「産褥期」(さんじょくき)とは産後6週間から8週間の時期を指します。分娩が済み、女性の体が妊娠前の状態に回復するまでの大事な時期とされていますが、出産経験のない人にとってはあまり耳慣れない言葉なのではないでしょうか。

「出産してからは『こんなことになるなんて聞いてないよ!』の連続でした」と話すのは、『産褥記 産んだらなんとかなりませんから!』(KADOKAWA)の著者、吉田紫磨子さん。吉田さんは現在4人の娘さんの母でありながら、産後女性の心と身体をサポートするNPO法人マドレボニータの産後セルフケアインストラクターとしても活動されています。本書は、育児書には載っていない産後女性の心と体と脳の変化を多くの女性と共有するべく、吉田さんが2人目をご出産されてから約1ヵ月間毎日綴り続けた記録と、産後女性にとっての真実と知恵が詰まった日記エッセイです。

今回は吉田さんに、ご自身が体験した産後すぐに訪れた体や心の変化、産後ケアが浸透しづらい理由、これから出産を希望している女性に考えて欲しいパートナーシップなどについて伺いました。

「産褥期」とは?

『産褥記 産んだらなんとかなりませんから!』(KADOKAWA)

出産オタクを経て第1子出産へ

――本の中で、吉田さんはもともと出産オタクだったと書いてあります。

吉田紫磨子さん(以下、吉田):何のきっかけだったかは忘れましたが、20代で独身だった時に観たドキュメンタリービデオで出産シーンがありました。その時に、「出産ってすごく楽しそう!」と衝撃を受けたんです。その頃から、自分の中では「出産」という行為が目標になっていました。痛みを怖がるのではなく、目標を達成したい感覚でした。そこで、妊娠・出産に関する本や出産ビデオなどをよく見ていました。

――それではその後に結婚をされ、第1子を出産された時の感動は大きかったのではないでしょうか?

吉田:待ち望んだ初めての出産は心震えるものがありました。しかし、それ以上にビックリしたのが産んだ後の体の至る所の痛みと孤独感でした。産む前は赤ちゃんに微笑みながら授乳をする自分の姿を想像していましたが、吸う力が想像を絶する痛さで、そんな余裕があるはずもなく、授乳ひとつにしても時間ばかりかかっていました。また、産まれてすぐの赤ちゃんは可愛く、ずっと寝ている……わけはなく、吐き戻しや排泄物などで着替えがとても多く、これでもか!というくらいに洗濯物がたまる。産褥期は床上げ21日間といって、横たわって養生しなければいけない時期ですが、疲労と寝不足が溜まりヘトヘト。「あれ? こんなはずじゃなかったのに」という状態でした。

産後うつを克服する「自分を主語にした会話」

――イメージされていた産後ではなかったのですね。

吉田:さらに妊娠中に退職し専業主婦だったので、家では赤ちゃんに話しかける以外に言葉を発することがありませんでした。夫は私が辞めた分も稼ぎ、家族を食わせることが自分の育児だと思い込み、毎日深夜帰宅。夫と話したくて帰宅を待っているのですが、深夜なので私も疲れてイライラ。周りを見ると化粧もしてオシャレもした子連れママがキラキラしている。「辛いと言ってはダメ。できない私がおかしいんだ」と言い聞かせていくうちに言葉も話せなくなっていき、産後5ヶ月で産後うつになってしまったんです。

――そうだったんですか。それから本書を書いた時期である、第2子ご出産までどのようにして産後うつや生活を克服していったのでしょう。

吉田: 13年前の当時「産後うつ」という言葉は耳慣れない言葉でしたが、マドレボニータの前身「産後のボディケア&フィットネス教室」に通い始めました。「運動やコミュニケーションを通して自分の体と心をリハビリするクラスです。「○○ちゃんママ」ではなく、自分を主語にしてクラスの人達と会話をしていく中で、心身ともに回復していくと赤ちゃんがさらに可愛く思えてきたんです。そして、色々な女性と出会ううちに「やっぱり仕事をしたい、社会に必要とされたい」と思い始め、仕事をスタートさせたことも社会的な孤独感をなくすことができた理由のひとつだと思います。

また、夫が働き方を変えてくれたのも大きかったです。2人目は出産の半年前から会社や上司に伝えていたおかげで、出産後は10日間の有休を取ってサポートしてくれました。もともと2人とも、子どもはたくさん欲しいと話していたのですが、1人目の産後が辛かったし、繰り返すのが怖かった。親も高齢で頼れないので、夫婦で時間をかけて話し合い、色々と準備していったことで2人目を産めました。今回の本では、そうした夫婦の話し合いや、周囲の人との関わり合いについても赤裸々に書いています。

産後女性の問題が表面化しにくい理由

――出産オタクだったのに産後のご自身の変化に驚かれて産後うつにまでなってしまったとは、やはり世の中に産後女性に関する情報があまりに少ないということなのでしょうか。

吉田:そうですね。今でも、産後女性についての情報や本などは少ないです。妊娠中の女性はもちろんケアされるべき対象ですから、有益な食事や運動、パートナーや周囲の人のサポートに関する情報や本はたくさんあります。しかし出産すれば次はすぐに子どもが主役の育児本という流れですよね。また、出産してすぐの赤ちゃんに関する情報はたくさんありますが、出産してすぐの母体に関する情報はほとんど出ていません。

――なぜそうした状況になっているのでしょう。

吉田:やっぱり産後ってキレイなものではないので、月経と同じように隠されてきたんだと思います。出産してすぐには胎児に栄養を送っていた胎盤が出てきます。胎盤は子宮の内壁から剥がれ落ちるので、子宮の内側は生傷状態です。その傷跡から血液や分泌液が出て、月経のような状態が1ヶ月近く続き、悪露(おろ)と呼ばれます。そうしたことは誰しもペラペラしゃべるわけもなく、公になってきませんでした。女性タレントさんによる妊娠や出産、育児に関する本でそうした記述がないのは当然と言えば当然なのですが。でも、産んでみて初めて知った自分に起こる出来事に戸惑う人が多いことは事実。だからこそ、この本を読んで「自分だけに起こることではないんだから恥ずかしくないんだ」と、多くの女性に思ってもらえたら嬉しいですね。

また、女性が感じてしまう「弱音を吐いてはいけない」といった風潮も大きな要因です。出産してからは、「すべてのエネルギーを子どもに注がなくてはいけない」という思考に陥りがちです。大変な思いをして産まれてきてくれた赤ちゃんを目の前にして、「自分の体が痛いだの辛いだのなんて、母親なんだから言ってはいけないんだ」と色々なことを押し殺した結果、私のように気がついたら産後うつになって苦しんでしまう女性はいると思います。

>>>後編に続く

吉田紫磨子(よしだ・しまこ) 1971 年東京都板橋区生まれ。慶應義塾大学仏文科卒。第1子出産後に「産後うつ」 を経験。マドレボニータの産後プログラムに出合い、体を動かすこと、パートナーと対話を重ねることで回復。インストラクターに。産後クラス、妊婦クラス、 両親学級、祖父母向け産後サポート講座、大学生向け産後講座を開催。2002,2006,2009,2012年出産。四女児の母。

石狩ジュンコ

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