiko ふたたびの白鳥』より

映画で描かれるのは“一人の女性の生きざま”

身長172cmと高身長で手足がとても長く、まさにバレリーナになるために生まれたような西野さんですが、今のプリンシパルの地位に至るまでに並々ならぬ努力がありました。またひとりの女性として、妊娠、出産を乗り越えて復帰する姿は、必ず働く女性の心に響くはず。この映画は“バレリーナ西野麻衣子”だけでなく“海外で挑戦し続ける、一人の女性の生き様”が、映し出されているのです。

■公開情報
映画『Maiko ふたたびの白鳥』
公式サイト
公開:2月20日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

西野麻衣子(にしの・まいこ)
大阪生まれ。6才からバレエを始める。橋本幸代バレエスクール、スイスのハンス・マイスター氏に学び、1996年、15歳で英国ロイヤルバレエスクールに留学。19歳でノルウェー国立バレエ団に入団し、25歳のときに同バレエ団東洋人初のプリンシパルに昇格。同バレエ団永久契約ダンサー。私生活ではノルウェー人のご主人ニコライ氏と息子のアイリフくんと3人暮らし。

斎藤香

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