第三者からの卵子提供を考える(前編) 京野アートクリニック・京野廣一理事長インタビュー

他人の卵子で子供が産める時代に 「第三者からの卵子提供」は不妊治療の希望の光となるか?

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他人の卵子で子供が産める時代に 「第三者からの卵子提供」は不妊治療の希望の光となるか?
第三者からの卵子提供を考える

京野廣一医師

ボランティア女性から提供された卵子で、2組のカップルが受精卵の作成に成功——NPO法人「OD-NET(卵子提供登録支援団体)」がそう発表したのは、今年7月のこと。提供を受けた(レシピエント)女性2名は30代、早発閉経で自分では卵子を作れない状態にあったといいます。早発閉経とは、40歳前にして卵巣機能が著しく低下し、排卵も止まり、閉経と同じ状態になること。自分の卵子で妊娠することはもう望めなかったのが一転、提供者(ドナー)による無償の卵子提供により、子どもを産める可能性が俄然、高まったのです。

病気や卵子の老化などの原因によって妊娠、出産とスムーズに進まない場合、不妊クリニックに通うのはいまや常識。現在、国内では年間30万件(参考:日本産婦人科学会)の生殖補助技術が行われています。でも、そこでもし自分の卵子では妊娠できないと知らされたら……? この第三者からの卵子提供という新たな試みは、それでも子どもを授かりたい人たちの希望となるのでしょうか。

精子・卵子の提供による非配偶者間体外受精実施施設である「京野アートクリニック高輪」理事長・京野廣一医師に話を聞きました。

卵子提供の現状は姉妹、友人から、もしくは海外渡航

——病気や加齢が原因で自分で卵子を作れない、それでも子どもを産みたい人には現在、どんな選択肢がありますか?

京野廣一医師(以下、京野):まずは卵子提供による治療があげられます。卵子提供は第三者からの卵子提供が前提ですが、募集してもなかなかおいでいただける方がおらず、姉妹、友人に卵子を提供してもらっているのが現状です。ドナーが受ける卵巣刺激や採卵手術の費用、その他諸経費はすべてレシピエントが支払いますが、提供への謝礼は原則ないことになっています。だから、これもボランティアといえばボランティアですね。

もうひとつは、海外にいって卵子提供を受けるという方法です。いまだとアメリカやタイ、マレーシア、インド、台湾、スペインに行って治療を受ける人が多いですね。コストは国や施設によって違いますが、たとえばアメリカでの場合は、アメリカ生殖医学会のガイドラインに則って卵子提供が行われ、ドナーへの謝礼や仲介業者への仲介料、渡航費、滞在費などすべて合わせて300~400万円(※)はかかるようです。ドナーに支払われるのは8,000~10,000ドル程度といわれています。若い女性であれば一度の手術で、通常15個前後ぐらいの卵子が採れます。基本的にはそのすべてがレシピエントのものとなり、体外受精または顕微授精で受精卵を作ります。

(※)ドナー、レシピエント双方の弁護士費用も含めて、500万円を超える場合もあります

——どちらも、ものすごくハードルが高い……。誰もができることではなさそうです。

京野:日本国内では無償の提供以外は認められていませんからね。厚生労働省は何度も審議会を開いて卵子提供について議論していますが、国会に提出するまでには至りません。だから、身近に無償提供してくれる女性がいないご夫婦は、海外で治療するしかありませんでした。そこにOD-NETから、「第三者のボランティアによる卵子提供」という提案が出てきたわけです。有償にしたほうがドナーは増えると思いますが、現状では不可能だし、ボランティアでも女性が集まり日本国内でできるのであれば、ドナー側もレシピエント側も負担も軽くなるので理想的だと私は思います。

