『神様の背中~貧困の中の子どもたち~』作者・さいきまこさんインタビュー(後編)

貧困に無言で耐える子どもを救うには いま大人たちに求められている想像力と知識

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貧困に無言で耐える子どもを救うには いま大人たちに求められている想像力と知識
困窮した子どもたちのSOSに気付くには?

(C)さいきまこ/フォアミセス

>>【前編はこちら】貧困を押し付けられる子どもたち 「自己責任論」で見放された、困窮家庭の実態

夫のDVから、中学生の娘を連れて逃げた主人公。そのために小学校教師の仕事も辞め、再就職もままならない。底をつく生活費、執拗に追いかけてくる夫、追い詰められていく精神。困窮状態にあった母娘ふたりが、生活保護を受け、周囲の理解ある人たちに支えられながら再び希望を見出していく……。さいきまこさんの最新コミック『神様の背中~貧困の中の子どもたち~』(秋田書店)には、女性と子どもを取り巻く社会問題が凝縮されています。

インタビュー前半は困窮した人たちをさらに追い詰める自己責任論についてお話いただきました。後半は、いま貧困状態にない人が貧困について考える意味をうかがいます。

子どもたちのSOSに気付くには少しの想像力から

――当初、主人公は貧困を自分とは遠いものとして考えていましたね。けれど、まずは受け持ちの生徒が発する「シグナル」に気づくようになります。

さいきまこさん(以下、さいき):衣服の汚れや、たび重なる遅刻、欠席など、子どもが無言のうちに発しているシグナルに一度気づくと、その背景にある問題が見えてきます。たとえば万引きをした子どもがいて、それ自体はもちろん褒められたことではないのですが、ただ「素行が悪い子!」と決めつけ、叱るのは簡単なことです。でも、何か事情があったのではないか、とちょっとでも想像力を働かせると、その子の家庭が非常に困窮しているということにまで気づけるかもしれません。

――本作では、「困っている人がいても、みんな感度にぶいよね」という台詞があります。主人公の娘は、クラスメイトの困窮状態に気づきますが、教師もほかの生徒も「ちょっと変わったヤツ」程度にしか思わず、その子が孤立しています。

さいき:この豊かな日本でまさかそんなに貧しい暮らしを強いられている人たちはいないだろう、という思い込みが強いのでしょうね。それどころか、「怠けているから貧しいんだ」「心が弱いから働かないんだ、勉強しないんだ」と一方的に決めつけられるばかりです。でも、そこでちょっと立ち止まって、彼らがそういう状態に陥った事情を考えてみてください。これって、自分にとってもプラスになるんですよ。自分は一所懸命働いているのにサボっているうように見える人がいたらイライラしませんか? そんなときに「もしかすると事情が」と考える習慣をつけると、無駄なストレスも消えていきます。

――貧困や生活保護への差別的な視線もまた、そうしたイラ立ちが原因なのでしょうか?

さいき:それに加えて、「何も知らない」というのが大きいですね。実はいまでこそこうした作品を描いている私ですが、かつては貧困を自己責任だと思っていたし、生活保護についても世間一般がもつ俗っぽくて差別的なイメージしかありませんでした。でも、自分の老後と子どもの将来を考えたとき、生活保護は自分にとって遠いものではないと気づき、当事者目線で調べはじめました。すると、自分がいままで知っているつもりだったことがガラガラと崩れていき、ただの思い込みにすぎなかったとわかりました。そして前作『陽のあたる家~生活保護に支えられて~』(秋田書店)を描きはじめたのですが、取材するなかで「え~、こんな制度あるんだ」「貧困で困ったらここに相談すればいいんだ」「これは、私たちにとって権利なんだ!」と自分が気づいていったことを、登場人物に仮託しました。

生活保護や貧困は社会の“ケガレ”?

――本作では、生活保護への偏見から受給をためらう女性に対して、「生活保護は権利だから利用する」と声に出していわせるシーンがあり、とても印象的でした。

困窮した子どもたちのSOSに気付くには?

(C)さいきまこ/フォアミセス

さいき:日本は権利意識が根づいていないので、これは以後も声を大にして伝えていきたいことですね。その女性は「生活保護を受けるのは恥だ」と思っていたからこそ受給できずにいたわけですが、周囲の人が申請を勧めたのは、その家族が受給要件(受給に必要な条件)を満たしているし、それによって救われるべきだからです。しかし、申請するのはモラルがないから、と見なす傾向はいまの日本で非常に強いように見えます。だから生活保護バッシングが起きる。そんな視線のなかで権利を行使すると、ますます恥の意識を植え付けられます。

受給要件を満たしている人の割合に対して、実際に受給している人の割合(捕捉率)があまりに低い日本の現状は、国連でも問題視され、2013年に「生活保護の申請手続きを簡略化し、申請者が尊厳をもって扱われることを確保する措置」「生活保護につきまとうスティグマ(=負の烙印)を払拭すべく国民を教育すること」の2点を勧告されているのですが、改善される兆しは一向に見えません。それどころか私は最近、生活保護や貧困が社会のケガレとして受け止められているのではないかと考えるようになりました。

――だから、差別の対象になると?

さいき:ケガレや忌み言葉だと考えると、世間の貧困に対する無関心や、生活保護利用者を排斥しよう、懲らしめようという空気も腑に落ちます。自分たちの目の前からいなくなってしまえば、まるで問題がなくなったかのように思えるんでしょうね。

貧困の実態を知ればなくなる偏見と差別

――ネットなどの記事で、「生活保護」というワードを見ただけで、記事も読まずに脊髄反射的にバッシングする人が少なからずいるのも、説明がつきます。

さいき:こうした世間の空気というか、感覚的なものをなくすのは相当むずかしいことです。でも、いま目に見えている貧困の背後にこそ、とんでもない状況にさらされている人たちが無数にいるんです。それが見えている人ほど、そうした困窮者、貧困家庭を少しでも減らすためには、どこから手をつければいいんだろう……と絶望的な気分になるかもしれません。それほど根が深い問題です。ただ、実態を知れば知るほど、その偏見や差別が薄まっていくということを、私は自分自身で体験しています。知ってもらうことから始めるしかないという想いがあり、本作品では、いま女性と子どもの貧困の背景にあるものをひと通りわかるようストーリーに織り込みました。

――ひとりひとりの問題意識が変わらないかぎり、社会も変わらないということですね。

さいき:はい。本作では、福祉制度にくわしい大川先生という女性が登場しますが、彼女がいるから学校の児童とその家族は福祉に接続できたし、主人公も夫のDVから逃げることができました。そういう人が周囲にいないと、困窮している人は救われるにしても時間がかかるし、もしかしたら救われないかもしれません。だから、いま困窮に陥っていない、陥る可能性が低い人にこそ、貧困について知ってほしいと考えながら本作を描きました。先ほどシグナルといいましたが、知ってさえいれば見えるシグナルも、知らないと見えない。身近な人たちへ目配りできる人が、ひとりでも増えてくれることを願います。

神様の背中~貧困の中の子どもたち~』(秋田書店)

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