第三者からの卵子提供を考える(後編) 生殖工学博士・香川則子インタビュー

卵子を取り出すのは簡単なことじゃない 「卵子提供ボランティア」が抱えるリスク

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卵子を取り出すのは簡単なことじゃない 「卵子提供ボランティア」が抱えるリスク
香川先生インタビュー

香川則子さん

第三者による卵子提供は、不妊に悩む人たちの福音となるのか? NPO法人「OD-NET(卵子提供登録支援団体)」は、妻の早発閉経によって不妊状態にあったカップルが第三者から無償で卵子を提供してもらい、受精卵作成に成功したというニュースを発表。それに対して今後の不妊治療に希望を見出す専門家もいれば、異を唱える専門家もいます。第三者からの卵子提供について考える後編は、生殖工学博士にして、卵子凍結バンク「プリンセスバンク」の代表、人呼んで“卵子のプロ”香川則子さんにお話を聞きました。

【前編はこちら】他人の卵子で子供が産める時代に 「第三者からの卵子提供」は不妊治療の希望の光となるか?

卵子提供者のリスクとは

――今回の報道について、香川さんはかなりシビアに捉えられているようですね。

香川則子さん(以下、香川):はい。なぜなら、ドナー(提供者)の女性の負担があまりに大きすぎるからです。私も自分自身の卵子凍結のため採卵手術を数度経験していますが、それ自体は短時間で済みますし、そもそもむずかしいものではありません。が、医療行為であるかぎりリスクはゼロではないのです。膣から針を刺して卵巣にアプローチし、そこから卵子を吸い出すのですから、刺すところを間違えば大量出血し、開腹手術をしなければいけない可能性もあります。最悪の場合、死に至る事態です。もちろん医療者の技術が確かならそんなことは滅多に起きません。でも、そうした可能性をリアルに想像することなく、なんの根拠もなく「私は大丈夫」と思って受けていい手術ではありません。

しかも、OD-NETのHPによると、ドナーの条件として第一に上げられているのは「原則35歳未満で、既に子のいる成人女性であること」です。つまり、その女性にはまだ小さなお子さんがいる。自分ひとりの身体ではありませんよね。妊娠、出産を経験すると、マタニティハイになる女性が少なからずいます。私自身もその期間、できるだけ冷静でフラットにいようと思っても、身体が興奮してしまい、赤ちゃんネタや子どもネタについて過剰に反応してしまうんです。提供に合意するまでOD-NETの倫理委員会では何度もカウンセリングを行い、説明を重ねるようですが、「自分にはもう子どもがいる、でも授からない人もいる、じゃあハッピーをわけてあげたい!」とハイになった女性がどこまでリスクをリアルに想像できるかは疑問です。もし手術で事故が起きた場合、自分の家族を巻き込んでしまうこと、そしてその犠牲がどれほどになるかを理解しないまま、提供に臨むのはたいへん危険です。手術だけではありませんよ、卵子を育てるあいだにOHSSになる可能性もあります。

――OHSS(卵巣過剰刺激症候群)とは、不妊治療に用いる排卵誘発薬の副作用ですね。

香川:一度の採卵でできるだけ多くの卵子が採れるといいと思いがちですが、誘発に過剰に反応して30個も40個もできてしまうと、副作用もよって卵巣がふくれ上がり、お腹や胸に水がたまるなどの症状が出るケースもあります。重症なものになると腎不全や血栓症など、さまざまな合併症を引き起こします。

確率としては、10万件に約1件です。が、死亡する可能性もある副作用なのです。そこまでの重大事に至らなくても、卵巣刺激の薬によって精神が不安定になるのはよくあること。子育て中のおかあさんは、家事・育児におけるメインパーソンです。仕事をして家計を担っている人も多いでしょう。もしかしたら、介護を抱えている人もいるかもしれない。夫、子どもの立場からすると、「僕たち、私たちの存在は忘れちゃったの?」となりますよね。命を賭け、家族を犠牲にしてまで他人のために採卵すること自体、そもそも無理があります。

使われなくなった受精卵提供の可能性

――となると、国内で第三者からの卵子で妊娠したいとなると、姉妹や友人など身近な人を探すしかないのでしょうか。

香川:現時点ではそうですが、選択肢を増やすためには「あまっている受精卵を第三者に提供」という方法を早急に検討するべきです。誰にもリスクを背負わせることがないまま、レシピエントに受精卵移植ができます。