OD-NETのマッチングシステム

——今回のニュースに光明を見る女性も多いと思いますが、実際にはどのような流れで提供が行われるのでしょうか。

京野:OD-NETのHPを通してドナー女性が名乗りをあげてくださったら、私たちのような実施施設が登録しておいたレシピエント女性とのマッチングが専門家委員会によって行われます。その基準は公開していませんが、血液型や地域性など、ある程度の希望は考慮してもらえるでしょう。そうしてドナーとレシピエントの組み合わせが決まると、まず医師と看護師による双方のカップルの意思確認と実際の流れやリスクについて説明を行います。それから3か月間の熟慮期間に入ります。その間に心理カウンセラー(臨床心理士)によるカウンセリングが行われますが、OD-NETの場合、カウンセリングはレシピエント夫婦、ドナー夫婦それぞれ個別カウンセリング及びカップルカウンセリングを行います。心理検査も行われます。そのプロセスを経て熟慮期間終了後にそれぞれの意思を再確認し、書類に合意のサインをいただければ、JISART (日本生殖補助医療標準化機関)倫理委員会に提出します。

倫理委員会がいちばん知りたいのは、本人たちにちゃんと子どもを育てあげる資質があるかどうかです。そのため、経済状況や性格、精神状態、周囲の環境などあらゆることが問われます。生殖医療は、赤ちゃんを産ませたら終わりではありません。その子が心身とも健やかに育っていけるかどうかまで考えるのです。育てる段階での子供への告知、子供が15歳になってからの出自を知る権利、児のフォローアップなどについても慎重に審議されていると思います。今回の2件についてもJISART倫理委員会で審議が開催されました。レシピエントの家族とドナーの家族がどんな形でも接触しないよう、細心の注意が払われます。それぞれのプライバシーは最優先で守られるべきもののひとつです。

第三者卵子での妊娠・出産が一歩進むために

——慎重に慎重を期すわけですね。

京野:世界的にみても、ここまできちんと手続きを踏んで卵子提供を行うケースはないでしょうね。第三者の卵子での妊娠、出産というのは、技術的には1980年代から可能でした。でも、生殖にまつわる各学会も国も、議論・審議するものの頓挫してきたのです。いずれそうしたところに動いてもらうためにも、いまきちんとした手続きを踏んで、ここまですればほとんどのトラブルを未然に防げることを私たちから示していく必要があります。それが社会的信用につながると信じています。

——となると、マッチングされてから短期間で移植できるわけではないのですね。

京野:スタートからドナーの採卵までは最短でも半年。さらに採卵の後、「ウィンドウ期間」といって卵子に感染症がないかを検査する時間を設けます。半年後にドナーから採血して何の問題もなければ晴れて移植となりますので、トータルで1年~1年半は見ておいたほうがいいでしょう。

誰の卵子から生まれたか知る権利

——この提供によって生まれた子が15歳以上になってドナーのことを知りたいと希望した場合、OD-NETではその情報を開示するとあります。「出自を知る権利」についての考えをお聞かせください。

京野:卵子提供の事実を完全に隠して育てることは、OD-NETでは認めていません。自分の誕生には父母のほかにも、お手伝いしてくれた女性とその家族がいることを、子どもが幼いときから成長段階に合わせて話してあげるという方針で、それは事前のカウンセリングで詳しく説明します。ドナーに面会するわけではなく、その子が知りたいことを可能な範囲で適宜、開示するのです。そのためにはカルテや資料を何十年にわたって保管しておかなければいけないので、一団体が行うには限界があります。いずれは行政にこの事業を引き継いでもらうべきでしょうね。

——現在は、レシピエント登録の条件は、
・医師によって、卵子提供以外の治療では子供が望めないと診断された女性
・女性の年齢は登録申請時40歳未満であること
・法律上の夫婦関係にあること
ですが、いずれは40歳以上の高齢不妊の女性まで対象が広がる可能性はあるのでしょうか?

京野:現段階ではドナーが不足しているので、どうしても早発閉経などの方が優先されます。将来的にそこまで広げるためにも、いま実績を積むことが求められていると思いますよ。

提供にいたるまでの過程は、報道から受ける印象をはるかに上回って複雑かつ慎重で、長期間にわたることが明らかになりました。そこからは、ひとりの人間からもうひとりの人間に命を受け渡す行為への重みが感じられます。一方、この「無償での卵子提供」そのものを危惧する声もあります。後編は、別の角度から卵子提供について考える専門家の意見をお送りします。

【後編はこちら】卵子を取り出すのは簡単なことじゃない 「卵子提供ボランティア」が抱えるリスク

●取材協力:京野アートクリニック高輪

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