映画『サウルの息子』 ネメシュ・ラースロー監督インタビュー

仲間をガス室に送れば、生き延びられる―アウシュビッツ映画『サウルの息子』が描く“この世の地獄”

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仲間をガス室に送れば、生き延びられる―アウシュビッツ映画『サウルの息子』が描く“この世の地獄”

この映画はかなり強烈だ。描かれるのはいわば地獄。観客を絶滅収容所の壮絶な渦中へ突き落とし、そこで巻き起こるたった一日の出来事をまざまざと見せつけるのである。

物語は唐突に始まる。ユダヤ人のサウルは収容所で“ゾンダーコマンド”という仕事に従事している。それは同朋をガス室に追いやり、迅速なる死体焼却、衣服の処分、ガス室の清掃、遺灰の廃棄を任された人員のこと。この役目を担うと、その間だけ僅かながら長く生き延びることができるのだ。干上がっていく人間性。思考停止となり、機械的になっていくあらゆる行為。そんな中、サウルはある日、息子とおぼしき少年を見かけ、その遺体に触れるや「この子を埋葬しなければ」という強い感情をほとばしらせる……。

本作はカンヌ国際映画祭で最高賞の次点にあたる“グランプリ”を獲得。ゴールデン・グローブ賞にて外国語映画賞を獲得し、アカデミー賞においても同部門オスカー最有力候補と目されるなど、賞レースを賑わせる存在となっている。

手がけたのはユダヤ系ハンガリー人のネメシュ・ラースロー、38歳。インタビュー・ルームのドアの向こうに待っていたのは、初対面の人とは自ら進んで目を合わせようとはしない、シャイでナイーブな人物だった。そんなラースロー監督に、この初監督作へ込めた想いを伺った。

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地獄の淵で生存するのを許された人々

――映画を拝見し、いまだ言葉が見つからない状態です。収容所を巡る映画は数多くありますが、“ゾンダーコマンド”という役割に焦点をあてることで、全く異なる語り口を獲得していたように思えます。

ネメシュ・ラースロー(以下、ラースロー):これまでホロコーストを描いた映画には幾度も失望してきました。中にはサバイバル物やヒーロー物のような印象を与えてしまう作品さえありますよね。

私はこの題材を物語るにあたり、文明社会が自身を破壊に導いてしまうそのプロセスを描きたいと思いました。人間性を失った危うい社会システムの案内役、それがゾンダーコマンドなのです。

彼らはいわば、地獄の淵で生存することを許された特殊な人々。すぐに死にゆく収容者たちとは違い、肉体的でなく、精神が破壊されていく極限状態に見舞われた人々ともいえるでしょう。そんな彼らが一体どう生きていたかを克明に描くことで本作の存在意義が際立つと思ったのです。

映画『サウルの息子』より

映画『サウルの息子』より

――ストーリーも極めて特殊です。“たった一日”という恐ろしく短い期間に焦点が当てられていますね。

ラースロー:ええ、時間的にも空間的にも果てしなく延々と広がる収容所を、まるで鍵穴から覗き見るようなイメージで描きたいと思いました。全てを盛り込むとメッセージ性がぼやけてしまうもの。あえて物語を一日に限定したほうが、そこにほとばしる感情を深く伝えられる気がしました。

――主人公サウル役の俳優さんにとっても過酷な取り組みだったと思います。一体どのような演出されたのでしょう。

ラースロー:主演のリーリグ・ゲーザは、俳優のみならずニューヨーク在住の作家であり、詩人でもあります。かつてはパンクバンドを率いたり、教鞭をとったりもしていました。

今回のサウル役のキャスティングは非常に難航したのですが、彼と出会ってからはその悩みも消えましたね。彼は私生活や性格、普段の行動にもどこかサウルっぽいところがあり、自分の世界にこもってしまうような雰囲気の持ち主です。その確固たる信念でサウルという人間を本能的に、極めてナチュラルに演じてくれたので、私としてもほとんど口を出すことはありませんでした。

感情が干上がる高温状態が続く作品

――本作の特徴の一つに“長回し”があります。その準備や複雑な動線に至るまで、かなり難易度の高い撮影だったのではないですか。

ラースロー:そうですね、冒頭のシーンや水の中に入っていく中盤、そしてクライマックスのシーンなど、あらゆる場面が私にとって難しさの極みでした。そのような中でも心がけたのが、観客に“難しく撮られたもの”と思わせないように撮る、ということです。観客が技巧的なところにばかりを意識してしまうと本末転倒になってしまいますから。