あまっている受精卵とは、不妊治療で使用されなかった受精卵のことです。現在、日本でも年間約37万件(2013年統計)の生殖補助技術が行われ、受精卵が作られています。そのうち、実際に子どもとなって誕生するのが約4万人。余った受精卵は第二子妊娠のためにとっておく方も多いですが、それにしてもすべてのカップルが受精卵を全部使い切るわけではありません。また、悲しいことですが不妊治療の途中で離婚されるご夫婦も少なからずいます。その場合、ふたりで作った受精卵はもう使えません。こうして使用権、所有権を手放された受精卵は、研究や技術者のトレーニングに利用すべく手順を踏んで研究機関に寄付されることもありますが、基本的には廃棄処分されます。(参照:平成25年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告

香川:日本でも最近やっと卵子凍結保存に注目が集まってきましたが、いくつかの国では15年以上前から卵子のセルフバンキングが行われてきました。現在、ヨーロッパで不妊治療を受けている人のうち卵子や受精卵提供による治療を実施する人は数%ですが、米国では1割以上にあたる約2万件に対して実施されています。多い人で何十個と凍結保存しますが、これをひとりの女性が使い切ることはまずありません。2014年に「ランセット」という権威ある学術誌で報告されたように、20代の凍結卵子ならば2~6個であっても、その後の出産を3割程度確保できるため、絶対に余るんです。

保存後、卵子をどうするかは女性本人が決めます。廃棄する、研究機関に寄付する、そして自分で卵子を作れない女性に提供、つまりシェアリングする……のいずれかを選ぶんです。また法的婚をしたカップルでも、受精卵だけでなくそれぞれに卵子、精子を凍結保存できますが、もし離婚や死別などでカップルでの使用ができなくなったときトラブルの原因とならないよう、不妊治療をはじめる段階で、それぞれの使用権、所有権をお互いに意思表示し、合意の書類にサインします。

受精卵提供はおなかからの養子縁組

――現在は未受精卵も受精卵も精子も凍結保存できます。夫婦の場合、受精卵ではなく未受精卵を提供してもらって、夫の精子で受精卵を作りたいと思う人が多いのではないでしょうか?

香川:先ほどお話したように海外でも未受精卵のシェアリングが主ですが、受精卵の提供も行われています。そこには、片方だけの遺伝子を持つ子どもの存在は、遺伝学的に見ると家庭を不平等な状態にしてしまうという考えがあります。たとえば、自分には卵子があるけど、夫には精子がない男性不妊の場合を想像してください。第三者の男性による精子提供を受けて、妻が妊娠、出産したとします。夫側の遺伝的情報をまったくもたないその子が将来、重大な病気に罹る、犯罪に走る……など不測の事態を迎えても、夫は「俺は関係ない」といえてしまうわけです。もちろんそれは、育ててきた親としてはどうかと思う発言ですが、ごくごくふつうの家庭が抱えるにはあまりにむずかしい問題です。

自分たちの遺伝子を持った子でさえ、先天的な遺伝子疾患がないか、後天的に何かしらの障がいが見つかるのではないか……と不安になるものです。女性が高齢出産だと特に心配しますが、若いカップルでも可能性はあります。本来それは誰のせいでもないのですが、夫婦の片方だけにその責任が押しつけられるケースが少なくないと推測されるため、どちらの遺伝子情報もない受精卵での移植がベターです。養子縁組をお腹から行う、と考えるとわかりやすいのではないでしょうか。

――総合的に考えると、日本で第三者からの卵子、受精卵提供が一般化するのはまだまだ時間がかかりそうですね。

香川:課題がいくつも残されているのは確かです。そのひとつに、第三者の卵子で妊娠したレシピエントが癒着胎盤を起こしやすい、という問題があります。本来、胎盤はお産の後にはがれて排泄されますが、この癒着胎盤になると胎盤が子宮の筋肉に入り込んでしまっているため簡単にはがれず、大出血を起こすことがあります。輸血や子宮全摘出の必要があるもので、前置胎盤の人に多いことがわかっています。

海外で卵子提供を受けた、高齢の妊婦さんにこの癒着胎盤があった……という報告例が少なくありません。妊娠さえすれば向こうの施設とはほぼ無関係になるので、こうした事例がフィードバックされることはなく、よって情報が集積されません。卵子と母体のマッチングに問題があるなら、それを医学的に明らかにし、妊娠、お産をより安全なものにしなければなりません。こうした作業を積み重ねるとともに、あまっている受精卵をシェアリングするという考えも広めていき、いずれは多くの女性に利用してもらえるようにしたいです。

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