恋愛における誠実とはひとりの人を愛し続けること――少なくとも現代の日本では、そうした価値観を信じて生活しているものです。ですが、はたしてそれは絶対的に正しいといえる恋愛スタイルなのでしょうか? 恋愛は1対1で行われるべきものという私たちの価値観に一石を投じるのが、複数の人と合意の上で性愛関係を築く“ポリアモリー”という概念。

複数の人との恋愛と聞くと、なかには「浮気性」「ふしだら」「不道徳」という言葉を連想し、嫌悪感を抱く人もいるかもしれません。ですが、ポリアモリーは複数の相手と「誠実」に向き合うことを重んじており、隠れて行う浮気や不倫とは一線を画していると言われています。あまり馴染みのないポリアモリーについて深掘りするべく、『ポリアモリー 複数の愛を生きる』(平凡社新書)を今年6月に上梓した、著者の深海菊絵さんに詳しいお話を聞きました。

複数の人と「きちんと」関係を築く性愛スタイル

複数人と同時に関係を築くポリアモリー

深海菊絵さん

――ポリアモリーという概念はどのように生まれたのでしょうか?

深海菊絵さん(以下、深海):ポリアモリーという言葉はギリシア語の「複数」(poly)とラテン語の「愛」(amor)に由来し、アメリカで造られた造語です。1990年代初頭から「責任あるノンモノガミー(非一夫一婦制)」に代わる語として用いられるようになりました。「ノンモノガミー」とは、「同時に二人以上の性的パートナーをもつこと」を指します。たとえば、お互いに恋人をもつ自由のある結婚のかたちである「オープン・マリッジ」がその例です。

今でこそ性の多様性に寛容なイメージがあるアメリカですが、キリスト教圏でもあることから性に対して厳格な側面を持っています。性は「夫婦間に閉じられるべきもの」という伝統的な性規範がありますよね。そのアメリカにおいてノンモノガミーが登場するのは、60年代から70年代にかけて興隆した「性革命」期。この時期、既存の性愛関係に囚われない人たちや複数婚を実践するヒッピーコミューンが現れました。

こうした流れのなかで、80年代に入ると、複数の人と「きちんと」関係を築く性愛スタイルや生き方を模索する人たちがネットワークづくりをはじめます。90年代初期には、ポリアモリー運動の旗振り役ともいえる「ラヴィング・モア」という組織が生まれ、自分たちの愛のかたちを「ポリアモリー」と名付けました。米国では年々ポリアモリー・グループが増加し、組織化がすすんでいます。現在は、日本にもポリアモリー・グループは存在していますし、国際会議も開かれ世界的な広まりをみせています。

浮気や不倫と違う3つの理由

――隠れて行われる浮気や不倫と、合意の上で複数の人と関係を結ぶポリアモリーは、何が決定的に違うのでしょうか?

深海:大きく3つあります。1つめは、罪悪感からの解放です。浮気や不倫の場合、パートナーに嘘をつくことになり、罪悪感が生じてしまいます。一方、ポリアモリーはパートナーの合意があるので、罪悪感を遠ざけることができます。実際、浮気や不倫の経験のなかで心苦しさを感じていたという方が、心を痛めずに人を愛したいと考えポリアモリーを選択するに至った、という話はよく耳にしますね。

2つめは、信頼関係に関して。大切な人だからこそ包み隠すことなく本心をみせたい、と考えるポリアモリストは少なくありません。複数の人を愛している(愛する可能性がある)「ありのままの自分」を受け入れてもらうことからこそできる信頼関係は、相手や自分の気持ちに嘘をついている状態でできる信頼関係とは違うものだと思います。

3つめは、配慮のあり方です。浮気や不倫をパートナーに告げない理由のひとつは、事実を知らせて相手を傷つけたくないからでしょう。それはある意味、配慮でも優しさでもあります。他方、ポリアモリストの場合は、相手や自分がどんなことで傷つくのかを互いに伝え、ケアします。ポリアモリーには、相手や自分の痛みに寄り添いながら、臨機応変に対応していく配慮がみられます。

