思いを伝え社会を変える「怒れる女子会」

>>【前編はこちら】オッサンとは“弱者への想像力”に欠ける人 「怒れる女子会」呼びかけ人が語る、女性が政治を語る意味

    ケア労働を経験した人が意思決定の場にいた方がいい

――同伴している大人がいくら気を付けていても、子どもは急に走り出すことがありますね。

太田:それに対して母は容赦のない批判を受ける。たとえば私も最近電車の中で、サラリーマン風の中年男性から「あんたの子どもが足を踏んでんだけど!」っていきなり怒鳴られました。私が父親だったらそんなふうに怒鳴るのかなって思いましたけど。そういう批判を受ける経験だってケア労働の一環かもしれません。社会に対して「規格通りにできなくてすみません」という気持ちと「少しぐらいいいじゃない」「そんな言い方しなくても」という気持ちの両方を感じるという経験。

――ケア労働をしたことのない人は、「規格通りにならないことがある。それは規格がマジョリティーの行動に基づいて作られているから」ということに気付きにくいのかもしれません。

太田:そういう細かい一つひとつが女性としての「経験」だと思います。女性の「属性」というよりも。「女性だから思いやりがある」という風には言いたくないけれど、ケア労働の経験値を積んでいくと否が応でも思いやらざるを得なくなって、思いやるのが上手くなるというのは確かにあります。だからケア労働を経験した人が意思決定の場にいた方がいいなっていうのはすごく思うんですよ。

でも今はそうじゃないですね。オッサンたちは次世代のことをどうこうとか言うけれど、目の前の子どもを放ったらかしにして脳内次世代を作っている気がします。目の前の子どものオムツも替えないで何言ってるの? みたいな感じ。

    関西では「怒りたい女子会」も

――「怒れる女子会」という言葉を見て思ったことですが、女性は怒ることができない人が多いなと思います。

太田:私的な怒りはわからないけれど、社会に対する公的な怒りについてはそうですね。本当は怒っていると思うけれど、モヤモヤした気持ちを怒りと自覚していない人が多いのかも。

「怒れる女子会」より前からやっていた「憲法カフェ」では憲法の話をしているんですけれど、そこに参加した女性たちに「何か質問ありますか?」って聞くとみんなシャイだから手を挙げないんです。

でも「何でもいいので順番に話してください」ってこっちからあてていくと、「関係ないかも」とか「バカみたいかもしれませんけど……」って前置きしながらすごくいいことを言うんです。聞いてみると「それ怒っていいよ」っていう話もいっぱいある。自分の個人的な思いを社会構造につなげたり、不満を表現したりする方法をトレーニングをしていないんですよね。だから「憲法カフェ」にしろ「怒れる女子会」にしろ、その怒りを表現したり話す方法とか、政治を話題にすること自体をみんなが練習できる自主トレの場ですって言っています。

面白いなと思ったのは関西の大学院生の方たちが「怒りたい女子会」というのを始めたことです。まだ会ったことはないのですが、サイトを見ると「怒るってどうやったらできるんだろう?」って書いてあって。「怒れる女子」の前段階とも言えるんですけど、表現の仕方が面白くて賢いと思います。「怒れる」っていうと引いちゃう人もいるかもしれないし。

――女性が怒っていると男性からネガティブなイメージをつけられると思う女性もいるでしょうし、実際に「ヒステリー」という言葉は女性に対してよく使われます。

太田:ええ。でも意外なぐらい、バッシングはないですよ。男性から「自分も男だけれどオッサン政治にはうんざりだから応援している」と言われることもあります。男性だって現在の構造の中でいい思いをしているのは一部で、その構造自体に疲れている人はいますから。男性を敵視しているつもりもないし、だからなのか男性からも結構好意的なんですよ。

「女子会」だけど男性の参加者もいますし、締め出してはいないんです。ただ、地域によってはまだかなり女性が政治や社会に意見しづらいところもあって、そういう場所ではあえて「男子禁制」にしてもいいかなと思っています。

