長続きカップルに学ぶ共同生活のくふう 大泉りかの「ふたり暮らしリアル」第4回

家の中で全裸でいたい「裸族」との同棲は上手くいく? 露出度と恋心の微妙な関係

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家の中で全裸でいたい「裸族」との同棲は上手くいく? 露出度と恋心の微妙な関係

同棲したら部屋の中ではだかはOK?

■第4回 家の中での服装問題

つい数日前、新潟で38.3度、東京都八王子市でも36.2度を記録するという、猛暑日が観測されましたが、いよいよ梅雨明けまで秒読み段階、明ければ、本格的な夏の到来ですね。こうも暑いと、家の中でもできるだけ薄着で過ごしたいところ……というわけで、今回は、家の中では全裸でいたい人と、家の中でもきちんと服は身に着けていて欲しい人が、共に暮らすことについて、です。

自宅では全裸で過ごすことを愛する「裸族」

世の中では、自宅では全裸で過ごすことを、こよなく愛する人々がいます。“裸族”などとも呼ばれてる彼ら彼女らには「裸でいる解放感を愛している」「裸のほうが気持ちいい」「洗濯物が増えなくていい」「トイレをギリギリまで我慢できる」「自分の家にいるのに、なんで窮屈な思いをしなくてはならないんだ」といった主張があるのもわかりますが、やっぱり恋人や配偶者であっても、そのセクシャルなパーツがいつも目につくところにあるのは、なんとなく気まずいものですよね。

堂々と晒せるほどの立派なものであろうが、ちょっと可愛らしいものだろうが、どっちにしても目のやり場に困る。そのうちに見慣れるのかもしれませんが、好きな人の性器には、やっぱり“特別なもの”として、ドキドキしたい。そういう意味でも、「日常生活を送る上では、隠しておいたほうがいいのでは?」とわたしは思います。

全裸派と着衣派の衝突の原因

男性だけではなく、女性でも全裸、もしくはパンツだけは履く半裸派という人もいて、全裸派に至っては、直接椅子や床に性器を付けることに抵抗はないのか、と謎なのですが、人によって衛生観念はまちまちなのが難しいところです。「裸で布団に入るなんて、汗が染みて嫌だ」という人も存在するわけで、そんな人とパンツさえ履きたくない人とが一緒に住むとなると、なんらかの確執が生じることは想像に難くありません。自然vs文明、家族なんだからありのままの自分を拒むなvs家族であっても他人だから配慮が必要、自分の身体は人に恥じることないvs自分の身体は人に晒すのはみっともない……と少し考えただけでも、いくつも“全裸と着衣”の衝突の原因となる、相反する主義が思い浮かびます。

ただ、裸で過ごすことには「緊張感からダイエット効果がある(ただし、部屋の至るところに鏡を置いて、常に自分の身体を直視 することが必要だそう)」や「下着などの締め付けがないことから、冷え性が改善する」、はたまた、「セックスレスにならない」といったメリットもあるそうです。常に全裸だと興奮が薄れて、むしろレスの原因になりそうな気がしますが……。

最初から、きちんと着ていてもらう

そもそも、好きな人のものであるからこそ、そのセクシャルなパーツを愛おしいと思うことができますが、そうでない場合は「気持ちが悪い」と感じてしまうものですよね。だから、一緒に暮らし始めたばっかりや、「大好き!」となんの躊躇もなく言える状態ならば、相手が全裸であっても、そう気にならないどころか「無防備で可愛い」とすら思っていたのに、相手になんらかの苛立ちを抱えていたり、恋心が醒め始めていたりすると、途端に「そこにある裸が我慢できない」となることって十分にあると思うのです。けれど、それまで裸で生活することを許されてきたというのに、突然に「服を着てよ」と注意されても、相手は理不尽に感じるだけ……というわけで、そんな事態に陥らないように、「最初から、きちんと着ていてもらう」というのが意外と大切なのではないか、と思います。

パンツの上には、ショートパンツを履く、パンツを履かない代わりに、きちんと性器が隠れるゆったりとしたワンピースを着る、反対に「パートナーが裸で過ごしたい」というのならば、Tシャツにトランクスだけは履いてもらう、といったところで手を打ち、性的なパーツだけは最低隠すのが、この問題の平和な落としどころではないか、とい思います。そして、全裸や半裸は、相手が出かけた隙のひとりの時に、特別な行為として思う存分に楽しむ。そんな密かなひとりの楽しみがあれば、「今日はひとりで過ごさなくてはならない」という時に、さみしさを感じずに済むことも、小さくはないメリットではないでしょうか。

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