このように、全員が状況を知っているか否かでは、自分の心の状態も信頼関係も配慮のあり方も変わってくるのです。

嫉妬とうまく付き合っていく

――頭では理解できたとしても、ポリアモリーを実践するにあたっては嫉妬心とは無縁ではいられない気もしますが……。

深海:わたしが調査で出会った方々の多くは、ポリアモリー実践において嫉妬を経験したことがあると証言していました。ポリアモリーにおいて嫉妬は大きな課題です。

実は、ポリアモリーのマニュアル本というのがあるのですが、そのなかでは、嫉妬で辛さを感じたときは自分で抱え込まずパートナーに相談することが奨励されており、パートナー同伴で専門家のカウンセリングを受けるケースもあります。このように、パートナーの嫉妬に一緒に向き合う姿勢は興味深いと思いました。一般に、感情は個人的なのものと捉えがちですが、ポリアモリーの場合は皆で共有する“社会的なもの”という側面がみられます。

また、ポリアモリストのなかには、嫉妬を「自分のために」「自分たちのために」活用する、という方もいました。一般的な嫉妬では、「なんで他の女とデートしたのよ!」といった感情が先行します。しかし、私が出会ったポリアモリストは、「自分と彼がきちんと心を開いて話し合えていないかも」とか、「自分は彼とこれからも本当にやっていきたいのか」と自問するきっかけにしたり、自分たちの関係性を見直すきっかけにしたりしていました。つまり、嫉妬を排除するのではなく、嫉妬とうまく付き合っていこうとしていたのです。

――ポリアモリストは、冷静かつ客観的に自分を見られる方が多いのでしょうか?

深海
:それもありますが、常識に囚われずに「思考する力」を持っている方が多いという印象ですね。人が人を独占することに疑問を感じたり、結婚制度そのものについて考えたり。「愛してはいけない人がいるなんておかしい」と思い、ポリアモリーの世界に興味をもったという方にも出会いました。

わたしに関して言えば、小学生のときに同時に好きな人が複数いることは「ふつう」でした。でも、いつの間にか1対1の恋愛スタイルが「正しい」と思うようになっていきました。わたしと同じような方は結構いると思われます。

一方、調査で出会った多くのポリアモリストの方たちは、1対1の恋愛スタイルを否定するのではなく、それを唯一正しい愛のかたちとするのでもなく、どうしたら複数の人と「きちんと」関係を築けるのか真摯に考えている方々でした。

変化を積極的に受け入れ、持続的な関係を築いていく

――本書では、嫉妬(ジェラシー)の反対語を「コンパージョン」と記されていました。これは、「愛する者が、自分以外のパートナーを愛していることを感じるときに生じるハッピーな感情」と解説されていましたが、深海さんご自身は「喜びを感じている自分を想像できない」と述べられています。1対1の性愛倫理を生きる人の多くは同じ意見を持ちそうですが、ポリアモリーの実践を続けるとコンパ-ジョンを得られるようになるのでしょうか?

深海:ポリアモリストであればコンパージョンを感じることができる、というわけではありません。コンパージョンに関するエピソードを収集していると、自分自身の心が満ち足りていて、幸せを感じている時に生じていることがわかります。あとは、パートナーのパートナーと、自分との関係も関係してきます。

以前は、「コンパージョンを感じている自分を想像できない」と思っていましたが、もしわたしの心が満たされ、さまざまな偶然が重なったときには、わたしもコンパージョンを感じることができるかもしれない、と今は思います。

――私たちがポリアモリーから学べる恋愛の教訓ってありますか?

深海:たとえば、変化を積極的に受け入れていくことでしょうか。1対1の関係の場合、関係の安定を好み、変わらないことが大切にされます。他方、ポリアモリーの場合は、変化し続けながらも持続的な関係を築いているケースが多くみられます。その際、大切になってくるのが、心を開いた状態でパートナーと交渉を重ねること。「いま、わたしは何を望むのか」という、自分の気持ちをきちんと伝えることです。

誰でも月日の経過とともに心も身体も変化します。自分と相手のさまざまな変化を受け入れて対応していくことは、「いま」を心地よく生きることにつながるでしょう。このようなポリアモリーの柔軟な姿勢は、1対1の関係においても大切だと考えています。

●深海菊絵(ふかみ・きくえ)
札幌生まれ、横浜育ち。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程に在籍。専攻は総合社会科学、人間行動研究分野(社会人類学)。主な研究領域は性愛論、家族研究。2013年より東京アートポイント計画の一事業として発足した「長島確のつくりかた研究所」研究員として活動。同研究所内に「エスノドラマ研究室」を立ち上げ、ポリアモリーのワークショップなどを開催している。『ポリアモリー 複数の愛を生きる』が初の著作となる

末吉陽子

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