日本中の誰もが知っている『サザエさん」』。今年でテレビ放送48年目となり、世界一の長寿アニメ番組としてギネス世界記録にも登録されています。

三世代同居の大家族、夫は会社で働き妻は専業主婦という家族形態は、長く日本の家庭のスタンダードでもありました。しかし、1960年には3割を超えていた三世代同居の世帯も、今は1割まで減少。代わりに増加したのは単身世帯で、その割合は3割に達しています。

ウートピ世論アンケートで「サザエさんのような家庭は理想的」と答えた人はわずか25%でした。現代の人々の家族観はどのように変化しているのでしょうか。

【アンケート】あなたにとってサザエさんのような家庭は理想的?
※サンプル数:2086人(1月11日現在)
※ウートピ世論調査結果より(投票結果はコチラ
※回答はわかりやすいよう一部表記を変更しています/すべてのコメントはウートピ世論をチェック

サザエさんのような家族像は理想?

<アンケート結果>
「理想的」・・・・・24%
「そうでもない」・・・・・76%

理想とする人は「大家族」にメリットを感じる

少数派となった「理想的」の意見。コメントには、大家族のメリットについて語る声が目立ちました。

・核家族は不便すぎる。三世代で助け合う家族が羨ましい
・実際に、2世帯3世代にわたる家族の中で育ちました。緊急事態に安心して気兼ねなく子どもを預けられる環境が身近にあるのは、やっぱり助かると思います。相手の親との同居もありだと思います

地域社会や世代間の繋がりが希薄になりがちな現代では、育児で孤立する母親の存在が問題になり、「弧育て」と言う言葉も新たに生まれています。

・だんなが仕事で忙しく、いつも娘と二人が多いので、単純に大家族はにぎやかで楽しそうでうらやましい

というコメントには、共感する人も多く集まっていました。

「人が多すぎると疲れる」との意見も多数

一方、「そうでもない」の回答の方では、人間関係について述べている意見が目立ちました。

・毎日家族中に監視されてるみたいで、息苦しそう
・サザエさんの家で嫁をやれる自信がない。人が多すぎてうざい
・あんなに沢山の人が身の回りにいると疲れる

最近では「人間関係が苦手」、「1人で過ごす時間を大切にしたい」と思う若者が増加傾向にあるといいます。サザエさん一家が理想的に思えないのは、人と人との距離感の変化が根底にあるからではないでしょうか。

厳格な父親像を拒絶する意見も

父親の波平については、こんな意見も。

・波平が気分でカツオを怒るイメージしかない。勘違いで怒鳴って謝りもしないこともあったと思うし、波平のような父はいらない
・サザエさん家は父権が強すぎて無理。クレヨンしんちゃんちが理想
・頑固親父に皆が気を使っていて嫌だ
・あんな波平みたいなダンナはイヤ

昔ながらの厳格で支配的な父親、あるいは夫像は、父が家庭の主権を握り、母と子は黙って付き従うという家族の役割分担意識が強かったため、不満や混乱が起きにくく、成立しやすかったのかもしれません。個人の自由や多様な生き方を尊重する現代では、それはもはや受け入れがたいものとなっているようです。

さらに、家族の関係性そのものを疑問視する意見もみられました。

・サザエさんのような幸せな家庭で育った子供は家族教を崇拝するようになる。こういう家庭育ちの人に家族問題の相談をすると、親にそんなこと言うなとか叱られる。彼らは色々な家族の形がある、という想像力が足りない

子を束縛し、悪影響を与える「毒親」が話題になるなど、家族や親子関係を見直す動きも出ています。コメントにはそんな社会の風潮が表れているような気もします。

専業主婦設定は時代錯誤?

また、女性の生き方について、こんな意見もありました。

・サザエさんのような家庭があってもいいけど、いろんな家庭があっていいと思うし、自分で選べて、どの家庭も貧困に陥らずに暮らせる社会であってほしい。「サザエさん」が悪いとは言わないけど、サザエさんの家庭を理想化して、「子どもが3才になるまでは母親がみるべき」とか政治家が言うのは不愉快
・共働き、子持ち、祖父母援助なしの私から見ると、サザエさんが「主婦は忙しいのよ」の発言に腹わたが煮えくりかえる

サザエさんの原作漫画は戦後直後に始まり、戦後の貧しい時代から、徐々に復興、発展、豊かな生活へと歩みをすすめていく庶民の暮らしぶりがユーモアとともに描かれています。しかし、テレビアニメでは1980年代~90年代のイメージで定型化され、テレビのサザエさんに「バブル」を感じるという意見もみられました。

コメントには他に「時代劇」「現実性がない」「おとぎ話」という声も。時代感覚や世相の変化は著しく、景気低迷・先行きに不安を感じる今の人々にとっては、時代錯誤の印象が強いのかもしれません。今やサザエさんは古き良き時代の家庭像であり、ほほえましく感じるけれど自分たちの見本にはならない、ということなのかもしれません。

内野チエ

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