国連難民高等弁務事務所広報官 守屋由紀さんインタビュー

難民は「国にとって負担」とは限らない 彼らの知られざる可能性を聞く

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難民は「国にとって負担」とは限らない 彼らの知られざる可能性を聞く

昨今、シリアを始めとして世界中で深刻化する難民問題。2014年末に世界で6000万人と言われていた難民の数はその後も増加の一途を辿っています。

しかし、日本は難民の受け入れが少なく、なんとなくどこか遠くの国の出来事という印象がある人が多いのではないでしょうか。世界中で難民支援をしているUNHCR(国連難民高等弁務事務所)広報官の守屋由紀さんは、難民のことを「難しい民という文字から受けるイメージとは違い、その実態は“意識が高く、エネルギー溢れる人たち”」だといいます。

迫害を受けて逃れてきた彼らは、どんな人々なのでしょうか? 実際に難民と接する守屋さんに話を聞きました。

UNHCR(国連難民高等弁務事務所)広報官の守屋由紀さん

UNHCR(国連難民高等弁務事務所)広報官の守屋由紀さん

UNHCR(国連難民高等弁務事務所)とは

――まず、国連難民高等弁務事務所というのはどのような仕事をされている組織なのでしょうか?

守屋由紀さん(以下、守屋):国連の中において世界の難民の保護と支援、そして世界の難民問題の解決を目指しています。

そもそも難民というのは国籍、宗教、政治的意見、所属している社会的活動や性差などにより、命を脅かされるような迫害を受け、自分の家を追われ、国境をこえて他の国に保護、庇護を求める人たちのことを指します。

本来であれば国境をこえた時点で、受け入れた庇護国が責任をもって難民を保護するべきところなのですが、それが様々な問題で成り立たない場合にUNHCRが国際的に支援しています。

また、もう一つ大きな支援対象者となるのは国内避難民といって、難民と同じような理由で迫害や紛争から逃れようとしているけれど様々な理由で国境を越えることができていない人たちのことです。

たとえばシリアは人口が2200万人のうち、650万人の国内避難民が爆撃を逃れ、避難しています。シリアからは420万人以上の人が周辺国のレバノン、トルコ、ヨルダンなどに逃れ各国の庇護を受けながら避難生活を送っているのですが、更にそういった人々に国際的な支援をするのが私たちの仕事です。

世界中に9000人以上いるUNHCRスタッフのうち8割以上が現場に配属されているのですが、その多くがこのような厳しい現場で難民に寄り添い仕事をしています。

日本が難民を受け入れた歴史

――難民問題というと中東やアフリカなど起きている問題というイメージなのですが、日本で身近に感じられるような事例はあるのでしょうか?

守屋:実は大陸別の難民の数を集計すると、アジアが一番難民を発生させているのです。

1970年代後半から80年代には新しい社会主義体制において迫害を受けたインドシナ三国(ベトナム、ラオス、カンボジア)の難民がボートピープルとして逃れてきました。当時、その家族の呼び寄せを含めて約11000人を、日本は難民として受け入れました。定住した彼らは日本語の教育や研修を受け、最終的には仕事に就き、自立を目指していきました。そこから第2世代、第3世代として日本で根を張っている人もいますし、中には日本国籍を取得した人、あるいは母国が平和になって戻ることができた人もいます。

緒方貞子さんがUNHCRのトップをつとめていた90年代は、ルワンダの大虐殺やイラクにおけるクルド人迫害、バルカン紛争などにおける難民危機が発生していて、日本はODAによる人道支援を積極的に行なっていました。それは今も続いており、日本はUNHCRへの支援上位拠出国としてアメリカ、EUやイギリス、スウェーデンなどと並んで常にトップ5に入っている、我々人道支援に携わる人間にとっては有難いパートナーと認識されています。今、皆さんが払っている税金は、そのような形でも有効に使われているんですよ。

難民と移民の違い

――なるほど、少しずつ難民のことがわかってきた気がします。私自身も難民の問題には興味があるんですけど、どこから取り掛かればいいのかなと悩んでいました。

守屋:難民って「難しい民」って書くところから難しいですよね(笑)

では、ここからは難民と移民という対比で考えてみましょう。

難民は紛争や迫害によって自分の意志に反して家を追われた人々、いま家を出ないと命の危険があると国境を越えてきた人たち、自分のふるさとに帰りたいけれど、その問題が解決しないと帰れない人たちです。

一方、移民というのは今いるところでの生活から、より良い仕事、生活を得ようと他のところに行く計画をし、自ら選択して他国へ移り住む人たちです。たとえばノルウェーに行って、仕事を見つけて母国に仕送りをし、ある程度備えができたからまた母国に好きなときに帰ることができる。

ところが難民は、たとえばシリアから周辺国に逃れて、そこで生活をするようになるのだけれど、母国を見てみるとまだ紛争が続いているから帰れない。家のこと、母国に残してきた友人や親族が心配だけど戻れない。母国を強制的に捨てさせられてしまっているのが大きな違いです。

難民の経験が生む新しいビジネス

守屋:ただ、その間、周辺国が一時的に難民である彼らを国際社会の一員として受け入れているというのは実はすごく素敵なことなんですよ。

いつかシリアが平和になって戻ることができたとき、難民だった彼らはその国で学んだ言葉や文化、ノウハウを活かしてシリアでの新しい国づくりに携わることができる。

一方、周辺国の関係者がシリアでビジネスを展開することになったときに、かつての難民が通訳に、またはビジネスのパートナーとして両国の架け橋になるかもしれない。実は難民を寛容に受け入れている国々はそういうチャンスを持っているんです。

日本もかつてベトナムやラオス、カンボジアの難民を受け入れていましたが、ベトナムに戻ってベトナムと日本の間の商社を作る人もいたり、カンボジアから日本に定住した両親を持つ人が、今カンボジアに戻って日本人相手のコーディネイターをしていたり、そういう形での貢献を実現しているという実績もあります。

難民は“意識が高い”人の集まり

――決してネガティブなだけの問題ではないんですね。

守屋:難民って「国にとって負担」というイメージがあるかもしれませんが、決してそうではなく、チャンスさえあればそれを活かして更に発展していく人々なのです。難民として来られている人は、生きることを諦めた人々ではなくて、困難を克服して逃れて、とにかく生き抜こうと乗り越えてきた人々ですから、ものすごくエネルギーがあります。

情勢が悪化している国で、国外に出るのはとても難しいことなんですよ。パスポートも手に入れづらく、渡航費を工面するのも経済格差があり大変です。いわば、とても“意識が高く、エネルギー溢れる人”の集まりなんです。

日本でも青山学院大学や明治大学、関西学院大学では難民の人を奨学生として積極的に受け入れています。大学は奨学金だけでなく、4年間勉強に注力してもらうために生活費の支援もしています。その難民学生たちは、せっかく得られたチャンスだから授業が母語ではないが、がむしゃらに勉強しますし、周囲の日本人学生たちも触発されて、非常にいい相乗効果を生み出します。

企業レベルでの支援も大きな意味を持っています。ユニクロはインターンシップとして難民を店舗で受け入れているんです。その後、ほぼ全員がアルバイトとして雇われて、正社員になる方も、その次は店長、というレベルまで活躍する人もいますし、そういう人がいる店舗はどこも活気がありますね。

——おっしゃるとおり「難しい民」で難民じゃだめですね。

公式サイト:国連UNHCR協会
支援活動:「難民キャンプに明かりを届けよう
1000万着のHELP!

>>>後編へ続く

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