学校のわいせつ犯罪が見過ごされる理由

>>【前編はこちら】生徒からの信頼を“モテ”と勘違い 繰り返される「スクールセクハラ」の実態

学校内で教師から児童・生徒へのわいせつ事件が起こる背景にあるものは何か。生徒が教師に向ける親しみや敬意の感情を、教師側が「自分への好意」と勘違いしてしまう場合があるため、と『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』著者の池谷孝司さんは指摘する。

「子どもと同じ目線で教えている」意識が生む危険

――どうして勘違いしてしまうのでしょう?

池谷孝司さん(以下、池谷):多くの先生は熱心に教えていますし、わいせつ事件を起こしてしまう人はごく一部です。ただ、これが重要なことですが、学校という組織は権力が一方向に働きやすい構造です。権力を利用して子どもをコントロールすることがたやすくできる環境なので、自分でも気付かないうちにそうしてしまう人もいる。さらにそれがエスカレートすることがある。小児性愛の傾向があるとか、異常性欲の人だけがわいせつ事件を起こしてしまうわけではないんです。普通の熱心な先生であっても、何かのきっかけでそういった行為をしてしまうことがあります。

――教師と生徒という関係は主従関係になりやすく、さらに閉鎖的な環境のためコントロールしやすいということでしょうか。『スクールセクハラ』の中には、部活で指導している女子生徒を個室に呼び出して「三回まわってワンと言え」「制服を脱いでみろ」と命令する教師が出てきますが、支配欲の表れのように見えました。

池谷:問題なのは、子どもから見て大きな権力を持っている存在だということに教師自身が気づいていないということです。「子どもと同じ目線で教えている」と思っている人が多い。それはそれで素晴らしいことなのですが、子どもから見て自分が「逆らえない存在」だということをわかっていない人もいる。だから子どもが本心では嫌なのに抵抗できないという状況に気付かないのだと思います。

現在の構造では子どもがおかしいと思うことをすぐに「NO」と言える仕組みにはなっていません。子どもが教師を嫌だと言える環境はまだ少ないという前提を知ることが大事です。この構造がわかっていない人が多いから二次被害も起こりやすい。繰り返しになりますが、スクールセクハラで特に問題なのは二次被害です。相談を受けた人が「本当なの?」「あなたも悪いのでは?」と言ってしまうことです。

「スクール・セクシュアル・ハラスメント防止全国ネットワーク」の代表であり、元中学教師の亀井明子さんは「中立は加害者側になる」といつもおっしゃっています。相談を受けた側が「中立の立場で話を聞こう」とすると、強い立場である教師側の肩を持つことになってしまうことが多いのです。

体罰と同じように、スクールセクハラのアンケートを

――『スクールセクハラ』で紹介されているケースでは、部活動の顧問から受けたセクハラを訴えた女子生徒3人が、校長から「先生にも奥さんや子どもがいる。辞めさせられたら、家族はどうする」と言われたというものがありますね。これも中立のつもりで加害者側に立っているケースだと思います。スクールセクハラをなくしていくためには、何が必要だと思いますか?

池谷:ひとつは教師に対する研修ですね。自分が生徒から見て絶対的な権力がある立場であることを自覚するための研修です。それはもちろん、権力があるから偉いということではなく、生徒を逆らえない立場に追いやってしまうことがあることを知るべきだからです。校長や教育委員会に対しては、とにかく「隠すな」ということです。隠ぺいが発覚したら処分することを周知するべきです。

また、文科省が主導するなどして実態調査をアンケート形式で行ってほしいですね。体罰がこれほど問題になったのは文科省がアンケート形式で全国調査(※)をしたからです。このアンケートで「セクハラを受けていませんか」という項目を追加してほしい。

現在、千葉県や神奈川県ではセクハラのアンケートが行われています。千葉県の場合はアンケートを続けたら被害が年々減ったという話も聞きました。教師の側に「悪いことをしたら書かれる」という意識が広がれば被害防止につながるのではないかと思います。

※2013年1月23日付で全国の教育委員会に通知され、同4月に1次報告が行われた。2012年12月に大阪市立桜宮高等学校で起こった体罰自殺事件がきっかけと言われる。この調査により2012年度の体罰は国公立私立をあわせ4152校で6721件発生、被害を受けた児童・制度は14,208人にのぼることがわかった。

――アンケートを取ると「子どもが嘘を書く」と言う人もいたのではないですか? いわゆる冤罪ですが。

池谷:千葉県や神奈川県でも、そういう懸念はあったようですね。ただ現在の構造では教師を守ろうとする力の方が強いので、問題の所在をはっきりさせることのメリットの方が大きいと思います。また冤罪の問題は難しくて、冤罪を主張しているから冤罪とは必ずしも言えない。証拠や証言があっても「合意だった」「やっていない」と冤罪を主張し続けて、結果的に判決でやったと認定された元教師もいます。冤罪はあってはならないことですが、少なくとも冤罪の可能性があるから子どもへの調査をするなというのは間違いだと思います。

――学校関係者はマスコミに不信感を持っていることも多いのではないでしょうか。

池谷:いいことを書いてくれるならいいけれど、マスコミは悪いことがあったときだけ押し寄せてくるというイメージを持っている先生は多いでしょうね。私の場合、学校側への取材は当事者や被害者の話を散々聞いて、事実を固めて、学校にあたります。最後の詰めです。公立の場合はそれ程でもないですが、私立の場合、不祥事は学校運営を直撃するのでなかなか難しいですね。ただ、そういった隠ぺい体質が結果的に自分の首を絞めることを知るべきです。

池谷さんがスクールセクハラの取材をまとめた新聞連載では、「私も被害に遭った」「よく問題を書いてくれた」という声が多数寄せられたという。一方で現場の教師たちによる、「私の経験ではこんな問題は一度もなかった」「学校を悪者にするな」という声もあったそうだ。今、子どもの声は大人に届いているだろうか。

●池谷孝司(いけたに・たかし)
1988年共同通信社に入社。2014年7月から宮崎支局長を務める。共著に『死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人』(編著/共同通信社、新潮文庫)、『ルポ 子どもの貧困連鎖―教育現場のSOSを追って』(光文社)がある。『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』(幻冬舎)は、65回に及ぶ新聞連載を元にまとめたもの。

小川 たまか/プレスラボ

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