繰り返される「スクールセクハラ」とは

2013年度にわいせつ行為で処分を受けた公立小中高校の教員数は205人(過去最多/そのうち懲戒免職は117人/文部科学省調査)。そのうち、行為の対象が自校の児童・生徒・卒業生だったのは約半数にあたる47.4%だった。教師による生徒への強姦やわいせつなどの性犯罪は残念ながら存在する。そして発覚することが少ないとも言われる。数年にわたって被害者と加害者両方に取材し、問題を指摘したのが昨年発売された書籍『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』(幻冬舎)だ。

同書に書かれている内容は衝撃的だ。小学校6年生の教え子との間に恋愛関係があると思い込み、関係を持った妻子あるベテラン教師。部活動で指導的な立場であることを利用し、殴りつけるといった体罰はもちろん、複数の女生徒を個室に呼び出し「先生を信用しているなら服を脱いでみろ」と迫った教師――。著者の池谷孝司さんに、スクールセクハラの実態と、教師と生徒という関係が孕む構造の危険性について聞いた。

※「スクールセクハラ」は1990年初め頃から使われるようになった言葉。教師から生徒へのセクハラだけでなく、生徒同士や教育実習生への行為も含まれる。また、教師が生徒に対して性的なメールを送るような行為から強姦まで幅広い意味で使われる。

    「証拠がないから処分できない」と言われることも

――スクールセクハラの実態は表に出にくいと言われます。その理由は何でしょうか。

池谷孝司さん(以下、池谷):理由は大きく分けると2つです。ひとつは本人が被害を訴えられない状況に置かれているということです。性的な被害を親に打ち明けられない子どもも多いですし、もしかすると学校にいられなくなるかもしれないという恐れからひとりで抱え込んでしまう。卒業したらしたで、「今さら蒸し返しても仕方ないのではないか」という思いに駆られます。

もうひとつは学校という特殊な空間の問題です。児童や生徒が被害を訴えても、教師や報告を受けた校長が保身に走って教育委員会に報告しないことがあります。こういう例もありました。担任から被害を受けた子どもが校長に訴えたのですが、それを聞いた学年主任が「なぜ自分を飛ばして校長に訴えるのか」と子どもを叱ったのです。学校内のヒエラルキーなんて子どもには何の関係もない話です。信頼できる大人がいないから言えないという子どももいるのでしょうね。

広島県では、教え子の女子児童たちに性的暴行を繰り返していたことで小学校教諭が逮捕され、懲役30年の判決が下りました(2009年)。この教師は小学生10人への犯行で起訴されたのですが、19年間にわたって27人に対して犯行が行われていたと指摘されています。校内で女子児童と一緒に女子トイレから出てくるところを目撃されたこともありました。怪しいと思っていた人はいたはずですが、きちんと処分されないまま長年放置されたことで、被害者がこれほど増えてしまった。

『スクールセクハラ』の中にも書きましたが、被害を訴えられても本人の教師が否定すれば教育委員会が「否定したから事実が分からない」「証拠がないから処分できない」とあいまいな態度を取ることもあります。また、部活動を舞台にした被害の場合、ほかの保護者から「セクハラなんてなかった」「良い先生です」といった陳述書が出されたケースもあります。

    学校が加害教師を守ることがある

――訴えた被害者が二次被害に遭うケースですね。

池谷:訴えをもみ消した校長に話を聞くと「子どものために様子を見ようとした」と言いますが、そんなはずはない。また、被害者の話を聞いて味方になった先生が学校の中で孤立してしまったケースもあります。

女性であれば女性の被害者に同情的かというとそう単純なものでもなくて、「車に乗ったのはその気があったからでしょ」「私だったらきっぱり断るのに、なぜそうできなかったの?」と追い詰める人もいますからね。

――警察へ連絡する、というわけにはいかないのでしょうか。

池谷:18歳未満との性行為は条例違反ですので、相手が「合意の上だった」と言い訳しようと警察に訴えることはできます。その場合は証拠が必要ですね。ただ、行為が犯罪にあたるかあたらないか微妙なラインということで訴えづらい被害者もいるでしょうね。

また、学校が生徒の訴えを聞いて警察へ連絡するかというと、そうならないことが多い。加害者である教師を守るというケースですね。被害を聞いても子どもの親へも連絡しなかった校長がいたケースもありました。

    生徒からの信頼を「モテ」と勘違い?

――書籍の中で印象的だったのは、「(児童・生徒と)恋愛関係だった」「嫌がっていなかった。むしろ誘ってきた」と主張する教師がいたことです。

池谷
:『スクールセクハラ』を読んだ知人の女性が、「この教師たちは、会社によくいるバカ上司と同じだね」と言いました。女性社員からお世辞を言われたり、ちやほやしてくれたりすると「モテている」と勘違いする上司たち。スクールセクハラをする教師も同じで、自分に権力があると意識していないのです。

子どもは「先生だから話を聞いてほしい。親しくしたい」と思って個人的な相談に乗ってもらったりしているのに、「男として、個人としてモテているんだ」と思ってしまう。あるいは、生徒から見て「怖くて逆らえない」存在であることに気付いておらず、子どもが自分に従うことを「拒否しようと思えばできるのに、そうしないから自分のことを好きなのだ」と思う。そこに完全な勘違いがありますね。

『スクールセクハラ』の中には、「カラオケに行こう」という誘い文句でホテルに連れ込まれ、強引に関係を結ばされた経験を持つ女性のエピソードが登場する。「先生だから断れなかった」と抵抗できなかったことを悔やみ続ける女性と、加害意識が薄く、途中の車の中で女性が笑っていたことなどから「(女性の方が)誘っていると誤解される面もあったよ」と平然と言い放つ教師の間には、大きな認識の差があることがわかる。 

>>【後編はこちら】教師と生徒という“主従関係”が子供にNOを言わせない 学校内のわいせつ犯罪が見過ごされる理由

●池谷孝司(いけたに・たかし)
1988年共同通信社に入社。2014年7月から宮崎支局長を務める。共著に『死刑でいいです―孤立が生んだ二つの殺人』(編著/共同通信社、新潮文庫)、『ルポ 子どもの貧困連鎖―教育現場のSOSを追って』(光文社)がある。『スクールセクハラ なぜ教師のわいせつ犯罪は繰り返されるのか』(幻冬舎)は、65回に及ぶ新聞連載を元にまとめたもの。

小川 たまか/プレスラボ

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