大手映画会社と直接の影響がなく、独立したプログラムで映画を上映する「ミニシアター」は、1980年代中盤以降からブームになった。ハリウッドや日本の大手映画会社が製作した作品を上映するシネマ・コンプレックス(シネコン=複合映画館)と違い、国内外の知られざるインデペンデント系の作品をそれぞれのミニシアターのセンスでチョイスするプログラム、隠れ家的に楽しめる小規模な座席数は、映画ファンや若い女性を中心に人気を集めた。

しかしシネコンが郊外から都市部に進出し、集客力が弱まった背景もあって、ミニシアターは2010年頃から続々と閉館している。都内では浅草の老舗映画館や「吉祥寺バウスシアター」、「銀座テアトルシネマ」「シアターN渋谷」などがすでに閉館し、先日には、文化の発信地として若者から人気を博していた「渋谷シネマライズ」が2016年1月をもって閉館することを発表。今後も全国的にミニシアターの数は減少していくと見られている。

そんな中、今年四月、東京・阿佐ヶ谷に新しいミニシアター「ユジク阿佐ヶ谷」がオープンした。客席数45の小さな映画館だ。その支配人を務めるのは映画館経営未経験の27歳女性。なぜこのご時世に新しくミニシアターを開館することになったのだろうか。その経緯や仕掛けている企画などを、支配人の武井悠生さんに聞いた。

女性支配人が仕掛ける、体験する映画館

「ユジク阿佐ヶ谷」外観

未経験から映画館の支配人に

――「ユジク阿佐ヶ谷」がオープンした経緯を教えてください。

武井悠生さん(以下、武井):「ユジク阿佐ヶ谷」の裏手に、古き良き日本映画を中心に上映している「ラピュタ阿佐ヶ谷」という映画館があります。「ユジク阿佐ヶ谷」はその姉妹館として今年四月にオープンしました。この場所には以前、人形アニメーションを学べる「アート・アニメーションのちいさな学校」のスタジオがありました。私はそこの事務局スタッフとして勤めていました。そのスタジオを改築し、いま映画館として運営しています。ちなみに今も、そのアニメーションの学校は存在しています。

女性支配人が仕掛ける、体験する映画館

映画『セシウムと少女』より

そもそもは新たに映画館を作ろうという話が先にあった訳ではないんです。「ラピュタ阿佐ヶ谷」の館主である才谷遼が今年の初めに監督、私もアニメーションの制作進行を務めた、阿佐ヶ谷を舞台にした映画『セシウムと少女』を上映する場所を作ろうということで動き出しました。17歳の少女が1940年代の阿佐ヶ谷にタイムスリップし、不思議な神様たちと東京のセシウム測定の旅に出るというファンタジー作品です。通常、どこかの映画館で上映してもらうまでには準備や交渉で2、3ヶ月以上はかかるのですが、「すぐにでも上映したい!」という才谷の強い意向があり、自分たちで場所を作ることにしたんです。4月25日に映画を上映し、その後はしばらくバタバタとしていて内装やパンフレットなどが整備できずにいたのですが、8月1日にリニューアルオープンをして本格的に映画館として動き始めました。

小さな映画館だからできる企画がある

女性支配人が仕掛ける、体験する映画館

「ユジク阿佐ヶ谷」スクリーン

――最近では都内でも次々とミニシアターが閉館していますが、オープン前は不安な気持ちはありましたか。

武井:当時はとにかく『セシウムと少女』を上映したいという気持ちが強かったですし、映画館として立ち上げないと何も始まらないという雰囲気だったので、「中途半端にやるのではなく、やるならちゃんとやろう!」という勢いが強かったです。当初は自分が支配人になるなんて全く思っていませんでしたし、今考えると、あの時の空気や気持ちは自分でも不思議なくらい高揚していました。本当に、人との縁やタイミングがとても大きかったと思います。

映画館のプログラム編成や配給会社さんとの交渉などは初めてのことばかりなので、今でも大変なことは多いです。でもまわりの方々に協力してもらいながら、毎日チャレンジさせてもらっているのでとても有難いです。