――いま、水という言葉が出ましたが、私が興味を惹かれたのはエンド・クレジットです。まず最初にレクイエムのような物悲しいメロディが流れ、それが終わると今度は、ずっと水の滴り落ちるような音色が連なっていきます。監督はこの部分にどのような思いを託されたのでしょうか。

ラースロー:そこに気づいてもらえて嬉しいです。私としてはあの演出でひとつのコントラストを表現したいと思いました。

この映画は全体がとてつもない火のイメージに覆われています。死体を燃やし、家屋が燃え、銃口が火を噴く。すべての感情が干上がってしまうほどの高温状態が続きます。それらに対する私の本能的な部分において、火があったら併せて水、というような意識が働いたのです。

――人類の“涙”でもあるのかな、と感じたのですが。

ラースロー:ええ、そのような解釈もあるかもしれません。人によってはあの雨を涙、あるいはすべてを鎮火する水と捉える向きもあるでしょう。でも作り手の私がここで解釈について口にしてしまうと、意味が限定されてつまらないものになってしまいますから、やめておきますね。

本作で描かれる世界は、すごく曖昧でぼやけたものです。フォーカスが合っていなかったり、そもそも現実か夢なのか、主人公が狂っているのかどうかさえ判然としません。そんな世界観の中で、“火と水”のイメージはそこに一つの明確な枠組みを形作るといいますか、映画の句読点のような役割も果たしていると思います。

ネメシュ・ラースロー監督

ネメシュ・ラースロー監督

“あの世の地獄”となってしまってはいけない

――出演者やエキストラの数も相当な規模であったことが伺えます。ピントがぼやけているなどして全体像がなかなか把握しにくいのですが、実際にはどれくらいの規模だったのでしょうか。

ラースロー:そうですね、400人ほどはいたと思います。一般的な映画のエキストラだと適当にその辺を歩いているだけでOKになることも多いですが、しかし本作でそんなことをやればすべてが台無しになることは明白でした。

そのため私の友人にエキストラの演出を担ってもらい、ひとりひとりに明確な指示を与えました。たとえ焦点がぼやけている場面でも、誰がどこで、どのように動いて、どこへ向かうといった部分はすべて細かく決められていたわけです。そうやって見えていない部分も手を抜かずに作り込むことで映画のリアリティが高まりました。

――これほどの収容所の絶望や地獄を描くにあたり、スタッフやキャストが光を見失わずにゴールへと向かうために、常に確認し合っていたこと、共有していた思いなどがあれば教えてください。

ラースロー:その点に関しては、スタッフに全幅なる信頼を寄せていました。彼らなら光を見失わずやってくれるだろうと。それが全てです。

その上でひとつ付け加えたいのは、これが決して“あの世”ではなく、“この世”の話だということ。特定の時代、特定の場所に広がっていた、紛れもない現実の光景を描いているわけです。ですから、決して“あの世の地獄”に陥ってしまってはいけない。私たち作り手は、そのことを常に肝に銘じて撮っていく必要がありました。こういった表現すべきビジョンを徹底し、共有することも非常に重要でしたね。

――最後にお聞かせ下さい。監督は幼少期をパリでお過ごしになられたそうですね。このインタビューは同時多発テロが発生した4日後(2015年11月17日)に行われており、ご自身も深い悲しみを感じておられる最中だと思います。監督はいま世界で起こっていることをどのように受け止めていますか?

ラースロー:人類や文明社会はその歴史の中でどうしても破滅や自殺行為に向かって突き進んでしまう側面があるようです。これは何もナチスやISに限ったことではありません。イデオロギー上の名目で何万という人が粛清されたり、今なお宗教上の対立によって多くの罪もない人々が殺されたり……。

人間はその内側に恐るべき強暴性、凶悪性というものを抱えています。20世紀においてはそれが第二次大戦下、とりわけナチスの戦争犯罪において大きく発露したわけですが、今回のパリ同時多発テロにはそれと同等の空気、危うさといったものを感じずにいられません。我々はこの先、強暴性や凶悪性のうちに自滅しないためにも、歴史上の負の遺産をトラウマとして抱きしめて生きていくべきなのではないでしょうか。

(牛津厚信)

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