日本には、「戸籍」がない人が1万人以上いることを、あなたは知っているだろうか。「戸籍がない」ということは、基本的には、日本に存在していない人間ということだ。入学もできない、パスポートはおろか運転免許さえとれない、健康保険証がないから病院にもかかれない、もちろん結婚もできない。もしも無戸籍の人が出産したら、その子まで無戸籍になってしまう。こうしたことが日本のあちこちで起こっているのだ。

そして、それを解決しようと立ち上がったのが、「民法772条による無戸籍児家族の会」代表で、元衆議院議員の井戸まさえさん。井戸さんは今まで13年間、1000人以上の無戸籍者とその家族を支援してきた。自身が産んだ子も、一時期、無戸籍になるという体験をしたこともある。そして刊行した『無戸籍の日本人』(集英社)は高い評価を受けている。

戸籍は「あって当然」のもの?

井戸まさえさん

井戸まさえさん

――テレビ等で、無戸籍者のことは聞いたことはありましたが、これほど大変な状況にあるとは思いませんでした。

井戸まさえ(以下、井戸):戸籍って、つまり親が出生届を出せばできるものだから、本人は気づかないうちに「あって当然」なものなんですよね。逆に言えば、出生届を出さなければ戸籍はできないから、いつの間にか「いるのにいない人」になってしまう。下手すると犯罪に巻き込まれたり、犯罪者として生きていったりすることになるかもしれない。でも足がつかないんですよ、戸籍がないから。

私自身、自分が経験するまでは無戸籍の問題は知らなくて、もし自分の経験がなければ多くの人たちの反応と同じように、「何があっても、出生届くらい出せばいいのに。どうにかなるはずじゃないの?」と思ったでしょうね。でも、自分ではどうにもならないことを経験して変わりましたね。

「300日ルール」で無戸籍に

――井戸さんの場合、どうしてお子さんが無戸籍になってしまったんですか?

井戸:私は前夫との離婚の際、長い別居期間があり、調停離婚をしたんです。8ヶ月後に再婚、出産したんですが、その子が早産だったために、いわゆる「300日ルール」、「離婚後300日以内に産まれた子は、前夫の子と推定するという民法第722条にひっかかってしまったわけです。私の場合はDV等で離婚したわけじゃないけど、それでも前の夫とはずっと調停を続けていたこともあって、もう連絡をとりたくなかった。それで裁判を起こして1年がかりでようやく子どもの戸籍を手に入れることができました。

――無戸籍になってしまうのは、その300日ルールにひっかかる人が多いのでしょうか。

井戸:そうですね。300日ルールにひっかかるのが7割くらい、2割くらいがネグレクトで、たとえば出生届を出す意識がない、父親が誰だかわからないから出せないなどがあります。あとは少数派ですが、戸籍制度に反対しているとか心身に問題があって出せずにいたとか……。

明治時代の法律は現実的でない

――この722条は明治29年に作られたものですよね。

井戸:ええ。だから、現実に即してないんですよね。当時は子どものためとされていましたが、今の時代、DNA鑑定をすればすぐに誰の子かわかる。今、300日ルールがある意味がわかりません。このルールにひっかかった人は、前夫に連絡をとって、前夫が自分の子でないと証明する必要がある。だけど、DVで命からがら逃げてきた人もいるし、そうでなくても前夫と連絡をとりたくない女性も多いんです。

――女性は不自由ですね。

井戸:そうなんです。一方で、未婚で出産した場合は、出生届の父親の欄が空欄でもかまわないという現実があります。再婚して子どもが生まれると空欄というわけにはいかない。つまり、この国では結婚をずっと維持して出産した女性がいちばん上で、次が未婚で産む母、離婚して再婚した女性がいちばん下という妙なヒエラルキーができているように思います。

私は、とにかく子どもが生まれたら「登録」をすればいいと思うんです。それによって行政上のサービスはすべて受けられるようにする。あるいは、離婚届に「この男性の子を妊娠していない」とか「離婚後に産まれる子は自分の子ではない」とか、チェック欄を設けたっていいんじゃないでしょうか。無戸籍の子になるより、そのほうがよほどいいですよ。

結婚直前に無戸籍だとわかることも

――今まで1000人以上の無戸籍者やその家族とかかわってきて、印象に残っているケースはありますか?

井戸:どなたも印象深いんですが、やはり初期のころ相談に乗った方たちでしょうか。小学校4年生まで学校に行っていなくて家で勉強をしていた人がいるんですね。4年生から学校に入れることになって、学校側は彼女の学習能力がわからないから1年生に入れるわけ。でも、無戸籍の人たちって独学でけっこう勉強しているんですよ。だからすぐに4年生になれた。そして成人して結婚したいと思う人ができて、さあ明日は結婚式だというとき、親に初めて「あなたたちは結婚できない」と言われたと。

――驚いたでしょうね。

井戸:結婚するまでわからなかったという人は珍しくありません。

――戸籍がなくても住民票を出してもらえるケースは増えているのでしょうか。

井戸:これもね、自治体や担当者によって対応が違うんですよね。親身になってくれる担当者にあたればいいんですが。

戸籍がないまま大人になってしまったら

――実際、無戸籍の人たちにかかわってきて、井戸さんがむずかしいと思うのはどんな点ですか?

井戸:戸籍がないまま大人になってしまった人たちは、ある意味で自分の存在を消すようにして、偽名を使ったりしながら生きてきたわけです。それがうまくいけばいくほど、いざ戸籍を取得しようとしたときに、何の証明もないということになりがち。

戸籍がなくて、学校にも行かず、親が誰かもわからず、友だちもいない。そういう人が実際、この世にいるわけですよ。自分が誰かがわからない。本名さえわからないような人が。そうなると、なんとか支援したいと思っても、本人の気持ちが萎えてしまうことがある。これまでの人生でも、きっと相当傷ついてきたんでしょう。戸籍取得に向かって、さらに傷ついてしまうのは一緒にやっていてもせつなくなりますね。

相談したら、人生は開ける

――それでも、無戸籍の人には相談に来てほしい、声を上げてほしいと思いますか?

井戸:思います。きっと解決できる道はあるはず。解決したら、違う人生が開けていきますよと声をかけたいですね。

『無戸籍の日本人』の中には、当事者としてさまざまな男女が出てくる。そして、無戸籍の人を生み出してしまった家族も……。その裏には、愛憎に満ちた男女関係や、家族崩壊の現実も見え隠れする。

「戸籍」という昔ながらの家制度に支配されたシステムは鬱陶しい。だが、この国では、その戸籍がなければ透明人間になってしまうのだ。「存在しない人」として生きていくことがどういうことなのか、このノンフィクションは大きな問題提起をしてくれている。

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(亀山早苗)

亀山早苗

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