――結果を出さなければいけないという支配人としてのプレッシャーもありますか。

武井:そうですね。8月1日にリニューアルオープンしてからは、いよいよこれからが本番だなという気持ちで動いています。

映画鑑賞+αのイベントも企画

女性支配人が仕掛ける、体験する映画館

「ユジク阿佐ヶ谷」のロビー

武井:毎日10万食のカレーが提供されているインドの聖地を追ったドキュメンタリー『聖者たちの食卓』を10月に上映した時に、「Parks202」さんというお店が主催で、カレー屋さんのケータリングを呼んで劇場のロビーで食べられるカレー祭りを開催しました。色々な作家さんが作った、カレーをテーマにしたイラストやアクセサリーなどのグッズも販売して、映画鑑賞とともに皆で体験できるイベントにしたんです。すごく若い人も集まってもらえて、そのイベントが成功したことで関係者からも、私の考える映画館の方針ややりたいと思う企画を褒めてもらえるようになりましたね。このまま自分が思う方向で頑張ろうと思えたイベントでした。

若い女性からファミリーまで一緒に楽しめるプログラムを

――上映プログラムも武井さんが考えられているんですね。

武井:プログラムは基本的に私が考えていますが、イベントは、劇場を手伝ってくれているアニメーションの作家さんと二人で考えています。ラピュタ阿佐ヶ谷はシニア層をターゲットにしたラインナップですが、ユジクではまた違った味を出して行きたいと思っています。アニメーション作品も選んでいますが、北欧の映画監督特集や可愛いファッションや美術にも注目してほしい「女の子×ミュージカル特集」、思春期の少年が大人に成長していく「男の子特集」など、私と同世代の若い女性が気になるような作品を意識して集めていますね。以前、子どもに焦点を当てたドキュメンタリーを特集したら多くの主婦の方が来てくださいました。

――カレー祭り以外ではどのようなイベントを企画されているのでしょう。

武井:せっかくアニメーションの学校から生まれた場所ですし、スタッフも女性で美大出身が多いということもあり、ワークショップは盛んにやっています。先日調布で行われた東京蚤の市では出張アニメワークショップを行いました。11月末から始まるチェコアニメ特集にちなんで、『クーキー』という作品に登場するへなちょこで可愛いテディベア人形を、モールで作り、その場でコマ撮りをしてアニメーションを作る体験ができるという内容にしました。そのアニメーション映像はチェコ特集の期間、スクリーンで上映する予定なんです。また今後はクリスマス企画としてアニメーターの真賀里文子さんによる、手袋で人形を作るワークショップも開催します。ワークショップでは若い女性やお子さんと一緒に主婦の方が多く参加してくださっているので嬉しいですね。阿佐ヶ谷はファミリー層が多いので、町の特色にも合っているんだと思います。

映画館での「体験」や「出会い」という価値

女性支配人が仕掛ける、体験する映画館

「ユジク阿佐ヶ谷」館内にある大きな黒板

――武井さんならではの感性や小さな映画館だからこそできることを色々と仕掛けられているんですね。これからの「ユジク阿佐ヶ谷」が楽しみになりました。

武井:大きな映画館ではなかなかそういった密なイベントはできないと思いますが、ユジクだからこそできる企画をこれからもやっていきたいと思っています。私の要望で、劇場ロビーの壁一面に黒板を入れているのですが、特集ごとで作家さんにチョークでイラストを描いてもらっているんです。劇場側が作家さんと交流を持ちたいと考えて始めたことなのですが、こうした手書きの壁やワークショップなど、小さな映画館ならではの温かさを感じてもらえると思います。

映画はもちろん家で観た方が楽しいシチュエーションもありますが、大きなスクリーンで観る喜びは格別だと思います。また誰かと一緒に何かを体験することや、作品や人との出会いはこの時代だからこそ映画館が提供できる最大の価値です。ユジクでは、隠れ家のような居心地の良さも意識しているので是非、多くの人に味わってもらいたいです。阿佐ヶ谷では、たまに駅前でフードフェアやジャズフェスティバルなどをやっているので、そうしたイベントと呼応したりして、さらに色々な企画を仕掛けていきたいと思っています。

■関連リンク
「ユジク阿佐ヶ谷」公式サイト

武井悠生(たけい・ゆい) 1988年、東京生まれ。 多摩美術大学デザイン学科にて卒業後、2011年4月にCM制作会社スプーンに入社。プロダクションマネージャーとして3年間勤め、研修で訪れたアヌシー国際アニメーションフェスティバルでアニメーションの世界に惹きこまれる。2014年アート・アニメーションのちいさな学校の事務局員として入社後、6月より映画『セシウムと少女』のアニメーション制作進行を担当。映画の完成と同時に映画館ユジク阿佐ヶ谷を立ち上げ、現在に至る。

石狩ジュンコ

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