小説家・黒澤はゆまさんが、歴史上の女性から生き方などを学ぶ連載。第一回は『アーサー王』の物語『ガヴェインの結婚』から老婆ラグネルです。見た目は非常に醜い老婆。彼女は「女性が本当に欲しいもの」の答えを知っていました。その答えはとても先進的で、現代に生きる私たちにも響くものでした。(編集部)

呪いを解くために、必要な答えを探しに

第一回 魔女たちへ 老婆ラグネル

「すべての女性がもっとも望むことは何か?」

数々の冒険を成し遂げたアーサー王ですが、時には失敗することもあります。「ガウェインの結婚」では、自分の領土を取り返して欲しいという女性の訴えを聞いて、悪い騎士の城に乗り込んだまではよかったのですが、城には呪いがかかっていました。そのため、手足は萎え、地面にはいつくばって、命乞いする羽目になりました。

冒頭の問いは、この時、悪い騎士が命を助けることと引き換えに出した謎かけです。王は、1年後に答えを持ってくることを約束して、ほうほうの態で逃げ帰りました。自分の国に戻ると、街や村で出会う女性に片端から声をかけ、「あなたの望むことは何か?」と質問します。しかし、返ってくる答えはバラバラ。

「愛情」「綺麗なお洋服」「やっぱりお金」「健康な子供たち」どれも正解のようであり、不正解のようでもあります。約束の1年はあっという間に過ぎ、王が首をひねりながら、森のなかを馬で進んでいると、一人の女性が声をかけてきました。

「王よ。私はあんたが探している答えを知っているよ」

見るとカシの木とヒイラギの木の間に一人の老いた魔女がいます。窮地の王は飛びつきました。

答えの対価は老婆との結婚

「どうぞレディーよ、教えてください」

しかし、魔女はここで条件を出してきます。円卓の騎士から、一人婿にして差し出せというのです。王は愕然としました。だって、年寄りのうえに、とんでもなく醜い魔女なのです。

ひとまず、あいまいな返事だけして、城に戻りました。そして、どうしたものかと城で一人悩んでいると、王の甥で、円卓の騎士のなかでも一二を争う強者、ガウェインが、声をかけてきました。

「どうしたのですか?王様」

王はかくかくしかじかと説明します。すると、ガウェインは自分がその婿になると、快活に答えました。彼は、一本気で、純粋な男なのですね。王は「醜いから」とか「年寄りだから」とか色々言って、止めようとするのですが、最後には甥に押し切られた形になりました。王は、魔女の元へ行き、ガウェインが結婚相手になると伝えます。すると魔女は悪い騎士の謎かけの答えを教えてくれたのですが、さて、その答えは何でしょうか? みなさんも考えてみてくださいね。

魔女の答えは、「自分の意志を持つこと」というものでした。

(なるほど!)

王は、勇躍して悪い騎士のいるお城へ向かいます。そして、あらわれた悪い騎士に高らかに答えを告げると、

「くそっ、これは妹の入れ知恵に違いない。覚えていろよ」

悪い騎士はそう言い捨てて、逃げていきました。こうして、アーサー王は助かりました。

女が年を取るのはいけないこと?

しかし、魔女との約束は残っています。王の城で開かれた結婚式で、初めて実物を見てさすがにガウェインも驚きましたが、後悔先に立たず。式も終わり、寝室で二人きりになると、ガウェインの憂いはますます深くなりました。思わずため息をついてしまいます。それを見とがめた魔女が言いました。

「旦那様、どうして顔をそむけて私の方を見ようとしないの?」ガウェインも単純な男なので、オブラートに包まずはっきり答えます。

「あなたのことが好きになれないからだ。三つ理由がある。一つはあなたが年よりなこと。二つ目は醜いこと。三つめは身分が低いことだ」すると、魔女は言いました。

「年を取っているということはそれだけ経験を重ね知恵が深いということになるでしょう。醜ければ貞操を汚す心配もありません。それに、あらゆる気品は生まれよりも、その人の性質によって身に着けられるものではないのですか」

(これは大した女性かもしれない)

立派な答えに思わずガウェインがラグネルの方を見ると、なんとそこには老婆ではなく、輝くような美しい乙女がいました。

“老婆”にかけられた呪い

「君は一体?」ガウェインが驚いていると、

「義母から魔女の姿になる呪いをかけられていたのです」と、ラグネルは言いました。

「その呪いは二つの願いがかなえられないと解けません。今一つ目の願い「立派な騎士と結婚すること」がかなえられました。昼と夜のどちらか一方、元に戻れるのですが、旦那様、どちらがよいですか?」

