妻であり二児の母、そして起業家としてパワフルな毎日を送る尾崎えり子さん。新卒で経営コンサルティング会社に入社、営業として4年間活躍。スポーツデータバンクに転職、企業内起業で子会社を立ち上げ25歳で執行役員、28歳という若さで代表に就任。第二子の育休をきっかけに退職後、株式会社新閃力を設立した。

現在32歳、ビジネスパーソンとしてキャリアを積む尾崎さんはじつに多彩な顔を持つ。新規事業や商品のプロデュースを手掛ける株式会社新閃力の代表取締役であり、子どもと企業をつなぐ職業体験の場を提供するNPO法人コヂカラ・ニッポン副代表。そして早稲田大学国際寮グローバル人材育成プログラム講師、流山市子ども子育て審議委員……などなど、その肩書きは枚挙に暇がない。

そんな尾崎さんに、仕事にかける思いや母として抱える葛藤や、「ママ向け」「女性向け」ビジネスについて、そしてこれからの時代に生きるワーキングマザーの姿について伺った。

産休中は正直、苦痛だった

――ワーキングマザーとして、バリバリ仕事をされている尾崎さんですが、27歳で一人目のお子さんを出産されたとか。一般的に、仕事が一番楽しくなってくるといわれる時期ですよね。

尾崎えり子さん(以下、尾崎):そうですね。その当時は、本当に仕事が楽しかったんです。だから、子育てが本当に楽しくなくて。そもそも私自身、社会から認められたいという承認欲求がすごく高いんです。なので、産休中、家から出ないで仕事をせず、子どもの面倒をみるというのが正直苦痛でした。よくテレビドラマなどでママたちが「子どもがちょー愛しい」とか「笑い声を聞いているだけで幸せ」っていう感覚が私にはなかなかもてなくて。なにか目標を持ちたくて、孫正義さんの後継者発掘・育成のためのソフトバンクアカデミアという学校に応募して、6か月の息子を抱っこして一次面接を突破し、二次面接まで行きました。

――その行動力はすごいですね!

尾崎:とにかく子育てが面白くないので、育休中の時間を使ってどれだけいろんな体験ができるかというようなことに重きをおかないと、鬱になりそうだったんです。育休復帰してからも仕事は楽しいけれども、帰ってヘトヘトになって、意味も分からず子どもに泣かれると本当に辛くて。家ではずっと眉間にしわを寄せているというような生活が続いたんです。でも、「なんで私は理想の母親になれないんだろう」というような自分に対して責めるような気持ちがありましたし、子どもにも罪悪感がありました。会社に対しても「すみません…今日もまた子どもが熱を出したのでお先に失礼します」みたいなことが続くと大好きな方々だっただけに申し訳なくて。その3つの罪悪感で一人目の時は気持ちがぐちゃぐちゃになっていました。でも、二人目を出産して育休中くらいから、すこしずつ自分が「母」になっていっている実感を持てました。話ができるようになったり、一緒に出掛けられるようになると子どもと触れ合うのが楽しくなってきました。仕事も大好きだけど、子どもとの時間も大切にしたいと育休復帰するときに、会社と話し合ってどうするのが会社と私にとってどんな関係が良いか考えた結果、仕事がある場合は業務委託という形で請け負うことになりました。

フリーランスのママの仕事は“自己実現”と思われがち

――スポーツデータバンクを退職されて、すぐに会社を設立されたのでしょうか?

尾崎:4月に退職して7月までの3か月間は、会社を立ち上げようとは思っていなくて、フリーランスで仕事ができたらと。そもそも私個人が何をできるのか、よく分からなかったんですよね。ただ、色々なところからイベント設計に関わって欲しいとか、企画を考えて欲しいとかお話しをいただく機会がありました。フリーだと趣味レベルだと思われてしまって、そもそも「尾崎さんに頼むのにお金いるの」とか、「これでお茶でも飲んでください」みたいなかたちで交通費にもならない金額で依頼されるということがありました。

――それはなぜでしょうか?

尾崎:ママでフリーランスというと、旦那さんのお金で生きていけるからと「暇なママが自己実現のためにやりたいことやっているだけでしょ」というような感じに見られてしまったのだと思います。そんなことを3か月間で経験し、「こりゃ対等にお金をもらうには株式会社を作るしかないな」と思ったんです。なので、事業ありきというよりは、ちゃんと社会で価値を出していくにはその器を持たなくてはいけないと思ったので、事業は固まってなかったけど、とりあえず会社を作ったというかたちですね。

――実際に会社を作られて、どのように変わられましたか?

