大泉りかの秘告白部屋 ~女の闇は深く、生暖かい~
女の闇は深く、生暖かい――官能小説や女性向けポルノノベルで活躍中の人気作家・大泉りかが、知られざる“女の闇の真実”を解き明かす! 働いて、好きなことをして、充実した生活を送る。これらは、ごくシンプルで当たり前のことのように思えます。しかし、その『慎ましい望み』が『欲望』となると、途端に強い執着と依存とを生み出してしまうことも…。大泉りかの秘告白部屋、OPEN!
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出戻りで実家から抜けられない35歳女の闇

個人的な話で恐縮ですが、実家に帰省すると、いつもコーヒーの淹れ方がわからずに困ります。見慣れぬコーヒーメーカーを前に「どうやって淹れるの?」と母親に尋ねると「わたしが淹れてあげるから、座ってなさい」と言われ、結局、母がコーヒーを運んでくるのを待つことになるのですが、それがなんとも居心地が悪い。

「娘なのだから、甘えてもいい」という思いがある反面、「自分が飲むものくらい、自分で淹れるのが筋」という気持ちもあるし、そもそも座っているそのリビングルームの、かつては馴染み深かったはずであるのに、今となってはどことなく他人行儀な雰囲気に、「どう振る舞えばいいのか」と悩んでしまうのです。母にもそうです。かつてはその胸に抱きしめられていたほどの濃密な関係であったはずなのに、今では、テレビを見ながら、そこに映っている芸能人の、どうでもいい話をするくらいのコミュニケーションしか取れない。

30代になり、大人になったからこそ悩ましい“実家”と“母親”との付き合い……というわけで、今回ご登場いただくのは、半年ほど前に、都心から電車で約1時間半ほどの地方都市にある実家に出戻ったという35歳の女性です。

【同棲を解消して地方の実家に出戻りしたY絵さん(35歳・イラストレーター)】

Y絵:ずっと彼氏と同棲してたんだけど、今さら結婚もあれだし、先が見えないねっていうので、いったん解消することになったんです。で、最初はひとり暮らしって考えたんだけど、イラストだけでひとりで生活していくのはちょっと厳しいという実情があって。しかも、ちょうど去年、母親が体調を崩して働けなかった半年くらいの間、仕送りをしてたせいで、貯金が心許ないこともあり、実家に戻ることになりました。

――何年ぶりの実家生活ですか?

Y絵:うーんと、10年ぶりくらい? 同棲してた時は、家事は全部わたしだったんだけど、今は母親がご飯を作ってくれるのが楽かな。男の世話をしなくてもいいっていうのは、こんなに楽なことなんだと思った……っていっても、朝ごはんとお弁当はわたしが作ってるんだけどね。

やっぱり 一度は外に出て、“男の世話をした女”って意識が母にもわたしにもあるから、まったくやらないわけにはいかないよね。なんで、洗い物なんかは自主的にやってるし、向こうもやって当然というのがある。でも、これ、わたしが男だったらたぶん、何もしないし、母もさせないと思うんですよ。例え働いていないニートであっても、母が世話してくれるはず。そこが“娘”と“息子”の違いだなって思う。まぁ、暮らす上では絶対にやらないといけないことだから別にいいんだけど。

出戻りが実家暮らしを上手くやるコツは、相手を母親だと思わないこと

――もともとお母様とは仲が良かったんですか?

Y絵:昔はすごく仲が悪かったですね。というか、実家に近寄らないようにしてた。うちの母、再婚してるんですが、その義理の父親とわたしが仲が悪くって。今はその義父とも離婚したんで、大丈夫ですけど。

――大人になって実家に戻ったら、ついでに和解できた感じ?

