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2015/04/18
大泉りかの秘告白部屋 ~女の闇は深く、生暖かい~
女の闇は深く、生暖かい――官能小説や女性向けポルノノベルで活躍中の人気作家・大泉りかが、知られざる“女の闇の真実”を解き明かす! 働いて、好きなことをして、充実した生活を送る。これらは、ごくシンプルで当たり前のことのように思えます。しかし、その『慎ましい望み』が『欲望』となると、途端に強い執着と依存とを生み出してしまうことも…。大泉りかの秘告白部屋、OPEN!
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モラハラ父にファザコン気味の38歳女

血の繋がった家族に対する“丁度良い距離感”というものを確立するのは、実はなかなか難しいことではないでしょうか。一方が近い距離を求めたとしても、もう片方は遠い距離を望むこともあるでしょうし、互いが求めあっていたとしても、その距離感が近すぎる場合は、周りに「大丈夫なんだろうか」という気持ちを抱かせてしまうことだってある。当たり前のことですが、“正しい距離感”というものはないのです。

特に“母親との距離感”と“父親との距離感”が、まったく等しくあれるわけではありません。共に単なる“親”として一括りにするには“性”が入りこんできて邪魔をするからです。さて、今回登場いただくのは、「ファザコン」を自称する女性。彼女がお父さんに抱いている複雑な思いとは? そして、その思いは、彼女の今に、いったいどんな影響を与えているのでしょうか。

【同居する父親に愛憎入り混じった複雑な気持ちを抱えるR美さん(38歳・商社勤務)】

――ファザコンなのは、昔からなんですか?

R美:うーん、もともと小さい頃は、べったりでした。近所でも子煩悩で有名な父だったんです。うち、妹もいるんですが、下のコっていうんで、母親がそっちにべったりで。で、父親は必然的に、そのバランスを取るつもりでか、わたしをものすごく可愛がってくれたんですよね。

父は研究職なので、あまり家にはいなかったんですが、小学校に上がってからは、わたしに英才教育をするために、わざわざ一度家に戻ってきて、わたしの勉強を見て、で、また職場へ戻るという生活をしてくれていました。6時に帰って来て、6時半までマラソン、で、6時半から7時からお風呂の時間で、それが終わると、勉強、お父さんはご飯を食べながら、わたしの勉強をみるっていう。いま思えばありがたいことなんだけど、当時は、それって苦痛でしかないじゃないですか。軍隊みたいな感じで。

「大好きだけど大嫌い」みたいな感じ

――ちょっと息苦しいですよね。

R美:そう。で、中学生くらいに上がると門限が発生して。それから19歳で家を出るまで、ずっと7時が門限。予備校に行ってるのに、それを過ぎて帰ると鍵が閉まってるっていう。

――これまたお父さんの方針で。

R美:そう。そういう感じで、あんまりいい生活じゃなかったから、すごく嫌いだったし、父親自体も、今でいうモラハラってやつだと思うんだけど、けっこう激しく怒鳴ったりとか。殴ったりはなかったんだけど、母親にもそうだったから「怖いな」っていう対象だった。で、「大好きだけど大嫌い」みたいな感じでした。

で、大学に受かって、最初は実家から通っていたんです。けど、家から2時間半かかったもんで、1限の授業がある場合は、朝の5時半とかに家を出る状態で、1日に5時間も通学にかかってるから、残りの時間は19時間しかない(苦笑)。当然、成績もガッタガタで、「ひとり暮らしがしたい」と思うようになったんです。

当然、父親には反対されたんですが、お祖母ちゃんに説得してもらって、無事にひとり暮らしをすることに。そこから就職しても、全然家に帰らなくって。お父さんも、娘が処女を失ったっぽいって気が付いたあたりから、諦めたのか、あまり構ってこなくなって。