尾崎:株式会社を作ったことで会社名で契約ができたり、銀行口座を作れました。会社の設立がきっかけで大手の会社と取引ができるようになった、他の会社に頼むのと同等の報酬をもらえるようになりました。

作り手に「当事者」がいないとビジネスは軌道に乗らない

尾崎えり子さんインタビュー(前編)

尾崎えり子さん

――具体的にどのような仕事を依頼されるようになりましたか?

尾崎:コンサルタントやアドバイザーとして新規事業、新商品の開発に関して意見が欲しいという依頼が多かったです。「ママ向け」「女性向け」「子ども向け」の商品ってたくさん出ているのですが、「尾崎さん、作ったのは良いけど、全然売れないんです」という相談が多いんです。そんな時、「開発チームの中に女性っていますか」と聞くと、「独身の俺達だけです」っていうことが多々ありました。想いはあって、企画が非常に良くても、「当事者」がいないという細部で綻びが出てきてしまい、ビジネスを軌道に載せるのは難しいのだと感じました。

ママの視点を持ちつつそれをどうビジネスにすればいいのかというところまでは考えられる人で、かつ会社に属していない人は意外に少ないのかな。案件をもらいながら自分の立ち位置を見つけていったという感じですね。

――周囲の期待を受け止めながら、自分の強みを見出されたと。

尾崎:私の場合、地域のおじいちゃんやおばあちゃんとのつながりもあれば、自治会の班長の経験もある。専業主婦もワーキングマザーの友達もたくさんいる。行政とも仕事をしているし、ビジネス以外のフィールドの引き出しがあるので、ビジネスの世界だけで活躍している人達にはできない発想が私にはできる。そういうというところは、すごく価値になると考えているんです。

「ママの働き方」の選択肢を増やす

――今までどのようなお仕事してきたのでしょうか?

尾崎:自分が子どもを育てながら働くことの大変さを実感したので、「ママの働き方」の選択肢を増やすような仕事をしています。都内で働くママが安心してフルタイムで働いて帰ってこられるような民間学童「ナナカラ」(市進ホールディングス)のプロデュースをしています。1店舗目は私が住んでいる流山市にオープンし、大変好評だったので来年は2店舗目が八千代中央にオープンします。都内で働かなくても地元でママが創業できるように流山市商工課主催の「ママ向け超実践型創業スクール」講師をしています。来年の4月には卒業生のママさんたちが創業する予定です。地方議員というキャリア選択もありだろうと「Mama’s選挙ラボ」を立ち上げ、普通のママがママとしての生活を守りながら市議会選挙に当選させるまでのプロジェクトをプロデュースしました。この活動は第10回マニフェスト大賞優秀賞に選ばれました。今は、企業のサテライトオフィスを流山市に誘致し、ママ達が地元でやりがいのある仕事に関われるようなプロジェクトを進めています。

――また、最近学校で学ぶ教科が実社会でどう活かされるかといった新しい視点で、学びの楽しさをWEBやイベントを通して伝える「コペルニクスの学校」をスタートされています。これはどういった経緯で立ち上げられたのでしょうか?

尾崎:ママのキャリアも課題を感じていますが、子どもたちのキャリアにも非常に関心を持っています。学校の勉強が実社会や自分の将来とリンクしていることを知ると、もっと面白くできると思ったんです。教科書に書かれているひとつひとつを社会と接続したらめっちゃ面白いよなと。神が降りてきちゃったんですよね(笑)。

――「算数」などのメイン教科から「技術」「美術」などの実技競技まで、全ての教科をビジネスとつなげて解説されていますが、ひとつひとつは尾崎さんが考えるのですか?

尾崎:そうですね。今は小学生から中学生までの教科書や参考書も買ってきて、一個ずつ見ながら、これって何に使えるかなって考えています。私、新しいことを考えるのが大好きなんです。新しいモノはゼロから生まれるのではなくて、既存のものと既存のものを掛け合わせて生まれると思っているんです。新規事業、新商品を考えるときも、今まで違う分野にあった「あるもの」と「あるもの」を組み合わせて新しい事業や商品や売り方を考えています。

【後編はこちら】メディアが報じる“ワーキングマザー像”は極端 女社長が明かす、仕事と育児の両立のリアル

■関連リンク
「コペルニクスの学校」公式サイト

末吉陽子

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