Y絵:それはあるかな。うちの場合は、母がわたしのことを、息子とか彼氏みたいな感じで見てる部分もあって……うちの母、なんていうか地方のヤンキーコミュニティーの姫なんですよ(笑)。ものすごい田舎に住んでるくせに、車の免許すら持ってない。ずっと男に乗せてもらって生きてきたっていう人。甘え上手な人で、わたしにも甘えてくる。こないだも旅行をねだられて、東京一泊旅行にご招待したりとか。

――でも、そういう母親って、いま意外と多そうですね。娘のほうは「独立しなきゃ! 自活しなきゃ!」っていう一方で、その母親は地方で専業主婦をしていて、マイルドヤンキーという。

Y絵:そう。で、わたしが思う、出戻りが実家暮らしを上手くやるコツは、相手を母親だと思わないことだよね。とにかく頼らないこと。向こうからは頼られるけど。「自分よりも、いまの世間に慣れていない人」というふうに付き合ってる。あとはご飯を作ってくれたりする時に感謝を忘れない。

――いわゆる「サラリーマン夫が専業主婦の妻と上手くやる方法」みたいですね(笑)。

Y絵:そうそう(笑)。んで、お金はきちんと入れるのと、感謝することが大切。実家だからといって、そこを甘えると、よくないと思う。『ひとりの大人』として尊重して欲しかったら絶対にお金は入れないとダメ。

ジャージでコンビニ行くのも見られている相互監視社会なのがつらい

――つらいことってある?

Y絵:とにかく田舎で、飲みに行ったりが気軽にできないことかな。歩いていける範囲に山と森しかないんで。あと、別につらいってわけじゃないけど、変化としては、田舎ってとにかく人が家にくるんだよね。しかも、ピンポンも押さずにドアを開けてから「いる?」って。なんで、わたしの場合、前はずっとパジャマで仕事をしていたのが、仕方なく、着替えるようになった。これが人様の目ってものですよね(笑)。

――田舎暮らしだから、気合いを抜けると思ったら、むしろ身だしなみに気を付けないといけないわけですね。

Y絵:そう。コンビニに行くのすら、「視られている」ってことを意識しないといけない。あんまり仲良くない同級生が、自治会の会合の時に、親が貸してた鍋を家に返しにきて、で「こないだ、Y絵ちゃんが、ジャージ着て歩いてるの見たから、こっちに帰ってきてるって知ってたよ」って言われたりとか。そういう相互監視社会なのはつらいかな。

通りすがった見知らぬ人であっても、向こうはわたしのことを知ってたりするんで、恥ずかしいことができない。ひとりで公園でビール飲むとかも無理だし、昼間からジャージでコンビニ行くだけで「あそこの娘さん……」って言われるね。漫画雑誌を買うのでさえも、躊躇してしまう。自分はよくても、母とかにも関わってきちゃうので。

――そう考えると、都会はやっぱり自由ですよね。

Y絵:あと、勝手に「あそこんちの男のコ、年が近いんだから、嫁にもらってもらいなさいよ」とかの余計なお世話とか、自治会の飲み会なんかあると、「娘連れてこい」とか母も言われるみたいで。お酌係としてだけど、そういうのが当たり前にある。けど、もちろん「セクハラだ! パワハラだ!」とか「無神経!」とか言えるわけもない雰囲気で。男女は平等であるべし、なんて都会の人だけの考え方ですよ。

――実家を出ることは考えてるんですか?

Y絵:いや、それが、前は「もっと稼げるようになって、すぐに都会に戻るぞ!」と思っていたのだけど、最近はこのままでもいいのかな、と思いつつもある。「スポイルされないぞ!」と思っていたはずが、ぶっちゃけ、やっぱり楽なんですよね……。

実家に戻ることをキッカケに、母親との関係を見直して再構築し、ほどよい距離感を持った関わり方ができるようになったというY絵さん。30代のうちに一度、子供時代から続く母親との関係性を、一度棚卸してみるのもいいかもしれません。とりあえずわたしは、実家のコーヒーメーカーの使い方を学ぼうと思います。

大泉りか