5歳児くらいに戻った感じで甘えてます

――なるほど、ちょっと疎遠になったわけですね。

R美:けれど、就職して、25歳くらいの時に一度身体を壊したんです。たぶん29歳くらいまで……ってあやふやなのは、その頃のことが、あんまり記憶にないんですよね。仕事で何があったとか、付き合ってた人がいたとかは、ぼんやりと覚えてるけど、じゃあ、その人とどこに旅行に行ったとか、そういうのはさっぱり、今だに思い出せない。体重も30キロ台とかまで落ち込んで。

そんな状況になっても、最初は親を頼らなかったんだけど、もう、どうしようもないっていう状況になって、仕方なく母親に連絡をした。けど、母親はもう何もできない人だから、父親に頼ったらしく、そうしたらすぐに会いに来てくれて。で、それをきっかけに、お父さんとの関係が修復した、という感じです。

――その頃は、モラハラはなくなってたの?

R美:うん、大分なくなってましたね。全部言ったんです。ああいうのが嫌だった、こういうのが嫌だったって。

――そこからむしろ、お父さんが大好きになった、と。

R美:そう、大好きで、5歳児くらいに戻った感じで、甘えてます。実家で、一緒に住んでいるとはいえ、最近は寝る時間が合わなくて、あんまり会えてないんだけど、でもお父さんからはメールが来たりします。「睡眠はとっているのか。生活の要だ」とか、そういう。

頑張れば認めてくれるから、お父さんと結婚したい

――優しいけど、やっぱりどことなく軍隊的ですね。

R美:そう(笑)。けど、それに母親が嫉妬するんですよ。もう70歳過ぎてるのに。そもそも母親には、小さい頃からライバル意識を持たれていて。父親の悪口を、よくわたしに吹き込んで来たりもしてた。ある時に「なんでそんなこと、わたしに言うの?」って聞いたら「あんたが、お父さんに懐いているのが気に食わない」「あんたの大好きなお父さんが、どんな人間なのか教えておこうと思って」とか。

――でも、お母さんにそんなふうに言われても、父親のことは嫌いになれず、むしろ今では大好きだと……お父さんから受けた影響ってある?

R美:それこそ恋愛観。わたし、お父さんと結婚したいですもん。お父さんみたいな人がいい。

――モラハラ気味で、怒鳴られるのに?

R美:うん、頑張りさえすれば、認めてくれるから……って、これなんですよ。この話を突き詰めると、この気持ち悪い結論に到着してしまう(笑)。

世間的に評価されている人を好きになっちゃう

――ああ、「認めて欲しい」っていう欲求が、根本にあるわけなんですね。で、今はお父さんには認めてもらえてるんですか?

R美:うーん、ずっと働いていることは認めてくれてます。反対に「男に囲われたい」って女は嫌いみたい。母親がそうなのに……。うちの母親、ブランド物が好きなんですが、別にセレブ志向とかでもなく、普通のダサいお婆ちゃんなんですよ。けど、男の人に「ブランド物を買ってもらえる」ってことが好き。「金持ちに愛されるわたし」とか、「一緒に歩んできた旦那の価値がイコールわたしの価値」って考えなんです。

でも、その“気持ち悪さ”は、若干わたしも受けついでいて、やっぱりわたしも、世間的に評価されている人を好きになっちゃうんですよね。ただ、わたし、学歴に関してはあくまでも父親がトップなので、違うジャンルの人が好きになるというか、高卒とばっかり付き合ってるんです、もう頭は求めなくっていい。

――「父親を負かしたくない」とかそういう気持ちがあるんですかね?

R美:かもしれません。うわっ、気持ちワルっ!

働き続けなければ生きていけないひとり暮らしの身にとって、病気ほど怖いものはありません。そういう時に、頼りになって助けてくれる身内という存在は本当にありがたいものです。父親への愛憎が入り混じっていた少女時代、しかし、そこから、自らの意思で、一度、決別したからこそ、『気持ち悪い』という客観性を手に入れることができたR美さんは、ようやく父親との“丁度良い距離感”を手に入れることができたのかもしれません。

大泉りか

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