ガウェインもこうなると現金なもので、「そりゃ夜だ。君の美しさを独り占めしたい」

「うふふ。レディーというのは、明るい社交の場で、お仲間の騎士や貴婦人たちに美しい姿を見てもらうことが、何より幸せなことなんですのよ」

ラグネルの言葉に、ガウェインはしばらく腕組して考え込むようでしたが、やがて、「君の好きになさい」そう答えました。その瞬間、乙女の顔いっぱいに微笑みが広がります。

「今、すべての呪いが解けました。私は昼も夜も今の姿のままでいることが出来ます。自分の意志を持つこと。それが二つ目の願いだったのです」

乙女は、そう言って、ガウェインの広くて厚い胸に飛び込んだのでした。

女性が自分の意思をもつこと

いかがだったでしょうか? 以上が、ガウェインの結婚の物語です。700年前のお話に、女性が「自分の意志を持つこと」という先進的なテーマが出てきたことに驚かれた方も多いのではないでしょうか? アーサー王やガウェイン、立派なはずの騎士がいいとこなしで、物語の主導権を一貫してラグネルが握っているものも面白いですね。きっぱりした行動、勇気と機転、彼女は騎士以上に、騎士らしいのです。

それにしても、ラグネルは一体何者だったのでしょうか? そもそも、義母が呪いをかけたほど、怒りを買った事情とは何だったのでしょうか? 私はその理由は、彼女がまさに「自分の意志を持つ」ことを願ったためだと思います。魔女witchの語源は、賢い女性wise woman。自分の意志を持とうとした賢い女性は、これまでの人類の歴史のなかでは、決まって魔女と罵られ、老婆の醜い姿に替えられてきたのです。

呪いが同性の義母によってかけられていることも示唆的です。時に女性の前に立ちふさがる最大のものは、女性であるのです。悪い騎士は、妹を守れなかったことを悔やんで、ダークサイドに落ちたのかもしれませんね。また、ラグネルという名前にも秘密があります。実は、ラグネルというのは、スカンジナビアの戦いの女神の名前なのです。戦士の魂に勇気を吹き込み、知恵を授け、正義を指し示すのが、彼女の役割でした。

だから、ラグネルは、かつて女神であったものが、不当な力によって、自分の意志を取り上げられ、醜い老婆や魔女にされた、哀しい女性の歴史の象徴なのです。

現代の女性は自分の意思をもてているか?

このお話を最初に持ってきたのは、これからお話ししていく女性は、皆「自分の意志を持つ」ことを願った魔女たちだったと思うからです。彼女たちは、女であるというだけで差別される世界にあって、決してくじけることなく、自分の意志を求めて戦い続けました。邪悪な義母の呪いに立ち向かい、知恵と勇気と、ときには男もしのぐ腕っぷしによって、理不尽を世の中ごと、力づくでひっくり返そうとしました。彼女たちの願いは最後にはかなったのか? そんなことを考えながら、これからのお話を読んでいただけると幸いです。

それでは、次回から一記事一人という感じで、魔女たち、いいえ、女神たちの話をしていこうと思います。すべての女性が「自分の意志を持つこと」、それがかなう世界が来ることを願いながら。

参考文献:『中世騎士物語』(ブルフィンチ著、野上弥生子訳、岩波文庫)/「世界史講義録」(金岡新著http://www.geocities.jp/timeway/)/「アーサー王物語 痛快 世界の冒険文学」(阿刀田高著、加藤直之訳)/「図説 金枝篇」(ジェームズ.ジョージ・フレーザー著, メアリー・ダグラス監修, サビーヌ・マコーマック編集, 吉岡晶子訳、講談社学術文庫)

(黒澤はゆま)

【連載第二回】北条政子の名演説に学ぶ、女性が意志を伝えるために必要なこと

黒澤はゆま(くろさわ・はゆま)1979年、宮崎生まれ。大阪在住。システムエンジニアの仕事のかたわら、小説教室「玄月の窟」で修業。エージェントに才能を見出され、2013年に歴史小説『劉邦の宦官』(双葉社)でデビュー。2015年10月、真田昌幸を主人公にした第2作『九度山秘録』(河出書房新社)出版。愛するものはお酒と路地の猫。
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