写真家のインベカヲリ★さんへのインタビュー後編。インベさんの作品に映る女性たちは、心の中にある普段は出せない感情をカメラの前で表出しているように見える。安易な言い方をすればそれは「心の闇」であり、現代では「メンヘラ」という言葉で簡単に片づけられてしまうものなのかもしれない。しかしインベさんは、「メンヘラ」というわかりやすい“型”で彼女たちを見ない。

【前編はこちら】「女性は弱い部分も人に見せたがる」気鋭の写真家が分析する男女の違い

 写真家・インベカヲリ★インタビュー(後編)

タイトル:「声を見に行く」

深刻な話を聞いても弱者扱いしない

――最近ではあるタイプの女性たちを「メンヘラ」という言葉で括って、ちょっとバカにしたニュアンスで語ることもあります。でもインベさんの作品からは、そういった型を感じません。

インベカヲリ★さん(以下、インベ):メンヘラと言われる子たちも、メンヘラという言葉ができて、それを自覚した瞬間にその型にはまろうとすることがある。人間ってそういうところがあると思います。自分から型にはまろうとしていくところ。だから私はそういう型は見ないようにして、その人の個を見ていくっていうのもあるし、あとは私がそういう子を見てネガティブな感情を抱いていないということもあります。

――中には深刻な過去を抱えている子もいるけれど、ネガティブな感情では見ていない?

インベ:かわいそうだとか何とかしようとか、相談に乗ろう、アドバイスしようとか一切ない。それって弱者を見る視点ですよね。同情を向けたりアドバイスしたりしたら、本人は弱者という自分の役割を演じてしまう。人間ってどうしてもその場の雰囲気で、相手との影響で、その場のコミュニケーションが始まるので。私はフラットにただ質問をして話を聞く。かなりクールな会話です。

――話を聞くことで頼られてしまったりということはないのですか?

インベ:ないです。たぶん私のリアクションが淡々としているので、そういう関係性にはならない。DVや性的被害などの深刻な状況に、専門家でもないのに無暗に介入できないということもあります。あと、写真を撮られに来る時点で、彼女たちは強さを持っている。彼女にとっては深刻な状況が過去であれ今現在であれ、それがあるのが人生。そういうところに生まれてしまったっていう現実。その現実の中でその子がどう考えて、どう立ち向かっているかっていうのに心を打たれます。過去や現在の状況を抱えて、今なお生きているっていう強さにポイントをあてたいって思いますね。

写真家・インベカヲリ★さんインタビュー(後編)

タイトル:「近づくと逃げる猫」

だからなのか、彼女たちは私に対して自分の人生を武勇伝のように話したりします。他の人が聞いたら「かわいそう」と思われることかもしれない内容だけど、私は「すごいんだこの人たち」っていう意味での写真を撮っている。写真を観た人が「こっち側の人たち楽しそう」「こんな世界に行ってみたい」って思わせる写真にしたいと思っています。

太ることで人間関係を変えた読モ

――どんなときに、その人の「本当の部分」を見たと感じますか?

インベ:わかりやすい例だと……(写真集をめくってモデルを指さしながら)、この子は昔、読者モデルをやっていて、すごく美人なんですよね。でも、美人で読モだから男も女も寄ってくるだけで、「誰も本当の自分を見ていない」ということを彼女はわかっていた。だから20キロぐらい太ったんです。太ったらそういう人たちが寄ってこなくなって、寄ってこなくなったことで彼女は安心したんですね。「これでようやく自分を出せるようになった」って。「太ったから撮ってほしい」と言ってきた子なんですよね。

きれいで痩せていてスタイルも完璧で都会的な女に見えていれば人から好かれるってこと自体がストレスで、それが原因で太ったっていうのもあるけれど、太ったらそういうものから解放された。だから今の自分がすごく好きだし、ダイエットしようなんて思わないし、痩せろって言う人とは離れると言っていましたね。

作品の中に「生きたい世界」を作っている

――まさに「型」からの脱出ですね。インベさん自身は、どんな子どもだったのですか?

インベ:私は一切自己主張しない子どもでした。人と考えていることがズレすぎていて、他の人が考えていることがわからなかった。勉強もできなかったし、普通の人がスッと理解できることが私にはわからないということが多かったんです。だから世の中に自分の気持ちを表現することをせず、迎合して生きていました。「小学生ってこんな感じかな、中学生はこうかな、高校生は……」って全部合わせていました。その抑圧があったから、20歳の頃に写真を撮るというかたちで爆発したのかもしれない。

高校時代はちょうど女子高生ブームで、「女子高生ってこういう生き物でしょ」っていう型を外しては生きていけなかった。女子高生はこういう格好でこういう音楽を聞いて、ここで買い物してこうやって遊んで……そういう型を意識しないで生きていける人にとってはバカみたいな話なんだけれど、でもそのど真ん中にいて行き場所がない人からすると、それが宗教みたいになって抜け出せなくなる。そういうものを常に意識せざるを得なかったし、考えてしまうし。作品では「自分はこういう世界にいたい、こういうところで生きたい」っていうものを作っていますね。

写真家・インベカヲリ★さんインタビュー(後編)

タイトル:「赤い水」

「声優のアイコ」事件の取材も

インベさんは写真家としての活動の傍ら、ライターとしての共著もあり、現在は月刊誌「新潮45」で「声優のアイコ」事件を追っている。

――取材のきっかけは何だったのでしょう?

インベ:(共著の)『ノーモア立川明日香』を読んだ「新潮45」の方が「事件ノンフィクションを書かないか」と声をかけてくださいました。現代社会が引き立つような事件のノンフィクションを書きましょうということで。そんなときにあの事件があって。最初は性同一障がいの人が女装して昏睡強盗という話で、「私はあまり感情移入できないのでは」と思っていたのですが、その後に多重人格という話が出て。自分の性自認は男なのに身に覚えのない妊娠をしていて、犯行の記憶もないし何が何だかわからないうちに獄中出産して……という状況が明らかになるうちに、徐々にのめりこみました。

――裁判を傍聴されたり、実際に拘置所で本人に面会されたりしていますね。

インベ:はい。裁判に関わっている方や他の記者たちのほとんどは、本人が多重人格を訴えていることを詐病だと思っているようです。私は、裁判で違う人格が出てきて、4歳の男の子になった瞬間を実際に見ているので、「演技であんなにみっともない姿をさらせないのでは?」と思いました。解離性同一性障害(多重人格)についても調べていますが、幼少期の経験や症状の出方が典型的な例に見えます。けれど、裁判所が選んだ精神鑑定医が解離性同一性障害も性同一性障害もこれまで診たことがない方なんです。それでは詐病と見分けることは難しいのではないかと思ってしまいます。

「どうせ演技だし」と思っている人が多いかもしれないけれど、人間の計り知れなさに興味があるので、本当はどうなんだろうというところを追いたいと思っています。

インベカヲリ★
1980年11月生まれ。東京都出身。写真家。短大卒業後、20歳頃から独学で撮影を始める。編集プロダクションや映像制作会社を経て、26歳で写真家として独立。2007年に初の個展。HPを見た海外のキュレーターから声がかかるようになり、ロサンゼルス、バルセロナ、香港などでグループ展に参加。2012~13年にかけてミラノで5ヵ月間の個展を開催。2013年6月にはパリのフリーマガジン「TeiCAMBOOKS」で特集号が組まれる。写真集に『やっぱ月帰るわ、私。』(赤々舎)、共著に『ノーモア立川明日香』(三空出版)、『取り扱い注意な女たち』(あおば出版)。公式サイト

小川 たまか/プレスラボ

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