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2015/04/16

自伝的小説プロデューサーが語る木嶋被告

婚活連続殺人事件の木嶋佳苗被告の自伝的小説『礼讃』(角川書店)が発売され、話題になっている。この本の冒頭にプロデュースとして名前を連ねるのがフリージャーナリストの八木秀和さんだ。木嶋被告のブログにもたびたび登場する。

八木さんはこの本を企画し、木嶋被告から原稿を受け取り、今回の出版にこぎ着けた。その八木さんに『礼讃』や木嶋被告について話を聞いた。

    ほぼ書き損じがなくて、きれいな読みやすい字

――どういう経緯で『礼讃』をプロデュースされることになったのですか。

八木秀和さん(以下、八木):第一審の後に木嶋被告の手記が発表されましたね。あれを読んで文才がある人だと感じ、この人に自伝的な小説を書いてもらったら良い作品ができるのではないかと思ったんです。それで木嶋被告に手紙を書いたんですよ。たぶん、私以外にも沢山の編集者から執筆依頼があったと思いますが、年齢が近いということもあって、木嶋被告は僕と仕事をすることに決めたようです。木嶋被告は1974年生まれ、私は1976年生まれで、ちょうど固定電話から携帯電話に移行する頃に20代を過ごしたので、あの時代を描きたいねという話もしました。

――『礼讃』の中では1990年代の東京の街の様子が緻密に描かれていますね。細かいディテールなども書き込まれていて思わず引き込まれます。また、2段組で460ページ以上という量にも圧倒されました。

八木:大学ノート42冊分の原稿を受け取りました。そのまま本にすると3冊から5冊ぐらいになってしまうので、かなり、絞り込んだ内容になっています。ノートにはボールペンで書かれているんですが、ほぼ書き損じがなくて、きれいな読みやすい字です。木嶋被告は拘置所から出られず、ネットが使えないので、執筆に必要な調べ物ができません。ですから、僕が代わりにネットや図書館で調べたり、実際にその場所に行ったりもしました。また、角川書店の担当編集者の方にもご尽力いただき出版にいたりました。

    実際の木嶋被告は控えめな感じで話す落ち着いた女性

――拘置所の中の著者とのやりとりはご苦労も多かったのではないでしょうか。

八木:ネットや電話でやりとりができないので、最初の半年は毎週1回面会に通いました。手紙は400通を超えるぐらいもらったのではないでしょうか。実際に接する木嶋被告は控えめな感じで話す落ち着いた女性です。特別太ってもいませんし、顔立ちも品もよくて、報道されているような怖ろしい容姿ではないですよ(笑)。

今回、殺人事件の裁判中の被告が無罪を主張したままで、幼少期や青春時代を描いた自伝的な小説を発表したことへの批判もありますが、僕はジャーナリストとして死刑制度について、問いかける意味で、今回の本の出版を志しました。

――第一審の際に全面有罪になったのは、加熱した報道の影響もあるという意見も新聞記者たちの間ではありました。窃盗に関してまで有罪になったのは驚いた記者は何人もいました。

八木:北原みのりさんの『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』や佐野眞一さんの『別海から来た女――木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判』といった木嶋に関するルポルタージュの本もありますが、それと木嶋自身が書いたものを読み比べていただきたいですね。死刑という人の生命が関わる裁判なのですから、いろんな視点からの情報が発表されるべきですし、また、より多くの情報を知ってもらいたいと願っています。

    拘置所にいるからこそ、支えになってくれる人が欲しくなる

――木嶋被告が獄中婚したことも話題になりましたが。

八木:本ができたので、渡しに行った時に、本人から結婚報告を受けました。相手の方は60代のスポーツマンで筋肉がついた逞しい印象の方です。獄中婚はしばしばありますが、拘置所にいるからこそ、支えになってくれる人が欲しくなるのではないでしょうか。

――『礼讃』の中に出てくる最初の恋人の徹さんも年上でした。木嶋被告は年上の男性と縁があるようですね。本を読むと徹さんとの出会いがきっかけで人生が大きく変わっていくわけですし。

八木:そうですね。「徹さんと結婚相手は年齢が一緒なのよ」ということを、木嶋はクスリと微笑みながらいったんですよ。本ではずいぶんと徹さんにひどいことをされた様子が描かれていますが、それでも彼のことを恨んでないのだと感じました。

(編集部)

●八木秀和
1976年生まれ。早稲田第一文学部卒業。フリージャーナリスト。