回転ベッド、エアシューター……実際見たことはないけれど、昭和の時代のラブホテルには、そのようなものがあったのは知っている。そんな人も多いのではないだろうか。現代の若者は恋愛離れが進んでいると聞くが、最近主流の華美でないラブホは、そんな若者たちの温度感を反映しているのかもしれない。

今はなき昭和のラブホテルについて書いた、『日本昭和ラブホテル大全 (タツミムック)』著者の村上賢司さんに、話を聞いた。

今はなき回転ベッドの音に魅かれて

ある日、ラジオからギギーッという妙な音が流れていた。なんと、その音はかつてどこのラブホテルにもあった、回転ベッドが回る音。

番組は、「荻上チキ・Session-22」(TBSラジオ)で、ゲストは映画監督の村上賢司さん。村上さんは、『日本昭和ラブホテル大全』(金益見さんとの共著 TATSUMI MOOK刊)を上梓したばかり。ラジオで流れた回転ベッドの音は、村上さんが録音してきたものだという。

あまりのおもしろさに聞き入ってしまい、どうしても村上さんに会いたくなった。村上さんが魅せられている昭和のラブホテルとは、今のラブホとどう違うのだろう、そしてそれは過去と今の恋愛に、何か影響を与えているのだろうか。

ゴテゴテ主義の昭和のラブホ

――御著書の『日本昭和ラブホテル大全』、おもしろかったです。回転ベッドとか、エアシューターとか、懐かしいものばかりで(笑)。そもそも、村上さんが昭和のラブホに興味を抱いたのはどうしてなんですか?

村上賢司(以下、村上):僕、テレビっ子だったんですよ。子どもの頃、『11PM』とか『トゥナイト』などの大人向けの深夜番組をこっそり見ていた世代で、よくラブホ特集なんかをやっていたんですよね。あとはサスペンスドラマなんかで、ホステスが殺されるのはだいたいラブホ。そのインテリアなんかに惹かれていた。もう少し大きくなってからは週刊誌のグラビアを見て、その外観の電光パネルとかゴテゴテの内装とかを見て、気になってたまらなかった。

山手線の内回りに乗っていると、新大久保を出て新宿に向かうすぐ右側に『ヴィップイン』というラブホがあるんですよ。それが長いこと気になっていたんですが、取材なんてできないと勝手に思い込んでいました。でも新刊のために飛び込みで取材を依頼してみたらすんなりできたんです。

ラブホは「新しいものを体験する場所」

――昭和時代のラブホって、今は少なくなっているんですか。

村上:そもそも、40年選手のものってほとんどないんです。ラブホはリニューアルを繰り返していくものだから。というのは、ラブホって、「新しいものを体験する場所」なんです。昔のことを考えても、プレステとかカラオケとかジェットバスとか、普通の生活をしているとちょっと手の届かないアイテムを売りにするのがラブホのありようなんですね。

実際、僕が大人になって、いざラブホに行く年齢になると、子どもの頃見ていた、あの回転ベッドやキラキラの部屋は、ほとんどなくなっていましたからね。

――どうしてなくなっていったんでしょう。

村上:ラブホがシンプル化したのは、1980年代だと思うんです。一説には、女性たちがシンプル化を希望したかららしい。81年に田中康夫さんの『なんとなく、クリスタル』(新潮文庫刊)という小説が話題になって(当時、ちょっとスノッブな若者に流行していたブランドや店が多数出てきて、それについての注釈までついている小説だったため、賛否両論を巻き起こした)、その中で主人公がセックスをするならシンプルなホテルがいい、と言う記述があったんです。そのあたりから、ラブホが変わっていったように思いますね。

『なんクリ』が描くラブホ観

確かに『なんクリ』と呼ばれていたこの小説には、ヒロインである女子大生が「キンキラキン」のラブホテルに抵抗を感じているという記述がある。さらに、彼女がボーイフレンド(恋人ではない)と六本木にあるラブホテルに入ったときの様子が描かれている。

