戦地の夫へ送った115通のラブレター 戦時中の2人をつなぐ、郵便事情とは

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戦地の夫へ送った115通のラブレター 戦時中の2人をつなぐ、郵便事情とは
戦地の夫へ送った115通のラブレター

稲垣麻由美さん

太平洋戦争のさなか、戦地の夫、山田藤栄さんへ手紙を送り続けた妻がいた。その妻、しづゑさんのお腹には第一子が宿っており、手紙には明日の命をもわからぬ夫と離れて暮らす不安や寂しさが綴られている。『戦地で生きる支えとなった115通の恋文』(扶桑社)は、その115通の手紙を元に、著者の稲垣麻由美さんが当時の郵便事情や藤栄氏の歩んだ足跡といった歴史背景を6年かけてたどり、まとめ上げた一冊だ。稲垣さんに、戦時中の手紙事情について話を伺った。

日本→戦地への手紙の検閲はなかった

――しづゑさんから藤栄さんに宛てた手紙を見ると「お父様、貴方が側におられるなら、思いきりあのお強い力のあるお体にかぢりついて思ふ存分甘えてみたり、又泣かせて貰いたいのに」と、びっくりするほど大胆で、ストレートな愛情表現があり驚きました。戦時中の手紙のやりとりというと厳しい検閲があったのでは、と思うのですが。

稲垣麻由美さん(以下、稲垣):それが日本から戦地への手紙の検閲はなかったんです。戦時中、国策として、国民の士気を上げるため手紙を書くことを奨励し、手紙を薦める映画まで作っていたんです。何億もの手紙が日本と戦地を行き来したため、すべての手紙をチェックするのは現実的に難しかったのだと思います。もちろん、憲兵にチェックされていたような方は別ですよ。一方、戦地から日本への手紙は「今どこにいるか」「戦況、被害はどのくらいか」といった軍事機密にかかわるようなことが書かれている場合は、墨で塗りつぶされたりしていました。

届かずに海に沈んでしまった手紙も

――日本から戦地への手紙はだいたいどのくらいで届いたのでしょうか?

稲垣:私の方で預かっているのは、妻、しづゑさんから夫、藤栄さんに宛てた手紙ですが、これらはすべて藤栄さんがいつ届いたかを記録していました。そこから所要時間を見ると、最短で2週間、最長で半年かかっていたようです。

――ずいぶんと差があるんですね。

稲垣:そうですね。部隊は常に転戦、移動しますので、受け取るタイミングというのはとても難しかったと思います。戦地には臨時の野戦郵便局が出来て、そこを拠点に手紙のやりとりが行われていました。でも太平洋戦争末期になると、その機能も上手くいかなくなり、また、南方への手紙は、輸送船自体が撃沈されるケースが多く、届かずに海の藻くずとなった手紙もたくさんあるんです。

「国にとって都合のいいこと」が広まる恐ろしさは昔だけの話ではない

稲垣:戦時中は手紙以外に、小包も手ごろな料金で利用できたので、日本の新聞や雑誌もよく兵隊さんに送られていました。新聞や雑誌は検閲を受けています。なので、国にとって都合のいいことが戦地に広がるシステムになっていたんです。

戦時中の日本で手紙を書く人は、検閲された日本のメディアからしか情報を得られない。戦地からの手紙は、都合の悪い情報は墨で塗られる……、メディアが国に操作され、国をあげて国民をこう動かそう、という体制がとられていた当時の状況を知ると、今のニュースも違って見えてくるのではないかと思います。

――戦争を遂行するにあたって、国民を統制するために国家が敷いたシステムが、生活の細部に渡るまでよくできていることにぞっとします。

稲垣:国家、マスコミの言うことを鵜呑みにせず、一人ひとり考える力が求められているのは今も変わりません。私自身、この取材を通じ、今まで戦争に対していかに無知だったか気づかされました。今起こっている危機に気づかず、意見を持たないということは、漠然としか世の中を見ていないことなのだと思います。

藤栄さんが昭和19年から赴任した南方戦線は飢餓の戦線で、多くはマラリア、アメーバー赤痢に倒れ、9割もの兵が餓死し、戦死者は在留邦人を含めると51万人とも言われている。藤栄さんは戦後、戦地のことを家族にさえ話さなかったが、80歳を過ぎ痴呆の症状が出てからは地元の神社仏閣をまわっては、泣きながら小石や鳥の死骸を家に持ち帰るようになった。戦地に残してきてしまった部下達の遺骨収拾をしている時間だったのではないか、と家族は話している。

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