    レッテル貼りへの正攻法は「それが何か?」

――女性の主張に対して「怒らずに言えば聞くのに」という声もありますね。「もっと優しい言い方をすれば男は聞くんだけどさ」みたいな。

太田:そうそう、よくわかります。夫婦間でも似ていて、例えば女性の方でも「男なんか子どもなんだから手のひらで転がしてあげればいいのよ」と言ったり。なんで、そんな「転がす」労力を取らなきゃいけないんだよって思いますけど、今はまだ言葉を飾り付けて聞いてもらうことの方が意味があるのかなあ……。そこはまだ私も現在進行形でせめぎ合いですね。「かわいい言い方をしてまず聞いてもらう」のも作戦としては意味があると思うんですけど、だんだんそれが作戦ではなく固定化してしまう気もしますしね。

――主張すると「生意気」「偉そう」「フェミなんじゃない?」というレッテルを貼られるのがイヤという声も聞きます。それを聞くたびに、フェミニズムに対して「ブスのヒステリー」というレッテルを貼ったのってすごくうまい行動だったんだなあ……と。

太田:正攻法は、レッテル貼りにも腹をくくって「それが何か?」って言うことですよね。みんながそうやっていれば、レッテル貼り自体が無意味になってくるから。

社会学者の江原由美子さんが書いた「からかいの政治学」という論文がありますが、相手にダメージを与えるときに、正面からガーッと批判するよりも揶揄して嘲笑して、相手を笑い者にすることで弱体化させるってやり方があるんですよね。「ブスのヒステリー」というのなんかまさにそれ。まともに取り合わないで「あんなの(笑)」とか「ハッ」って笑うだけで終わらせちゃう。そうされると反論しづらいから、弱体化作戦としてすごく上手いんですよね。「今なんで笑ったんですか?」って言うとまた「ハッ」って言われると。これをやられたら現実の場面ではどうすればいいのかわからない。笑い返せばいいのかな。「ハッ」ってやられたら「ハッ」って。

    成功した女性は二分化する?

――女性に対して厳しいことを言う女性もいますね。林真理子さんとか曽野綾子さんとか。

太田:林真理子さんについては、屈折感とかイジイジした思いをすごくうまく書く人だったし、想像力が持てる人のはずだと思うんですけれど、先日の件(※)ではがっかりしてしまいました。曽野綾子さんについてはもう、言うまでもない感じ、論外です。林真理子さんがソノアヤコ化するのかってがっかりしました。

成功した女性は二分化するなと思います。成功に至るまではもちろん努力しているわけですけれど、「私はこういう風に壁を登ったのよ。登り方を教えてあげるというのに、壁を登れない女は甘いわね」っていうタイプと、「私は大変な思いをして登ったけれど、こんな壁があるのがそもそもおかしいんだから一緒に壁を壊しましょう」っていうタイプがいますね。私は後者でありたいし、後者の先輩女性が好きです。でもオッサン受けがいいのは前者なのかもしれませんね。

(※)川崎の中1殺人事件で被害者の母をバッシングするような内容を『週刊文春』(3月12日発売号)に掲載 参考:川崎リンチ殺人、被害者の母を責め立てた林真理子氏のエッセイの暴力性

――今後ますますご活躍の幅が広がりそうですね。

太田:女子大などで講義をすると、「マタハラ」という言葉を知らない学生もまだいるんですね。偏差値が高くても、社会に出た後の現実をぴんときてない学生も多いので、若い方にお話できる機会には必ず女性の貧困の話をするようにしています。

それから、私は子どもが2人とも男の子なんです。今まではずっと女子の生き方を考えてきたけれど、人生の後半は男性の生き方も考えるようにって、神様がそういう風にしたのかもしれない。……というか、女性がハッピーな社会なら男性もハッピーになる、本当にそう思いますよ。

太田啓子(おおた・けいこ)
国際基督教大学卒業、2002年に弁護士登録。「横浜弁護士会」「明日の自由を守る若手弁護士の会」所属。主に家族関係、雇用関係、セクハラ、性犯罪問題などを取り扱う。2014年に「怒れる女子会」をスタート。男の子2人の母。

小川 たまか/プレスラボ

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