でも、私たちの入った部屋は、ラブ・ホテルにしては珍しいくらいにシンプルな作りで、回転ベッドでも、鏡張りでもなかった。バス・ルームも独立していて、ベッド・ルームからガラスを通して丸見えという、よくあるような品のない部屋ではなかった

当時、大学生だった私には、この女子大生の気持ちがよくわかる。ギラギラしたネオンのラブホに入るのは、なんだか「いけないこと」をしている感じがあった。それをエロスに変えるには若すぎた。

村上:女性が本当にシンプルな部屋を好んだかどうか確証はありません。実際にはごてごてと凝ったインテリアだと掃除が大変だからだという説もある。だけど、確かにネオンギラギラ、部屋はゴテゴテというのは男性目線なんでしょうね。

マーケティングをしないから、面白いものができる

――村上さんが、昭和のラブホをおもしろいと思う理由は何ですか?

村上:マーケティングを無視しているということでしょうね。当時は、きちんとマーケティングする技術もなかったでしょうし、最後はラブホを作る人が、「オレがおもしろいと思うからやっちゃえ」とゴテゴテのインテリアを作ってしまっていたはず。みんなが反対するから初めての秘宝館を作った社長というのもいるくらい。今の時代は、どんな業種でも、ものすごく綿密なマーケティングをするでしょう? 結果、あまりおもしろいものが出てこない。最大公約数の域を出ないんですよ。

――ムダに広いお風呂とか、ウォーターベッドを取り入れたりとか、コストパフォーマンスを考えたらどうかなと思うラブホは確かにありましたね。

村上:でも、だからこそおもしろかったんですよね。バスルームに本格的なウォータースライダーがあったり、飛行機型や馬車型のベッドがあったり。本当にお金がかかっているんです。コスパなんて考えてない。ただおもしろい。僕が実はこの本で、いちばん言いたかったのはそこなんです。綿密なマーケティングにはない、昭和時代の無謀なおもしろさというか。

――ラブホ全盛期でしたよね。「目黒エンペラー」という、すっごいお城もありましたし。

村上:あそこはいったん閉館したんですが、復活して営業しています。外観はそのままですが、部屋のデザインはオープン時とは、かなり変わりました。ラブホの初期は、とにかく目立たないと宣伝にならないということで、外観に凝ったところが多いんです。

――昭和の時代には、エッチできるところってラブホしかなかった……。

村上:男女のどちらかがひとり暮らしならいいけど、どちらも親と一緒に住んでいたらできないですもんね。昔、エッチする場所がなくて探して歩くというようなこともありました。

――ありました、ありました(笑)。

村上:オジサンたちと話していると、夜中、彼女とうろうろして、とうとう公園のベンチでやっちゃったとか、ビルとビルの間の狭い通路でしちゃったとか、よく聞きますよ。

――そうでしたねえ(笑)。

村上:そもそも、若者たちにそれほど性的なエネルギーはない。カラオケボックスとかマンガ喫茶とか、エッチしないまでもとりあえずふたりきりになれる場所もあるし、娯楽が多いから、ふたりでいてもエッチしないことのほうが多かったりする。昔は、女性とつきあったらエッチすることが目標だったし、それをメディアが駆り立てるような風潮もあったでしょう。今はそういうこともありませんしね。

もはや、お金を払ってエッチな情報を入手する文化さえない。ネットなら無料で何でも見られるんだもん。だからレンタルビデオ屋だってアダルトコーナーにいるのはオジサンばかりですよ。

――でも、昭和のラブホがなくなってしまうのは寂しいですよね。秘宝館同様、文化として存続してほしい。

村上:そう思います。実際に自分で行って、昔の空間を体感してもらいたい。おもしろい経験ができると思いますよ。最近では、女性ふたりで行ってコスプレの撮影会をしたりする人たちもいるらしいです。スイーツ持ち寄って、女子会をしてもいいんじゃないですか。ラブホ側に相談してみれば、そういう使い方をしてもいいところが、けっこうあると思います。案外、オープンなオーナーさんたちが多いですから。

(亀山早苗)

亀山早苗

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